第3話 先輩
この学校にはたくさんの研究室というものがある。部活動の一種で大学のそれとシステム自体は似ている。
俺と中西はともに東雲魔法研究室に籍を置かせてもらっている。この東雲魔法研究室は去年の学校内研究室バトルで全体の17位と中堅よりは上だが、名門、トップ、強豪と言われるほどの位置には立っていない。
この学校内研究室バトルとは、5人1チームでのチーム戦バトルロワイヤルで毎年6月、10月、2月に行われる。これにおいてトップ5に入った研究室は学校公認チームとなり、全日本魔法教会主催の公式イベントにおいて予選とうを受けずに決勝リーグに進出することが可能となる。ここでは今後の物語において教室に続く重要な舞台となる研究室について少し書こうと思う。
東雲研究室には現在、3年生が3人、2年生が4人、1年生が俺と中西の2人の計9人が在籍している。室長は東雲叶人さん。「しののめかなと」と読み、学年順位は最高でトップ5に入り込んだことがあるかなり優秀な先輩だ。ちなみに得意魔法は氷魔法、風魔法で、先輩のオリジナル技の吹雪はこれまで校内校外関わらずたくさんの人を凍えさせてきた。
副室長は西宮夕輝さん。この人は残る1人の3年生の桜野水瀬先輩の恋人で、いつも室内でイチャイチャを見せつけてくれる。噂によるとお互いに好きでありながら告白に踏み切れなかったのを東雲先輩がキューピットになって結ばせたとか関係ないとか。
「秋月、ちょっと来てくれるか」
俺をクールな低音で呼びつけたこの人が東雲先輩だ。ほんとにかっこよくて男の俺でも気を抜けば惚れてしまいそうになる。
「あ、はい!今行きます!」
東雲先輩の席まで走った俺に、東雲先輩が書類がぎっしり詰まったファイルを渡し説明を始めた。
「すまないが、これを道重副校長に届けてくれないか?今後の研究のご意見を賜りたくてな」
「了解しました!ちなみに副校長が普段どこにいるとかご存知ありませんか?」
「しげちゃんなら放課後はよく図書室にいるよー、あの人小説好きだからさ」
横から口を挟んできたのは副室長の西宮先輩だ。ちなみに関係ないけど横には桜野先輩がいる。どうやら2人で大手SNS、MYLIFEに投稿する動画の撮影でもしてたようだ。
西宮先輩、桜野先輩には言えないが俺と中西はいつもそのイチャラブ動画にこっそりと低評価をつけている。俺と中西は非リアなのでこの手の動画を見ると別に不快な気分になるわけではないが反射的に低評価のボタンをおしている。
「そうね、しげちゃん最近は『赤の紅桜』っていう若者に人気の恋愛サスペンス小説読んでるみたいだから第1図書館じゃないかしら?」
「あ、ありがとうございます!西春先輩(せいしゅん先輩)」
「「おい!!」」
2年生の先輩がこのカップルを呼ぶときに使っているこの名称はすでに1年生の間でも浸透している。俺は部屋のはじっこでスマホをいじっていた中西も誘って2人で第1図書館に向かった。
「おい、秋月。その書類の中身なんだよ?」
「あー、なんか東雲先輩が2年の北野さんと共同で念を効率よく炎エネルギーに変換する方法を研究してるらしいぞ。ほら、東雲先輩氷魔法と風魔法は大得意だけど他は苦手だし、中でも特に、炎魔法はな」
「それでわざわざ研究を?え?偉すぎね?」
「1年の時からずっと続けてて、2年になってしばらくしてから中学時代からその手の知識について詳しかった北野さんを誘って共同研究になったらしいぜ」
「研究かーー、俺たちには縁のなさそうな話だなー」
「研究してないと研究室の予算下がるんだから感謝しなきゃだな中西」
「そうだな、秋月」
第1図書館が見えてきた。名門校の名に恥じない巨大な図書館だ。1年生寮のすぐ近くの公民館程度の大きさの第2図書館には行ったことあるけど市民図書館なみの広さを誇る第1図書館に入るのは楽しみで、少しわくわくする。
中に入るとエントランスにマップが書いてあった。小説コーナーは、、、2回の奥の方か。俺と中西は混んでいるエレベーターの前を素通りして、階段で2階へとあがった。小説コーナーの入り口の机に白髪の老人が座って本を読んでいた。タイトルは赤の紅桜。ビンゴ。道重先生だ。
「あの、すいません。副校長先生ですよね?」
「そうだが、君はだれだね」
この前怒られた時とは別人のようだった。あの時は熟年教師という言葉が似合っていたが、今は単純に老人といったところか。
「東雲研究室の1年、秋月遊馬と申します」
「同じく、中西伊吹です」
「あー、東雲のところの子か。どれ研究がまた進んだのかな。」
「あ、はい。東雲先輩から頼まれて書類を持ってきました。」
「はいはい、預かっときますね」
「あの、、」
バカ、中西が口を開いたときはだいたい余計なことを言うときだ。静寂な図書館を怒鳴り声に変えたいのか。
「先生ってもしかして、うちの研究室の顧問かなんかなんですか?」
やっぱアホじゃねえか、、、
「ふふふ…君はおもしろいことを言うんだね。研究室には顧問なんていないよ。私は炎魔法を専門としているから、少し彼らの研究を手伝っているだけさ」
「あ、すいません、連れがアホな質問を」
「大丈夫だよ。担任発表のときに私に注意された秋月くん」
「げっ、」
思わず出てしまった。まずいと思い口を閉じたが、すでにゲッという音は出てしまっていた。
「覚えてたんすか」
「全ての出会いを忘れることはないさ。一期一会。1つ1つが特別な出会いだよ」
俺は一礼したのち、中西の手を引き足早に図書館を去った。後ろからニタニタとしている道重副校長の気配がその逃げ足を加速させた。その後俺は中西にからかわれながら東雲研究室に戻った。
「苦労かけたな、ありがとう2人とも。」
「「あ、ありがとうございます!」」
先輩が後輩に仕事を手伝わせることなんて当たり前なのにちゃんと一回一回労ってくれるあたりも東雲先輩が後輩に尊敬される要素の1つだ。
「もう、6時過ぎか。みんな聞いてくれ」
東雲先輩の号令1つでスマホをいじっていた西春コンビ、人生ゲームを楽しんでいた2年生の4人が遊びを止め、東雲先輩の方を見た。当然、俺と中西もだ。
「今日はもう研究所閉めるから遊びの続きは外でやってくれ。あと、明日はうちの研究室の体育館の使用許可日だからみんな装備忘れるなよ。久しぶりに体を動かすぞ」
「わーかりましたー」
「了解でーす」
「おけまる〜」
8人全員が返事をしたが、その中でも声がでかかったのは2年生の男子3人組だ。あと1人の女子がやれやれ、というゆう顔で3人を見ている。
この3人は3バカトリオとみんなに言われていて、いつもチャランポランだ。まあそれでも試合になれば東雲先輩や西宮先輩のようにエース級の大活躍はできないが、回復魔法や防御魔法といったマニアックな魔法もしっかりと習得できていることでその時々で、ヒーラー、タンク、アタッカーとなんでもできる器用貧乏な人たちだ。
3バカトリオの名前は東雲先輩に返事をした順に、山田、北野、平田さんだ。そして、3バカトリオへのツッコミ担当で2年生唯一の女子が水谷さんだ。
「それと、今日は9人全員いることだし、みんなで飯に行きたいと思うんだけど、この後予定ある人とかいるか?」
「あー、しののめー、わりー、俺と水瀬これからイチャラブデートだから無理だわー」
「うん。行けない人はいなさそうだな」
「ちょ。おい?しののめ?話聞いてた?」
「ああ、聞いていたがどうした?どうせ飯食った後にお家デートだろ?1時間くらい遅れても大丈夫だろ」
「え、ま、まあ、、今回だけは付き合ってやるよ」
結局、全員で行くことになった。
練豚堂。この辺じゃ有名なお好み焼き屋だ。西春コンビはマックを押していたのだが東雲先輩の
「栄養がない。」
という一言でマック案は一蹴された。練豚堂の看板商品、国産豚ビッグお好み焼きを食べながら各々の恋バナ、今後の研究について話す中で当然俺たちの担任についても話があがった。
やはり月城十六夜の名を知らない生徒はこの学校にはいないようだった。そんな中で各々の話に返事は返しつつもなかなか自分の話を切り出さない東雲先輩が他の人が話していないタイミングを狙って、箸を箸置きにおいてからゆっくりと話し始めた。
「実は明日の体育館練習だが、さっき荒川研究室に声をかけて合同練習を行うことになった。まあ練習試合と思ってくれればいい」
「おー、今期初っすね練習試合!ところでメンバーはどうするんっすか?」
さっそく話に割り込んできたのは東雲先輩と共同研究を行なっている北野さんだ。普段からよく2人で過ごしてるだけあってやはりこういう緊張感が漂う感じでも動じないのだろうか。
「メンバーは俺、西宮、桜野、山田、水谷。ちなみに競技は旗取り戦線だ。あ、一年生は分からないな。すまない。これはその名の通り相手の旗を倒せば勝ちだ。なお、これは授業でも聞いていると思うが、気絶、行動不能、ギブアップした選手に関してはその試合中は死亡という扱いになり会場から退場することになる。1年生にはしっかりと見学して試合の感覚を掴んで欲しい」
俺が返事をしようとしたところ北野さんがまたも間に入ってきてこう嘆いた。
「えー、俺補欠なんすかー、つまんねーの」
「あたりめーだろ。お前は未だに得意魔法の電気以外ろくに扱いきれてないだろうがよ」
北野さんを諭したのは西宮先輩だった。北野さんのせいで俺は東雲先輩に返事をするタイミングを失ったが、入室してから半月。ようやく魔法学生同士のバトルを観れるのは楽しみでしかったなかった。となりに座る中西も言うまでもなく口角が上がり、ニヤニヤを隠しきれていなかった。
魔法世界の高校生は十六夜の月とともに。 月雪怜 @tukiyukirei
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