第6話「ローチューバー・塩沢リリー」

俺、ふしま。太ったしましまの猫で「ふしま」と呼ばれている。

現在、娯楽町にある原導げんどう家で居候の身だが…


「ふしまあ〜、やばいよ。今日、同じクラスで

 人気ローチューバーの塩沢リリーちゃんがウチに来るんだよお!」


小学一年生の原導ヒロムが帰ってくるなり家で浮かれている。


「動画サイトのローチューブで人気絶頂のアイドルがウチに来る。

 夢みたいだ、ふしま頼むぜ、リリーちゃんがお前を見たいって

 言ってきたんだからな。しっかりそこにいろよ!」


…と言ってヒロムが連れてきたのは、

左右の髪をたて巻きロールにした美少女と言ってもいい女の子だった。


「わあ、本当に猫ちゃんがいるんだ。可愛い〜、触ってもいい?」


口元を隠しながら、おずおずとした様子の女の子にヒロムは大きくうなずく。


「おう、ふしまっていうんだ。可愛がってくれよ。

 そのあいだに俺は下からお菓子とジュース持ってくるから。」


そうしていそいそと出て行くヒロム、ドアがパタンとしまる。

実質、これで俺と塩沢さんの二人(?)きりの状況だ。


と、その時、塩沢さんがニヤリと笑った。


「いやあ…二人っきりだねえ、いや一人と一匹かな?

 ふしまくん。いや、ビーム猫くん?ずっと会いたかったんだよ。」


香箱座りをする俺に塩沢さんがぐっと迫る。

その手には一台のスマホ。動画再生用の画面が映し出され。

ボタンをタップすると隕石が間近に迫ってくる映像が映る。


『みてください、この隕石。大変です、私潰されちゃうかもしれない!』


その声は目の前の塩沢さんの声だ。と、途中で隕石が粉々になる。

『きゃあああ!』と、ここで動画を止める塩沢さん。


「…実はねえ、この動画をSNSとローチューブにアップした瞬間、

 なぜか30秒以内に両方とも削除されちゃったんだよねえ。

 両運営側からお詫びとして合わせて300万円の振り込みがあったけど、

 どーもきな臭い感じがしたの。で、この画像を拡大すると…」


塩沢さんは画面を拡大すると、画面の端をトントンと指でつく。

「これ、ふしまくんで間違いないよねえ?明らかにビーム撃ってるよねえ?」


そこには確かに右手を上げてビームを放つ俺の姿が映っていた。

途端に塩沢さんはぐっと顔を近づける。


「おい、よくも俺様の動画を削除させてくれたな。

 隕石から逃げるアイドルの映像なんて300万ぐらいじゃあ足りねえんだよ。

 再生回数30億回は突破するに決まってるわ!300倍は稼いでたっつうの!」


いや、その前に隕石で死んでるかもしんないじゃん。


「アイドルは、隕石ぐらいじゃ死なねえんだよ!」

 と、塩沢さんが叫んだところで階下からヒロムの声がした。


「ごめーん、ジュース床にこぼしちゃったから、もう少しかかるかもー、」


途端にすっと塩沢さんの顔が戻り、階下へと声をかける。

「ううん、いーよ。大丈夫ー、ひろりんのこと待ってるからー!」


ひろりんって誰だよ。そう思った瞬間に塩沢さんがこちらを向く。


「…どうせ動画の削除方法から考えると悪の組織の歯車商会か、

 ヒーロー協議会の仕業っぽいし、もう目に留まってるんだろう?

 …すでに勧誘されちまって活動もしてるんじゃねえのか?」


言ってる意味はわからねど、なんとなくやばいということだけは俺にもわかった。

でも相手がドアの前に陣取っている以上、逃げることもできない。


その時、グラスを割る音とドタドタという足音とともにヒロムが顔を出した。


「ごめーん、やっぱりこぼしちゃった。もう一回つぎに行かせて。」


みれば盆の中身はぐちゃぐちゃでジュースはかけらも残ってない。

すると塩沢さんはスマホを見て困ったような顔をした。


「…あ、ごめん。次の撮影のスケジュール推してるの忘れちゃってた。

 悪いんだけど、これ以上は家にいられないかも…」


ガーンとするヒロム。いや、ジュースこぼしまくってるお前も悪いからな。

しかし、そこに塩沢さんは言葉を続ける。


「でも、外でジュース飲むくらいなら大丈夫だけど…いいかな?」


ヒロムはその言葉にぱあっと顔を明るくし、ガクガクとうなずいた。

「わかった。めっちゃ急いで支度するから玄関先で待ってるから!」


そう言って、破片だらけの盆を持ってヒロムは階下へと降りていく。


「城を攻めるにはまず外堀から埋めていかなきゃ…

 絶対に君という猫…ふしまの正体を暴いて動画に収めてやるぜ。」


薄く笑う塩沢さん…そして彼女は最後にこう言った。


「I'll be back」


俺は呆然としたまま香箱座りで固まる。

パタンと閉まるドア。


それが、恐るべき小学生ローチューバー、塩沢リリーとの初遭遇であった…。

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