第5話「ヒーローからのミッション」

俺、ふしま。太った茶トラの猫だから「ふしま」って呼ばれてる。

今日も世話になってる原導げんどう家から日課のパトロールに向かうことにする。


「ふしまくん…だね?」


みれば、玄関先で中折れ帽にトレンチコートの人間が立っていた。

老獪そうな爺さんで口に蓄えた白いヒゲがよく目立つ。


パトロールの方が大事な俺は無視してさっさと塀に乗ろうとジャンプする。

その時、老人が無造作に俺の背中を撫でたのは覚えている。


…気がつくと、俺はジャングルの中、

車の後部座席でシートベルトをしていた。


前方には二人の人間が座っており、片方の顔はよく見えないが、

もう片方は昨日裏山で見たコートの男で間違いなかった。


後ろにクッションがあてがわれているので猫背の俺でも

そんなに苦痛じゃないが…正直、この状況に驚く。


すると、俺の背後のクッションが「ふぉ、ふぉ、ふぉ…」と笑った。


「いやはや。君をこんな形で連れて行くのは心苦しい限りだが、

 何しろ時間がない。我々世界ヒーロー協議会の派遣ヒーローは

 常に時間との戦いだからね…特にMr.シーカー。

 聞かないふりをしているようだが、この言葉はよく心に留めておくように。」


運転席でギクリとした顔の男にそう言うと、老人は俺の腕を取り、

凸凹道を走る車の中で器用に肉球に朱肉をつけてポンポン書類に判子を押す。


「派遣ヒーローは常に人手不足だ。任務中の怪我、殉職、危険な任務が多い上

 欠員の補充もままならない。だからこそ、SNSに投稿された隕石落下映像の

 一部にビームを放つ君の姿が映った時、我々は即決で君を仲間にすることに

 決めたんだ…分かってくれるかな。」


俺を抱きながら書類の最後の一枚に判を押すと、老人は「よし」とうなずいた。


「これで契約成立だ。私はコードネームをMr.ポーターという。

 助手席の淑女はMs.ポット。運転席はMr.シーカー。

 これからもよろしく頼むよ、ふしまくん…いや、Mr.ビームくん。」


そう言って、老人は俺の肉球をハンカチでふきふきしてから手を握る。


実はこのあいだ、俺はずっとぽかんと口を開けていた。

正直、なんのこっちゃかわからなかったからだ。


と、そこでMr.シーカーと呼ばれた男が車を停める。


「木に目印がある。偵察部隊の話ではこの5キロ先に敵の基地があるらしい。

 Mr.ポーター、俺たちをそこまで飛ばせるか?」


すると老人は首を振る。


「いや、無理だねえ。偵察部隊が中に潜入していない限り、車ごと飛ばせない。

 Ms.ポット。移動キーとして現地まで行けるように変身できるか?」


それに対し助手席の女は首を振った

…のだが、その頭部はどこからどう見ても片手鍋以外の何物でもなかった。


「ちょっと難しいわね。偵察部隊の話では屋上に武装兵士がいるそうじゃない。

 打ち落とされたらお終いだし、地上から行くには森が入り組みすぎている。」


出た声や体型はセクシーだが、どっからどう見ても片手鍋だ。

しかも振り返るたびに後ろの柄の部分がガンガンと窓ガラスに当たって危ない。


「うーん、木々の隙間から建物は見えるんじゃがのお…」


そしてMr.ポーターの爺さんは俺を見つめ…


「…照準よし、ここじゃ!」


車から降り、爺さんにぶら下げられた俺はしぶしぶ右手を上げる。


右手から放たれた光の筋が木々やシダの葉の間を通り抜け、

一直線に隙間からわずかに見える建物へと吸い込まれていき…


ちゅどーん!


あっという間にジャングルの向こうの建物は爆発炎上した。

同時にMr.シーカーの持つ無線に連絡が入る。


「よし、敵の研究所は破壊された。死亡者はなし、

 偵察部隊がレスキューと提携して敵の情報を取りに向かったそうだ。」


「そうか、よしよし…」


と、爺さんが言ったかと思うと俺は塀の上にちょこんと乗せられていた。

周りを見渡すといつもの場所、娯楽町の原導家前。


爺さんはそこで懐から出した懐中時計を見ると、俺に言った。


「ちょうど五分か。このくらいの誤差なら問題なくパトロールに行けるだろう。

 人には人の、猫には猫のルールがあるだろうからね…それでは。」


そうして、爺さんは俺の頭をぐしぐしと撫で姿を消した。

俺はなんだかわからなかったが、とりあえずいつも通りパトロールを再開する。


そして、家に帰ったところで原導家のパパさんが

ちょうどテレビを見ているところに出くわした。


『アフリカにある大手薬品メーカーの研究所で大規模な火災が発生しました。

 けが人は数名でいずれも軽症であり、研究所を管理する所長が違法薬物製造の

 容疑で逮捕され…。』


「ちょっと。パパー、それにふしまー。宅配便が来たんだけど見てよこれ。」


テレビを眺めている最中のママさんのお呼び出し。

俺とパパさんが駆けつけると玄関には十箱のダンボール箱が置かれていた。


「見てみてこれ、ママ懸賞に当たっちゃったらしくてね、

 日本航空宇宙局の特性ダイエットキャットフード一年ぶんが

 届いたらしいのよ!これでお金が浮くわー、嬉しいー!」


その箱にはどこかで嗅いだような匂いがして、俺は箱の横に回る。

するとパパさんが側面に書かれた文字を見つけ、口に出した。


「『Mr.ビームへ、これは今回の報酬だ。受け取ってくれ。 Mr.ポーターより』

 …だって。なんのこっちゃい。」


パパさんは首をかしげる。俺もわからないふりをして「にゃあ」と鳴く。


今日はなんだかわからない。わからない上に妙だった。

…ただ、あの爺さんが老獪なことは、よーくわかった日であった。


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