第4話 中級者以上のシューズを選ぶ。

ひとまず初めての「なんとなくそれらしい」ランニングを終えた。初めてにしては結構長距離走ったな。思えば遠くに来たもんだ。意外と素質あるのかもな、と自己の眠れる才能の片鱗に触れたかったのだが走行距離わずか2キロ。思わず近くにいたもんだ。まあ初めてだし、シューズが悪いんだろうな。と、自己の不甲斐なさを外的要因に求め、足首と太股と自身の心をマッサージしながらランニングシューズの購入を検討する。


まずはアマゾンでランニングシューズを検索。当然だが何万件も出てくる。選択基準がひとつもわからないので、ひとまず「レビューの評価順」に並び替えてみる。だっせえ。凡庸なデザイン、月並みな賞賛が並ぶ評価5つ星。なんて没個性なんだ。俺はもっと個性的なデザイン、もっと革新的なフォルムを求めている。


私は初心者だが、初心者扱いはイヤなのだ。ゲームの難易度選択だって初心者向けのイージーモードは選択しない。「アクションゲームになれている人向けのモードです」の言葉に「なれているってどのくらいなんだろう……」と、ちょっとドキドキしながらもノーマルモードを選択する。


でも初心者なので操作方法や画面の説明をするチュートリアルは聞きたい。しかし心は中級者なのでチュートリアルが丁寧すぎるとイライラする。「そんなこと知ってるよ。早く本編プレイさせろよ」と思うが操作方法を習得していない。だが知っていること前提で次に進みたいのだ。ではチュートリアルをスキップすればいいじゃないかと思うかもしれないが、生来の完璧主義が相まって、こういうものは決して飛ばしてはならんと思っている。


つまり、チュートリアルだけで初心者を卒業して、すぐに中級者から始めたい。シューズで初心者とバレるのはイヤなのだ。それなりに、お、コイツ走り慣れてるな。ノーマルモードの奴だな。いや待てよ。あの腕の振り、足の運び、もしかしたらハードモードの奴かもな。油断ならねえな。と、周囲に思わせたい。自己の名誉のために中級者以上が望むランニングシューズを選びたい。


では、初心者と中級者以上のランニングシューズは何が違うのか。適当に検索して斜め読みした結果、初心者はクッション性に優れた物を選択しなけれればならないらしい。なぜならランニングというのは想像以上に足腰に負担の大きい運動であるらしい。特に膝やかかとは地面に着地する際には大きな衝撃を受けるらしい。更に初心者はそもそもの筋肉量が少ないので負担も大きくなるらしい。よってヒールが高めクッション性が高いランニングシューズを履くことがビギナーには重要らしい。


と、先程かららしいらしいとインターネットからの伝聞や推量に基づく婉曲な断定の意を表し続けているのには意味がある。まあ膝への衝撃とか筋肉量とか一般的にはそうかもしれんが、俺は違うからである。


なぜならば私は確かにランニングに関しては初心者であるが、小学校の持久走大会では6位だったし、高校の頃は部活で副キャプテンもやってたし、一昨年の娘の小学校の親子リレーでは2位になったし、まあ完全なビギナーとは言い難いレベルである。と、非常に雑なアセスメントで自己を肯定化。私の根底に常に流れている「自分だけは違う」という根拠の浅き楽観性が発動。これは心理学でいう「正常性バイアス」というやつで、自分にとって都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりしてしまう人の特性のこと。要するにサバイバル映画でいちばん最初に死ぬ奴の特性である。


私もこのようなサバイバル映画でいちばん最初に死ぬ奴の特性を持っているが、私だけは最後まで生き残るような気もしている。なぜならばこの思考こそが「正常性バイアス」であり、どこまでも能天気な奴だからである。人はこの「正常性バイアス」によって、日々のあらゆる事象に過剰反応して疲弊しないよう心のバランスを取っているのだが、このシューズの件のようにちゃんと考えなきゃいけないような事態に遭遇しても、私は「きっと大丈夫」なんてひとまず今の心を落ち着けようとする。だからいつも近い将来、「今の落ち着き」のツケが返ってきて心が倍以上に疲弊する。


というわけでひとまず私だけは病気にかからないと思い込んでいるし、交通事故に逢わないと思い込んでいるし、事故や災害に遭遇しても助かると思っているし、ランニングで何キロ走っても膝や腰は壊さないと思っている。シューズなんてあまり重要じゃないと思っている。よし、アマゾンのレビューを読んでなんとなく頭が良くなった気がする(チュートリアル終了)。次は実際に靴屋に行って選んでみよう(ノーマルモード開始)。

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