「わが肺は猫である」
ちびまるフォイ
思い入れのあるペットたち
「これが普通の人の肺」
「はぁ」
「で、これがあなたの肺のレントゲンです」
「これ……なんですか」
「我々もわかりません。ただ、目に見えるとしか……」
「猫の目に……見えますね」
レントゲン写真を前に医者と自分はコメントができなくなった。
「とりあえず経過を見ましょう」とお茶を濁されて帰った翌日。
『ニャア~~』
「うおお!? なんだ!? どこからだ!?」
どこからか猫の鳴き声が聞こえた。
『ニャア』
「山田さん! うちのアパートはペット禁止だと言ったでしょう!?」
「いえ、ちがうんです! どこからか猫の鳴き声が!」
大家は俺の部屋に上がるとベッドをひっくり返しタンスを開け、押入れに突っ込んだ。
それでも猫の毛いっぽんも見つからない。
「……気のせいだったのかしら」
「ほんとに飼ってないんですって」
『フシャーーッ』
俺の身体から聞こえた猫の声に大家はびっくりして倒れた。
慌てて俺は大家を担いで一緒に病院へやってきた。
「俺の身体から猫の鳴き声が!!」
「こちらがさっき撮ってきたレントゲンです」
「……なんかシルエットがはっきりしてません?」
「でしょう。肺がだんだん猫っぽくなってるんです」
「俺の肺が変形して猫になってるってことですか!?
このまま成長したらどうなっちゃうんですか!」
「たしか……あなたの夢はペットショップでしたよね。
ペットも好きだし、場所にも困らないしよかったのでは」
「よくないですよ!! なんとかしてください!!」
治療はできないまま時間だけが過ぎていった。
肺はどんどん猫に近づいてくる。
またたびの匂いを含んだ空気を吸おうものなら肺は大喜び。
ゴロゴロと肺の中から甘えるような声が聞こえてくる。
逆に水が気道から肺にまで流れてしまうと、
身体から抗議するようなフシャーという鳴き声が聞こえる。
「お前、なんで最近サカナばっかり食べてるの?」
「え? そう?」
「そうだよ。昔は肉ばっかりだったじゃん。どうしたんだよ急に」
肺に引っ張られるようにして自分の生活も猫よりになっていった。
この生活にも慣れてきたころにやっと病院から連絡がきた。
『ついに治せますよ! すぐに病院に来てください!』
病院に着くと、医者は興奮した顔で待っていた。
「この薬であなたの肺猫化が止まりますよ!」
「……そうですか」
「あれ? もっと失禁するほど感謝するかと思ったのに反応薄いですね」
「いや、なんか最近じゃ自分の肺猫が可愛くなってきちゃって。
このまま普通の肺に戻すのもなんだかかわいそうで」
「それは結構ですけど、このままだとあなた死にますよ」
「死ぬの?!」
「このレントゲンを見てください。あなたの肺、成長しているでしょう?
最初は子猫サイズだったのにみるみる大きくなっていっている。
そのうち肋骨を内側からぶちやぶってエイリアンみたいに出てきますよ」
「うそぉ!?」
「でも、この薬を使えばたちどころに治療できますよ。
ただし、この薬の効果は1回きり。1度使えば身体に耐性がついて使えません。
さぁ、どうしますか?」
「選択肢なんて……ないじゃないですか」
俺は薬を受け取って服用した。
同時に自分の身体にいた猫に最後の別れを告げた。
無責任にペットを手放す飼い主のような罪の意識を感じた。
「……いかがですか」
「……あんまり、わかりませんね」
「でも確実です。きっとあなたの肺は元通りですよ」
「そうですか……」
『ニャア~~』
自分の胸のあたりから猫の鳴き声が聞こえた。
「聞こえましたか!? 猫が! 猫がまだいるんですよ!」
「なんで嬉しそうなんですか! バカな! 私の薬は完璧なのに!
すぐに身体のMRI画像を撮りましょう!!」
大掛かりな機械の中にぶちこまれて全身くまなく写真を撮られた。
戻ってきた医者は撮る前よりも青い顔をしていた。
「で、どうだったんですか? 猫はいるんですか? いないんですか!?」
「私の薬で肺の猫は確かに消えました。普通の猫になっていました……」
「それじゃあ……俺の幻聴だったんですね……」
「いえ、肺は2つあるんですよ」
『ニャア』
「あなたの肺は両方とも猫にだったんですよ。治療したのは1つだけ。
だから、あなたの肺の猫はまだいるんです」
「ああ、そうですか! 本当に良かった! もう手放さないからな!」
俺は自分の体をぎゅっと抱きしめた。
薬を使った後にずっと後悔していた。
「それだけじゃないんですよ、実は……」
「え? まだなにか?」
「手術の準備ができています。すぐに全身オペを始めましょう」
俺はなかば強引に麻酔をかけられ集中治療室に連れて行かれた。
・
・
・
その後、俺は念願だったペットショップを開店した。
小さな子も訪れる人気のお店になっている。
「ツギハギのおにーちゃん、こんにちはーー」
「コラ! そんなこと言うんじゃありません!」
「いいんですよ、これは前にやった手術の跡で気にしてませんから」
親子は店内にいる動物や爬虫類を物珍しそうに見て回っていた。
「店員さん、このお店の動物たちって変わった名前ばかりですね」
「どの子も僕にとって大事な家族ですから」
「まぁ、本当に親身な店員さんなんですね。
ここのペットなら安心して飼えそうですわ」
親は感じのいい店員に気を良くした。
「でも、子犬が『ノウ』。子猫が『ハイ』。
ヘビが『ダイ』で、インコが『スイ』、ハムスターが『ジン』。
どの子も2文字が多いのはどうしてなんですか?」
「大事な一部ですからね」
動物たちの入荷元は誰にも話していない。
「わが肺は猫である」 ちびまるフォイ @firestorage
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