2. 列車内

 カレドニアン・スリーパーは一つの列車として出発するが、途中の駅で行き先ごとに三つに分割する変わった編成で、車両番号がHから始まりN車までとなっていたが、グラスゴーで降りるメアリーにはあまり関係のないことだった。ちなみにカレドニアン・スリーパーの寝台車は車輌ごとにクラスが分かれているのではなく、一つの車輌におおよそ半々の割合でファーストクラスとスタンダードクラスが割り当てられている。

 指定された客室はファーストクラスの隣の部屋で、ドアを開けると青色の床とはしご、綺麗にメイキングされたベッド、それから洗面台が見えた。洗面台の上は窓となっており、朝になったらそこから朝日が差し込むのだろうとメアリーは想像した。

 はしごを登ってベッドに座りながら荷物を整理し、早速ラウンジへ行ってみようと考える。ベッドは見た目以上にふかふかで狭さを感じさせず、よく眠れそうとメアリーの心は踊った。

 ターコイズ色のダウンジャケットを脱いで、ペパーミントグリーンのセーター姿になったメアリーは、最低限の貴重品だけ持って細い廊下に出た。同室となる客はまだ来ていないようだが、そんなことよりもラウンジの様子が気になって仕方がなかったので、イチゴ色のスカートをふわふわひらひらさせながら、スキップするように廊下を進んで行った。


 ラウンジは赤色の絨毯に紺色の革張りのソファが設えており、列車内と思えない程広い。メアリーがソファに座るとスタッフの乗務員がメニューを持って来てくれた。食事やお酒を含めた飲み物など種類が豊富だったけれど、十九歳のメアリーはお酒が苦手だったので紅茶を頼むことにした。

 アール・ヌーヴォー風のカップに口をつけていると、ジェイミが「やあ」と挨拶しながら隣に腰かける。ジェイミは乗務員にビールとサンドイッチを注文した。届くとすぐにサンドイッチにぱくつく。

「夕食を食べ損なってね。一人で失礼するよ。君もケーキか何か食べないかい?」

「いいえ、零時以降は食べないことにしているの。ごめんなさい」

「いいや、構わないさ。ところで君はどうしてこの列車に乗ったんだい?」

 ジェイミは二つ目のサンドイッチにてを伸ばしながら尋ねる。

「グラスゴーに実家があって、両親に会いに行くの」

「そうなんだ。俺の実家はエディンバラだよ。わりと近いね」

 ジェイミは云い終わるか否やサンドイッチをかじる。余程お腹が空いているようだ。ソファに振動が来たかと思うと、列車がゆっくりと動き出した。

「ジェイはどうしてこの列車に?」

 メアリーはロンドンからエディンバラなら飛行機が速いのに、と思いながら聞いた。ジェイミは指をウェットタオルで拭き、一呼吸置いてから話し始めた。

「実はフランスの銀行で働いててね、なんだかこのままフランスで働いているのがいいのか、それともイギリスへ戻って来ようか、次はどんな職業にしようか迷っているんだ。ほら、飛行機だと速く着きすぎて考える時間が無いだろ。考える時間が欲しくて、休暇を取ってこの列車にしたんだ。つまらないことだけど、たまにはこんな時間があってもいいかなって」

 ジェイミはさっきまでの笑顔とは違い、どこか寂し気に眉を下げる。もしかしたら言葉以上に悩みがあるのかもしれないとメアリーは考え、話題を変えることにした。

「そうだったの。話してくれてありがとう。ところでどうして私に声を掛けてくれたの?」

「最初に赤色のスカートが目に入って、とても似合ってるなというのが第一印象だったね。それと連れがいなさそうだったのと、この列車に不慣れなのかなと思ってね。そして君がチャーミングだったから」

「またまた、でもありがとう」

 メアリーは褒められた恥ずかしさで次の言葉が出て来ず、顔にかかっていた栗色の髪を耳に掻き上げた。天使をモチーフにしたピアスが現れる。すかさずジェイミが話題にしてくれた。

「可愛いピアスだね。服によく合ってる」

「これは妹に貰ったの。ジェイも服のセンスがいいわよ。特に時計がね」

「ああ、これかい」

と黒い腕時計を見せる。シルバーの長針短針に藍色の秒針が刻んでいた。

「これは自分のために買ったんだ。周りは派手な時計をつけている人が多いけれど、俺はあんまり主張したくなくて、なるべく目立たないのにしたんだ」

「とても似合ってるわよ」

と云ったところで乗務員が近づいて来た。混雑して来たからファーストクラス以外の客は部屋に戻ってくれ、とのことだった。スタンダードクラスのメアリーは仕方がないのでジェイミと別れ、部屋に戻ることにした。

 ラウンジ車輌を出て、人ひとりがなんとか通れるくらいの細い廊下を歩いていると、メアリーの客室をノックしている小さな子供の姿が見えた。

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