三話 家を購入しました

 僕らは王都を目指して西に歩き続けていた。

 そして、三日目の夜。


「今後の予定を伝えておこうと思う」

「そうですね。そろそろ気にはなっていました」


 たき火に照らされたイリスがうなずく。


「うん。とりあえずだけど僕は職に就こうと考えているんだ。今の僕らには収入源がない。魔界から持ってきた物で当面の資金はどうにかできるけど、それもいつかは尽きてしまう。だからこの世界で安定して生活をできように、まずは仕事を見つけなくちゃいけないと思うんだ」

「しかし職に就くとなると定住を強いられるはず。現在のご主人様の目的はご家族を探すことなのですから、足かせとなってしまわないでしょうか」


 僕は笑顔でうなずいて「いい仕事があるんだ」と話を続けた。


「人間界には冒険者という職業があるんだ。僕はそれになろうと思ってる」

「冒険者? それはどのような仕事なのでしょうか?」

「魔獣を倒せばお金がもらえるって言えば分かりやすいのかな。登録も簡単だし僕が知る限りでは、ほとんどの町にギルドがあるからどこに行っても仕事には事欠かない」

「魔獣……もしかしてのことでしょうか?」


 イリスが振り返ると、そこにはオークの死体の山があった。

 

 僕らが現在いる場所はオークの巣だった土地だ。

 野営地を探していてたまたま見つけたのだが、立地が良くて野営にはもってこい場所だったので、立ち退いてもらったのだ。

 まぁ、一匹残らず殺してしまったから、その言葉は適切ではないかもしれない。


 で、現在たき火で炙っているのは、オークがどこからか捕らえていた猪だ。

 まさか食料まで確保できるとは思っていなかったな。僕らは運が良い。


「そうそう、ああいった獣を狩ってお金を稼ぐんだ。とは言っても実際には魔獣退治だけじゃなく、薬草採取とか色々とやることにはなるみたいだけどね」

「あのような雑魚を殺せばお金がもらえるなんて人間界は実に平和ですね」

「僕もそう思うよ。あ、でも、オークって結構強い魔獣だったような……うーん、記憶が古すぎて過ぎて思い出せないや。ま、これだけ弱いんだから気のせいかもしれないね」


 ほどよく焼けた肉を僕らは分け合う。

 しばらく保存食でしのいでいたから、新鮮な肉は身体に染み渡るように美味だった。

 若返ったことで胃袋も活発になっているのかもしれない。

 僕らはぺろりと一頭を食べ尽くしてしまった。


「――それで、話の続きはどうなったのでしょうか」

「ああ、そうだったね。僕らは就職する。そこまではいいよね。で、僕は王都に拠点を築こうかと考えているんだ」

「王宮を造るのですか?」

「いやいや、他人の土地にお城なんて造らないから! ここで言っている拠点って言うのは仮住まいだよ!」


 そういうことですかとイリスは納得する。

 これはお城暮らしが長すぎた弊害だ。

 

 実際、僕も他人にそんなことを言われたら「王宮だね。分かる分かる」なんて答えそうで怖い。頭の中では拠点イコール自宅イコール王宮のイメージで固まっているのだから。


「暮らしている場所はいくつかに絞っておいた方が良いと思うんだ。その方が情報も集まりやすいし、いざという時に僕らがどこにいるか分からないと困るだろ」

「いざというのは?」

「僕の家族が見つかった時さ」


 どれほど前にマグリス家が王都に住み始めたのかは不明だ。

 少なくとも二十年、三十年そこらの話でないのは確実。

 だとすれば僕らだけで調べるのには限界があるはずだ。

 

 そこで考える方法が第三者を交えての情報収集である。


 僕らと協力者で王都を調べれば、何らかの手がかりは得られると思っているのだ。

 だがしかし、問題はその協力者の確保である。

 あいにく僕は魔界から戻ってきたばかりで、こちらに信頼のできる人間なんていない。加えて勝手も分からない。百年も経てば変わっていることは沢山在るだろうし。

 なので欲を言えば信用ができて、今の王国に詳しくて、情報収集が上手い人材が欲しい。果たしてそんな都合の良い相手が見つかるだろうか。

 僕は密かに頭を悩ませていた。


「はぁぁ、ご主人様の困った顔もいいですねぇ」


 イリスはなぜか僕を見ながら悦に浸っていた。

 変な顔で喜ばないでくれ。まったく趣味が悪い。


 僕はイリスに見張りを任せて早々に寝ることにした。



 ◇



 七日を要して僕らは王都へと到着した。

 

 これまで通った村や町では大した収穫もなく、未だに有力な情報と言えばあの老人の言葉だけだった。

 旅を困難な物にしているのは、やはり家族がどこにでもいるただの村人だからだろう。これがどこかの貴族や王族であれば、足跡を辿るのはそれほど難しいことではなかったはずだ。

 

 しかし、だからといって諦めるつもりは毛頭なかった。

 探しているのは僕が百年間ずっと会いたかった家族だ。

 たとえ今はもういなくても、彼らが生きた証を僕は感じたかった。


「あれがグランメルン王国の首都だ」

「なかなかの大きさですね」


 少し離れた小高い丘から僕らは王都を一望していた。

 ただっ広い平原に突然現れる、外壁に囲まれた巨大都市。

 

 中央には白亜の宮殿がそびえ立っており、王家の威光を放っているかのようだった。

 世界有数の巨大都市ではあるが、実はサイズ的にはエターニアの王都の半分にも満たない。それだけ僕の造った都市が大きすぎたというのもあるのだと思う。


 軽い足取りで王都の入り口に行くと、頑強な正門が僕らを迎えてくれる。

 町に入る人と出て行く人で混雑していて、流れに乗らないと進めなかった。


 僕らは門をくぐり抜けて市街地へと入る。

 都というだけあって町は想像以上に栄えていた。

 道行く人々は小綺麗な服を身に纏い、装飾が施された馬車が行き交う。

 町全体が一つの芸術作品のようにまとまりがあった。


 僕とイリスはぼーっと建物を見上げながら歩く。

 端から見ると完全に田舎から出てきた人間にしか見えないだろう。

 ふと、視界にとある屋台が目に入って僕は足を止める。


「いらっしゃい。ウチの果物はどれも新鮮だよ」

「じゃあそのアプーの実を二つ」


 屋台には色とりどりの果物が並んでいた。

 僕はその中の赤い実を店主から受け取ってお金を支払った。


「はい、これはイリスの分」

「ありがとうございます。それでこれはどうやって食べればいいのでしょうか」

「そのまま囓ればいいんだよ。甘酸っぱくて美味しいから」


 シャクッと実を囓ると懐かしい甘さが口の中に広がった。

 魔界にはアプーの実はないから百年ぶりの味だ。


「美味しいですね。気に入りました」

「そう言ってもらえて安心するよ。魔界あっちは糖度の高い果実が多かったしね」

「むしろ甘すぎました。ほどほどのものがなかったので、今まで果実は苦手だったのですけどね」


 そういえばイリスも果実が苦手だったな。

 彼女の言う通り魔界の果実はとにかく甘い。果汁から砂糖が取れるほどには甘すぎるのだ。それがいいって悪魔デーモンも結構いたけど、僕にもイリスにもあの甘さはかなりキツかった。

 なので多くの場合は、水で果汁を薄めて飲むのが当たり前だったのだ。

 きっと彼女にしてみれば、こうして直接食べるのは新鮮な気分のはずだ。


「王都に到着しましたが、これからどういたしますか? 早速冒険者になりますか?」


 イリスは食べ終えた実を握りしめて一瞬で灰にする。

 僕も同様のことをすると、彼女に返答した。


「まずは拠点探しかな。しばらく王都にいることになるだろうし、先に長く暮らせる家を見つけておきたい」

「それもそうですね。そろそろちゃんとベッドで寝たいと思ったりしていました」

「うん、野営ばかりしてごめんね」


 ここまで節約を兼ねて一度も宿に泊まらなかったのだ。

 僕の我が儘に付き合ってくれた彼女には本当に申し訳ない。

 なので拠点は奮発して良い場所を購入するつもりだった。


 そして、僕らはたまたま見つけた不動産屋へと入った。


「庭付きの一軒家ですか?」


 不動産屋の主は難しそうな表情で腕を組む。

 雰囲気から察するにかなり厳しい条件なのかもしれない。

 何せここは王都だ。

 大金を払ってでも住みたいって人間は山のようにいる。


「庭付きでなくても構わない。要望としては部屋数の多い家が欲しいんだ」

「そうですねぇ、なくはないですが、お値段がですねぇ。ちなみにおいくらをご希望でしょうか」

「具体的な値段は分からないけど、これでどうかな?」


 ゴトンッとテーブルに、直径二十センチほどの加工済みのルビーを置いた。

 それは眩く光を反射して店の主の顔を照らす。

 

 次の瞬間、彼の表情は一変してニコニコと気味の悪い笑みを浮かべるようになった。おまけに両手をすり合わせて身体を丸めるように頭を低くする。


「実はとびっきりの物件がございます。本来であれば貴族にご紹介するような格式の高いものなのですが、今回は特別にお安くご提供させていただこうかと」

「できれば家具付きの方が嬉しいけど……どうかな?」

「それならなおさらでございます。今からご紹介するお屋敷には、以前の住人の家具がそのまま残されております。加えて最新式の魔道具マジックアイテムにより、給湯設備、自動照明などなど、便利な機能が備え付けられております。もちろん広いお庭もあって手入れさえすれば立派な庭園にすることも可能です」


 聞く限りではかなり良い物件だ。

 良すぎるくらいに。

 僕は宝石を隠すように手を添えた。


「どうしてそんな優良物件がまだ残ってるのかな? 普通なら売りに出された時点で誰かに購入されてるよね?」

「お、お客様がたまたま一番乗りだったのです。ごく最近、売りに出されたばかりなので……」

「そうなんだ。じゃあもう一つ聞くけど、どうして以前の住人は家具すらも置いて出て行ったのかな」

「あは、あははは、どうしてなのでしょうねぇ」


 主は苦笑いでハンカチで額を拭った。

 いわくつき物件ってことか。納得できた。

 僕は宝石から手を放し、にこりと笑う。


「購入するよ。代金はこれで足りるかな?」

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」

「一応確認するけど、屋敷について説明したことは嘘じゃないよね」

「もちろんです。もし話が違ったというのなら、代金の返金にも応じさせていただきます。決して期待を裏切らないと保証いたしましょう」


 すごい自信だな。

 今からが楽しみだ。


 僕らは主から屋敷の鍵を受け取り、教えられた場所へと向かった。


「この辺りだと思うけど……」

「ご主人様、先ほどからずっと見ているこの塀がそうなのでは」


 イリスに指摘されてハッとする。

 この辺りをうろうろしているけど、ずっと同じ塀を見ていた気がする。

 てことはここが僕らの屋敷なのだろうか。


 僕とイリスは入り口を探して塀を辿る。

 すると金属で作られた門が僕らを迎えてくれた。

 

 門は金属の鎖と南京錠で施錠されており、厳重に立ち入りが禁じられているように見える。いわくつきなのはすでに分かっていることだが、それがどのようなものかは不明だ。


 鍵で南京錠を開けて鎖を外す。

 僕らは門を抜けて敷地へと入った。


「意外に広いですね。手入れをすれば綺麗な庭になりそうです」

「うん、これなら畑も耕せそうだ」


 敷地は草がぼうぼうに生えていた。

 けど、むしろそれがいい。

 手入れのされていない庭は僕の農民魂を刺激してくれる。

 これから何を植えようか楽しみでワクワクしてしまうのだ。


 数分ほど歩いてようやく屋敷が視界に入る。

 

 石で作られた二階建ての建物は、まさに貴族が住むようなお屋敷だった。

 玄関前には噴水が設置されており、今も綺麗な水が湧き出ている。

 僕は玄関の施錠を解いて屋敷の中へと足を踏み入れた。


 パキィィン。

 その瞬間、ガラスを割ったような音が聞こえた。

 

 僕とイリスは顔を見合わせて首をかしげる。

 なんだったんだろう。さっきの音は。

 よく分からないので無視することにした。


 僕らを迎えてくれたのはエントランスに置かれている柱時計だった。

 カッチコッチと今も時を刻んでいる。

 恐らくアレも魔道具マジックアイテムなのだろう。

 不動産屋の主の話では、以前の住人は魔術師だったそうだ。


 いくつかの部屋を覗いてみたが、高そうな調度品が手つかずのままで置かれていて、イリスが求めていたベッドもしっかりとあった。

 これならすぐにでも暮らせそうだ。

 僕らはエントランスに戻ってきて感想を述べた。


「エターニアの宮殿と比べるとかなり劣りますが、ただ暮らすだけなら問題はないかと思います。拠点にするには十分ではないかと」

「うん、僕もそう思うよ。これなら研究部屋にも困らなさそうだし、何かしでかしてもご近所迷惑ってことにはならなさそうだ」


 イリスはため息をついて首を横に振る。


「はぁ、実験で爆発を起こすのだけはやめてくださいね。後始末が大変なのですから」

「わ、分かってるよ。僕だってバカじゃないんだ、ちゃんと勉強している」

「本当でしょうか。ご主人様の実験で部屋が吹き飛んだのって、百回を超えているのですけど。しかも一ヶ月前にも爆発を起こしてますし」


 彼女はジト目で僕を見ていた。

 うぐぐ、だって仕方ないじゃないか。僕の好奇心がやってみろって囁くんだよ。

 決して爆発させたくて実験をしてるわけじゃないんだ。

 だからそんな目で見ないで。


「ところで話は変わりますが、代金はあれでよかったのですか?」

「宝石で支払ったことだね。いいんじゃないかな、お互いに利益があったということでさ」

「私にはとても理解できません。あんなで喜ぶなんて」


 僕が支払った宝石は正真正銘の本物だ。

 ただし、魔界ではどこにでも転がっているただの石なんだけどね。

 探せばいくらでも取れるタダ同然のものだ。

 ほんと、いい買い物をしたと思うよ。

 あの程度の石ならまだまだあるしさ。


「まだまだ時間もあるし、冒険者の登録に行こうかな」

「はい、どこまでもご一緒いたします」


 僕は玄関の扉を開ける。

 そこで不意にじっとりとした視線のようなものを感じた。

 しかし、振り返ってもイリスがいるだけだ。


 小首をかしげてから僕は屋敷の外へと出た。


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