第5話 流通センターで挑戦する。

さて、どこでランニングシューズを買おう。東京に存在する数多の選択肢の中から私が選んだのは、スポーツ店でもランニング専門店でもメーカー直営店でもなく流通センター。そう、良質な靴を紳士靴、婦人靴、子供靴からスニーカーまで、地域に密着した品揃えをリーズナブルな価格で提供する大型靴店、東京靴流通センターである。


事前の適当なリサーチでは、とにかくヒールとクッション性が高いランニングシューズを選べばいいということはわかった。それだけがわかればいい。これ以上の情報が入ってくると購入の意思、ひいてはランニングそのものの挑戦の意志がくじける可能性がある。


本来であればシューズの選択にはクッション以外にも、足のサイズだけではなく足型や足幅なども考慮しなければならず、これまでの人生で自分の足型や足幅について考えたことなど一度もないのでもうそれだけでストレス。更にアマゾンのレビューなどでシューズ選択の判断基準に、シューズによっては「ワンサイズ大きいものを選ぶ」という馬鹿みたいな選択基準があったりしてもう意味がわからない。どうして走るだけなのにこんなに考えなきゃいけないのか。くだらねえ、もうやめてやる。やってられるか。


と、膨大な選択肢に貧弱なイマジネーションが加わると「あ、無理だな」と思う。やる前に諦めてしまう者は、膨大な外部の情報と貧弱な内部の想像力によって自己敗北しているのだ。サイズ、クッション、アッパーにソール。ホイップ、ソース、ミルクにパウダー、私はそれを「スタバ行けない症候群」と呼ぶことにした。行きたいと考えて考えて結局行かない。


人は選択肢が多すぎると、「選択しない」という選択をしてしまうのだ。


よって、いきなりスポーツ店や専門店に行ってはならない。ああいうところには決まって知識豊富なスタッフがいて、様々な不安を解消してくれようと膨大な選択肢を提示してくれるが、その選択肢で新たな不安が生まれたりする。そんな新たな不安に「やっぱり面倒臭いなあ」と心が挫けそうになっていると、「でも大丈夫です!」などとそんな不安を解消してくれる情報を提示してくれる。


まあありがたい話ではあるが、これまで全く問題視していなかったような事柄を、さも重大事項のように認識させて感じなくてもいい不安を喚起させ、商品を購入することでその新たに発現した不安を勝手に埋められるというマッチポンプ(偽善的な自作自演)が行われているだけであって、本当は全然ありがたい話ではないのだが、だいたい世の中はこの仕組みでできている。


よって、知識豊富なスタッフがいかに優しく丁寧に説明してくれているつもりでも、そこには自己、自社の利益の成長・拡大が背景にあるからであって、決して真の優しさなどではない。私は意外と生真面目で結構騙されやすいので、こういう類の優しさを真の優しさとすぐに勘違いをして永遠に着ることのない柄のジャケットを購入したり、妙齢のキャバ嬢に恋したりする。


そんな上辺だけの優しさに日々傷ついている私は、きっと専門店に行くと知識豊富なスタッフのアドバイスに、何だか言いくるめられてる感を認識しながらも反発する知識も精神力もなく、ただただ「へえ、いいっすね」「これ、もらおっかな」等と媚びへつらい、最古モデルも現在モデルも知らないのに最新モデルを購入し、知識豊富なスタッフのアドバイス通りにフィット感を確認し、クッションの高さを確認し、靴紐の締まり具合を確認し、グリップ性を確認し、安定性を確認する。


そしてこの確認作業に徹するあまり、走り自体がぎこちなくなり、ランニングの楽しさを感じられないようになってしまうのであろう。


私はこれからランニングというものにチャレンジしようとしている。三日坊主で終わるのか、趣味にまで昇華されるのかわからない。だからこそ経験豊富な誰かに方向性を決めてほしくないのだ。靴ぐらい自分で決める。クッション性さえ何とかなればいい。自由に勝手に走りたい時に走る。これからどうなるのか自分でもわからない。だからこれ以上、調べない。何も考えない。


なんとかなる。挑戦(チャレンジ)に一番必要なものは「見通しの甘さ」なのだ。

知識豊富なスタッフのアドバイスに則り、用意周到で物事に臨むのは挑戦(チャレンジ)ではなく、それはもうただの確認(チェック)である。


確認(チェック)は飽きる。挑戦(チャレンジ)だからこそ続くのだ。だから私は専門店には行かない。自分で選び自分で決める。俺は良質な靴を紳士靴、婦人靴、子供靴からスニーカーまで、地域に密着した品揃えをリーズナブルな価格で提供する大型靴店、東京靴流通センターで挑戦するのだ。

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