導き蝉2 おばあちゃんの言葉

 私、最近よく見る夢があるんです。いつもと変わらず眠っていると、枕元に亡くなったおばあちゃんが立っていて、私に何か必死に呼びかけているんです。私もよく耳を澄ませてみるのですが……。知らない外国語を聞いているようで、何と喋っているのかわからないんです。おばあちゃんに「何と言っているの?」と尋ねても、全く通じないんです。

 そんな夢が数日続いて、ある日また見た夢でおばあちゃんとの距離がぐっと近付いたような感覚がしたんです。おばあちゃんはずっと変わらず枕元にいるにも関わらずです。

 私はおばあちゃんを近くに感じられるようになったことがすごい嬉しかった。でも、おばあちゃんは悲しそうな表情をしていました。「何で? どうして?」と尋ねても言葉は通じません。夢の世界でお互い困っていたら、おばあちゃんが私の手を握って、何かぶつぶつ言い出したんです。

 すると、ふと思い出したんです。昔におばあちゃんから聞いた、願いを叶える不思議な蝉を買えるお店のことを。そしたら頭の中にスーッとこのお店の場所が浮かび上がって……。それでここに来ることができたんです。


 なるほどね。つまり玲奈ちゃんのお願いは亡くなったおばあちゃんが自分に何を伝えようとしているのかを知りたいということか。

「はい、夢って自分の心理が映ると言いますけど、この夢に関してはとても現実味があって無視できなくて……。オカルト話ですみません」

 ここは存在自体オカルトチックなので特に気にしないが……。むしろその手の客の方が多い。

「ここに来られたのはおばあちゃんにおかげね。うん。言葉では無理とわかって、イメージをあなたの頭に送ってくれたのよ」

「え! 幽霊ってそんなことできるんですか?」

 沙夜さんの話に玲奈ちゃんは興味津津だ。物静かな子だと思ったけど、こういう所もちゃんとあるのね。

「もちろんよ。メールのやり取りみたいなものね。言葉じゃわからないから、画像付けて送って来いって奴よ」

 私は霊の世界に疎いからよくわからないが、あの世も有史以来、この世と共に存在し続けているのだから、こっちと同じくらいに文明が発展しているのだろう。

「ま、事情はわかったわ。それで改めてだけど……あなたはこの願いを叶えることを本気で望みますか?」

 先ほどまでの軽い雰囲気から一転、沙夜さんが真剣な面持ちで玲奈ちゃんに問いかける。

「はい。お願いします」

 少女は居住まいを正して、真っすぐな眼差しで力強く答えてくれた。その言葉を受け、私は厳重に封をされた棚から書類を取り出して渡す。

「それは契約書よ。高校生には難しいかもしれないけど、社会勉強だと思ってしっかり目を通して。わからないことは聞いてくれたら説明するから。ま、破ったからといってペナルティがあるものじゃないし、こっちがいちゃもん受けない為に用意したものだと思ってもらったら良いわ」

 玲奈ちゃんはじっと契約書の文字を追う。これから自分の行く末に何が待ち受けていても決して後悔しないよう、覚悟を決めたかのように見えた。一通り目を通し、ペンで署名を記す。契約書に刻まれた華奢な文字を確認して沙夜さんは頷く。

「よし、これで契約成立ね。それではあなたに渡す子を決めましょうか」

「あの、ここで飼ってる蝉ってやはり普通の蝉とは違うのでしょうか?」

「ええ、見た目は同じに見えるでしょうけど別物よ。蝉って地下で何年も幼虫の期間を過ごすというけど、うちの子達は寿命も幼虫期と成虫期の長さも皆まちまちよ。持っている能力も個々に異なるし、好みだってある。あなたに合う子を探さないとね」

 沙夜さんはきょろきょろと「あいつじゃない。こいつでもない」と独り言を呟きながら、部屋のあちこちに止まっている蝉を吟味する。普通の人にはどの蝉も同じに見えるだろう。実際、私も最近になって少し違いがわかるようになったくらいだ。

「亡くなった人と出会うなら「黄泉蝉」が良いんじゃないんですか?」

 過去に売れた蝉の名前を何となく出してみる。

「んなもん使ったら、高すぎて若い子には支払えないわ。曾孫から更にその孫くらいまで支払いを続けてくれるなら売るけど」

 たしかに見た目も綺麗ですごそうだったけど、あれってそんなに高かったのか。床に這っていたのを知らずに踏みつけそうになったことがあったけど助かった。

「お、あいつが良いんじゃないかな。おい、ビッキーこっちにこーい」

 主の指振りに誘われて、一匹の蝉がその指に止まった。茶色がかった身体に透明の羽、目も人懐っこそうに見える。あくまで見えるだけで実際どんな子なのかは私は知らない。

「この子は「導き蝉」のビッキー、この子は色んな世界を旅してきたから語学に堪能よ。自分が見た世界の中で、あなたがいるべき場所を教えてくれるわ」

 ビッキーが控えめな音量で鳴く。私にはジジジジジと鳴いているだけにしか聞こえないが、語学に明るいらしい。

「この蝉がいれば、おばあちゃんの言っていることがわかるのですか?」

「あなたも夢は心理を映すと言った通り、夢の世界は心の世界。心の世界には心の世界の言語があるの。それと同じように死後の世界や神様仏様の世界にも専門の言葉がある。この子はそれを変換してくれるわ」

 翻訳アプリみたいで便利だな。旅行用に買わせてもらえないだろうか。従業員割引ってないのだろうか。

 呑気な私の気持ちを露知らず、主は客に指伝いで蝉を渡す。若い女の子って虫に抵抗あると思うのだが、大丈夫だろうか。

 触り方を教わりつつ、玲奈ちゃんは恐る恐る蝉に触れる。特に何もされないことがわかると、肩にビッキーを止まらせた。「耳元で鳴かれたらうるさいよ?」と助言しようかと思ったけど、ビッキーも心地よさそうに見えたから辞めることにした。しっかり務めを果たせよ。この野郎。

「あの、お代は……?」

「結構結構、そいつを色んな所へ連れてってやってくれたらいらないよ。うちが出不精で持て余してた所だし――何より話をしていたらあなたのおばあ様のこと思い出せたわ」

「え?」と驚く玲奈に沙夜さんは語りかける。

「守秘義務があるから詳しいことは話せないけど……お礼の方はその時に十二分に頂いているわ。おばあ様によろしく伝えておいてね」

「は、はい! ありがとうございます!」

 喜びを弾けさせて玲奈ちゃんは勢いよく礼をした。揺れる髪からさわやかな香りが舞う。やっぱ可愛いな、この子。

「静羽」

「あ、すいません」

 やれやれ、私の微笑みはそんなにきもいか。

「違う。見送り」

 あ、そうですね。お客様をお見送りしないといけませんね。ぼーっと美少女に見惚れていてすみませんね。

「今日はありがとうございました」

 玄関に至り、少女は改めて慇懃に礼をする。

「礼を言うのは早いわ。まだあなたの願いは叶っていない。蝉の助けはあるけど、これから先はあなた次第よ。望むことを止めたら希望は決して叶わない。そのことを忘れないで」

 その言葉に少女は力強く頷きを返し、来た道を帰っていく。外はもう日暮れを迎えようとしていた。少女は今夜にでも夢を見るだろう。

 夕陽に透かされた小さな背が見えなくなっても、私達はしばらくそこに佇んでいた。


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