第4話「A・H・O団」

俺、ふしま。太ったしましまの猫だから「ふしま」だ。

実は今、かなり困っている状況だ。


「A・H・O!」「A・H・O!」「A・H・O!」


日の射さない木々の中、フードを被ったちっこい黒マントの三人組が

俺をクッション付きの祭壇に上げ、両手を上げて叫んでいる。


「猫神さまに供物を捧げよ。」


みれば一人の団員がうやうやしく俺に皿を持ってよこす。

盛られているのは猫缶の中身。

俺はあんまりお腹が空いていないけれど、付き合いで食べることにする。


「皆の者、静まりたまえ、静まりたまえ、猫神さまのお告げじゃぞ。」


三人だけで何が静まりたまえかさっぱりわからないが、とりあえず食べる。

食べるとき、癖で「うにゃうにゃうにゃ…」と声が漏れるが仕方がない。


途端に、一人がバッとフードを外し天を仰いで叫んだ。

その顔はどっからどう見ても俺の飼い主である小学一年生の原導げんどうヒロムだ。


「お告げじゃあ、お告げがあったぞお。」

「なんじゃあ、」「何事じゃあ。」


二人組もフードを外す。それはヒロムの遊び友達であるヨウスケとシンジロウだ。

そこに、ヒロムが言葉を続ける。


「『A・H・O団にさらなる栄光と繁栄を』と申しておる!」


言ってねえよ。

しかし、三人はさらに盛り上がる。


「Aは安全を!Hは保安を!Oはオクトパスを司る言葉だ!」

「オクトパスは、なんとなくかっこいいからつけた!」

「意味はわからない!」「でもいい!」「なんとなくかっこいい!」


「だから、町の保安のためにパトロールに行くぞ、みんなー!」「うおー!」


そう言うと、テンションの上がった三人は手にパチンコをもち、

裏山の木陰の秘密基地から外へと駆けて行く。

俺はうんざりしながらクッションから退くと家へと帰ろうとした。


ここんとこ、毎日のようにごっこ遊びに付き合わされる。

ヒロムの設定では、どうやら俺はこの秘密基地を管理する総司令官らしいが、

なんか色々間違っているような気がしてならない。


そうして、木々のあいだを抜けようとしたところで、

俺はヒロムたちが背の高い大人と話しているのを見た。


長コートに中折れ帽をかぶっていて手袋までした完全防備。

よっぽど紫外線がイヤな大人らしい。


「…それで君たち、この辺りで怪しい猫ちゃんは見なかったかい?」


「猫ー?んなもんいっぱいいるよ。空き地の土管とか河川敷とか。」

「そうそう、それよりおっちゃんなんかのスパイ?手帳見せてよ。」


「いや、私はそういう怪しいものじゃあ。」

「えー、怪しい。」「めっちゃ怪しい。」「鬼怪しい。」


「君たちだってマント着て怪しいんだからな!」


ムキになる大人とからかう子供。

俺は思った…仲良く遊ぶんだぞ、と。


そうして横を通り過ぎようとした時、突然長コートが俺を見て驚いた。

「え、ちょっと待って。そこの猫ちゃん。」


途端にヒロムが間に割って入る。


「何い!俺たちの猫神さまに何をする!」

「そうだ、俺たちの基地の総司令官さまだぞ!」

「予言もしてくださるエラーいお方なんだぞ!」


だから、それ総司令官の仕事とちゃうよ。

…だが、コートの男はなおも食い下がる。


「あのさ、ちょっとこの猫ちゃん預からせてくれない?

 ちょっとだけでいいからさ。お菓子も買ってあげるしさ。」


「はあー?子供舐めてんじゃねえよ。」「ゲーム持ってこいやあ。」

「商店街にテーマパーク作れやー。」


そして、ヒロムが何気なしにこう言った。

「それにさー、なんでうちで飼ってる『ふしま』欲しがってるわけー?」


と、そこで男は少し動きを止めた後、慌てたように手を振った。


「あー、ごめん。なんかごめんね。勘違いかも。

 おじちゃんも悪かった。やめるよ、もう金輪際ここには来ないから。」


途端に、三人組は「にちゃあ」と笑う。


「そうか、おっちゃんは悪い奴だったんだな!」「何てやつだ!」

「タチサレ、タチサレ!」


コートの男は慌てたように山を降りていく。三人は大盛り上がりだ。


「やったー、悪いやつを追い払ったぞ!」

「A・H・O団の勝利だ!」「猫神さまばんざーい!」


俺はヒロムに抱き上げられ、伸びた足元がブラブラ地面に着く。

コートの男はちらりと俺を見た後、また坂を下っていく。


なんのこっちゃかわからんが、とりあえずコートの男は俺が気になるらしい。

周りではヒロムたちがまだ歓喜の叫び声を上げている。


俺はブシュンとくしゃみをすると、

家に帰るためにヒロムの腕をすり抜けた…

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