第11話 救世主は何色か? 2

学校から歩いて約15分、僕らは『UFOと地球儀』と言う店に着いた。

 外から見るからに最後に行った一年前と同じように看板の汚れやメッキの剥がれ具合も全く同じだった。


「私、半年前に行ったんですよ」


 隣で青窓は言う。


「へぇ、僕はお前と行った一年前きりだな。てか、なんで半年前に行ったんだ? 普通に喫茶として使用するためか?」


「い、いえ。そうではないです」


 青窓は少し顔を赤くする。なに、気になるんだけど。


「理由は聞かないほうがいい系?」


「いえ、別に聞いていい系ですが」


「じゃあ、聞こうかな。気になるし」


「えっと、その」


 青窓は息をのんで、少しのもどかしさを見せる。どうしてか、僕自身も彼女を見ていると少しの緊張が走った。

 青窓は口を動かす。


「相原先輩がいるような気がしたからです…」


 多分、中学時代の僕ならこのセリフに胸を躍らせていたと思う。いや、思春期真っ盛りの少年がこんなセリフ聞いて平然なんか装えます? 無理です、ムリムリ。

でも、ほんと今の僕でもこのセリフはダメージに来る。顔は何とも気にしていないような表情だろうか、内心はほんとドキドキ状態。こいつはほんと男心をくすぐるのがうまい。


「そのセリフは照れるからやめろ。むしろ、死者すら出るレベル」


 僕のセリフを見計らっていたように、青窓は小悪魔笑顔を見せる。


「あっ、相原先輩照れました?」


 その笑顔に少し背筋が凍る。


「いや、最初はマジで照れてたけど、その笑顔見て急に我に返ったわ」


 そういえば、こいつプチデビルみたいな性格だったな。外では万人受けしやすい性格だったけど、僕にはこういう感じだったわ。


「まぁ、デビル青窓はまだ健在のようで何よりだ」


「誰がデビル青窓ですか、ビビる大木みたいに言わないでください」


「はいはい。っていうか、店の前で話してないで早く入ろうぜ」


「そうですね、入りましょうか」


 僕はドアを開けて、店内に入った。

 店の中はコーヒー豆が焙煎された匂いと独特なヒノキの匂いで充満していた。そうそう、こんな匂いだった。

 奥からは店主が来る。その姿は鋭い眉にさっぱりとしたショートカットの白髪、薄いフレームの眼鏡に、地球儀と円盤が描かれたエプロン。これもまたあの時と全く変わらない格好だった。


「いらっしゃいませ。君たち二人を見るのは久しぶりですね」


 店主は笑顔を見せる。僕もそれに対応して話す。


「えぇ、そうですね。一年と少しぶりです」


「そうですか、もうそんな前になるのですね」


「ですね」


 そう。もうそんなに時間が経っていたのだ。時間というのは実感すればするほどに非常に短く感じる。そして、実感しなければ今までのツキのように、ある時点でその過ぎ去った時間を実感させるのだ。世界というのは本当にうまく筋妻があっている。

 店主は少ししんみりした空気を読んだのか、また笑顔を見せ、空いた席へどうぞと僕らに言った。

 見渡したところ、店には二人の客がいた。二人とも互いの関係性ないようで、一人はやたらと分厚い本を開いて読んでおり、一方は店内に流れるレコードを吟味して聞いていた。

 僕らは少し二人とは離れた場所、いつもいた場所に座り込んだ。


「懐かしいですね」


 青窓はテーブルに両方の肘をつけて言う。


「そうだな。すごい久しぶりだ」


 改めてあたりを見る度に思い出す。天井から糸でぶら下がったいくつかの円盤型UFOと地球儀、万国の人間が手をつないでいる大きな一枚絵、レコードの棚。


「ここでいつも何を頼んでましたっけ?」


「紅茶とチョコケーキ」


 僕は反射的に言った。今のは早押し問題チャンピオンも驚くレベルの速さだっただろう。


「あぁ、そうでした! この店、コーヒーの匂いがするのに相原先輩はいつもコーヒーが飲めなくて、甘党だからこの組み合わせだったんですよね」


「よく覚えてるな。ちなみに、僕は今もコーヒーが飲めない」


「成長してないんですね」


「うるせぇ」


 結局、注文は僕も青窓も紅茶とチョコケーキにした。

僕らが注文を言い終えると、店主は笑顔で『君たちの注文が変わっていなくてよかったです。あれからコーヒーと同等に紅茶にも力を入れてきたんですよ』と言った。店主、いい人すぎですよ。僕と青窓は同時に言った。


 注文をしてから、間もなくして青窓は真剣な顔で僕のほうを向いた。


「先輩。話いいですか?」


 普通は『話いいか?』と聞かれれば、断る人間はいないだろう。だが、それは一般的な話であって、青窓の場合は違う。青窓の話の許可を求める真意は少し深刻な話を含蓄しているのだ。

だが、僕自身も別に断ったことなどは一度もないので、いつかの頃と同じように頷く。


「ありがとうございます。あのですね、相原先輩」


 少しの間がおかれる。その間は流れているレコードの一曲分ほどあるように感じられたが、実際は3秒もなかった。


「私は、やっぱり先輩と話しているときがなにより楽しいです」


 その言葉に重みはあるのだろうか? いつものようなからかいか、それとも本当の言葉か。それはダミーのダンベルのようだった。見た目は重そうでも実際持つとダミーだから軽い、そんな感覚。でも、それが偽物かどうかというのは実際に触れてみなければわからない。果たして、僕はこの言葉に触れてもよいのだろうか? しかし、僕は現在それと言って失うものはない。だから、少し触れてみることする。


「そうか。僕的にはそれは、言われてうれしい言葉ランキングベスト5には入るな」


 青窓は微笑んでから、言葉を放す。


「私、先輩と再会するまで、色々な生き方を試してきました。主に統一した生き方を、先輩のような生き方を、でもですね、結局なれなかったんです。何者にも。先輩、人っていうのはきっと生まれ持った性格っていうのがあるんです。みんな、ある日を機に性格が変わったっていうけど、ほんとは変わっていないんです。それは錯覚であって、仮面であって。人はいつだって、根本からは変われないんですよ」


 青窓は続ける。


「だからですね、先輩。弱い人間はいつだって弱いんです。優しい人間はいつだって優しんです。どんなことがあったって、自分を自覚している限り自分の性格は不変なんですよ。そして、私は弱い人間です。生まれ持って弱い人間なんです。いつだって、人に同調して、自分の立場を守って、自分のメンツを保って。そんな自分がいつもいやになります。でもですね、先輩。私は相原先輩と話しているときだけは自分が生きているような気がするんです。私はですね、これを弱い人間として生まれたがための贈り物だと思ってるんです。私は今まで多くの人と話してきました。けど、そこには先輩のように話せる人はいなかったんです。何百人、何千人とみてきたんですよ? それは母数が少ないかっただけかもしれませんがそれでも、私は頑張って探したんです。けど、いなかったんですよ、そんな人は…。先輩、だから、私は…」


 その言葉の続きはいとも容易く簡単に途切れた。

 僕らの机には注文の品が載る。その際には店主は『どうしても、淹れたての紅茶と切りたてのケーキを食べてもらいたくてね。大事な話をしていたなら、ほんとすみません』と言ったが、青窓はそれに笑顔で『全然大事な話ではありません』からと応じた。

 店主が笑顔で去ってから、しばらく沈黙が続く。まぁ、そうだよな。


「えっと、『だから、私は』の続きは?」


 青窓は自分の言った言葉が恥ずかしくなったのか顔を赤くしながら、記憶がなくなれと言わんばかりに顔に手をあて、小さな断末魔をあげていた。まぁ、わかるぞ、その気持ち。僕も最近あったからな。

かといって、フォローする言葉も見つからないので、その光景を見ながら紅茶を飲むことにした。 

 結局、湯気の量が元の半分ぐらいになるまで青窓はその状態でいた。


「大丈夫か?」


「…はい」


 青窓は死にそうな声で答える。ほんと大丈夫かよ。


「まぁ、なに、気にするなよ。話はしっかり伝わったから」


「ほんとですか?」


「ほんとだ。言いたいことはわかった」


「そうですか。それはよかったです」


 青窓は少しずつ表情を取り戻す。


「まぁ、時々僕もこうして時間が空いているときがあるから、その時は誘ってくれればいい。いつでも僕でよければ話し相手になるよ」


「しかしですね、相原先輩。私、今日から先輩と一日一時間話をしないと死んでしまう病になりました」


「それは、病というよりは呪いだな。てか、一日一時間ってゲーム使用のルールかよ」


「先輩、責任取ってくださいよ」


「そんなセリフ使うなよ、誤解されるだろ…」


 僕はこの時、部のことを思い出した。そうか、もしかして青窓は部に入って…。


「なぁ、青窓」


「なんですか?」


「お前、部に入ってるか?」


「はぁ、入ってますけど。一応男子バスケ部のマネージャーやってます。ってか、どうしていきなり部のことを聞くんですか?」


 あー、入ってたか。勧誘しようと思ったが、これは無理だな。さすがに、僕もほかの部から美術部に来てくれとは言えない。特に、バスケットボール部は部員が多い上に、確かマネも多いから、こんな時期にやめたら多くの人から反感買いそうだしな。


「いや、なんでもない。忘れてくれ」


 青窓はハテナという顔をしていたが、すぐさま意図を掴んだのか悪徳な顔色に変えた。


「そういえば、先輩は部に入ってるんですか?」


 こいつ、やっぱり察しがいいな。だが、僕は真実に触れられないよう誤魔化す。


「いや、入っていない」


「そんなはずはないですよ。だって、先輩、最終下校時間に帰ってたじゃないですか?」


「そ、それは図書室にいたからだ」


「図書室にですか。何の本を読んでました?」


「えー、あぁ、太宰だ」


「先輩は古い小説家は嫌いだって中学の時言ってましたよね?」


「人は変わるんだよ」


「まぁ、そこはいいでしょう。ちなみに、先輩、図書室には何回ほど行ったことがありますか?」


 鋭いところを突いてくるな。探偵かよ、こいつ。

 しかし、思い返せば、僕は片手の指ほども図書室には行っていない。


「10回ほどだ」


「じゃあ、太宰がどこに置かれているかはわかりますよね?」


「あ、あぁ、もちろん」


 僕は不安定に答える。


「そうですか。ちなみに先輩、実はうちの学校の図書室は太宰を扱っていないんですよ。ひと昔にそれを影響受けた人がいて、撤廃になったそうです」


 ま、まじか。

 青窓の笑みは増える。


「ということで、先輩は部に入ってることがほぼ確定したようなものですね。まぁ、どうせですから、部も当てちゃいましょうか」


 もう、どうにでもなれ。


「まず、私は運動部系の人間の顔はほとんど見知っています。というのも、水を汲みに行ったり、カギを取りに行ったりするからですね。ということで、最初からわかっていましたが、運動部は除外。ということで、文化系ですね」


 青窓はこちらをじろじろと見る。


「なんだよ」


「いえ、先輩のシャツに絵の具がついてるなと思いまして」


「まじか、どこどこ?」


 僕はすぐさま絵の具のついた場所を探した。いや、ほんとよくあるけど、絵の具が付いたら中々きれいに洗っても取れないんだよな。‥‥ん? 待て、ここ最近は絵の具は使ってない。

 僕はすぐさま青窓を見た。その勝ち誇った笑み。まさか。


「美術部だったんですね、先輩」


「完敗だ」


 僕はがっくりする。まぁ、そこまでショックじゃないけど。


「引き続きやってたんですね」


「まぁな、どうせ部をやるならと思って」


「先輩。私も入部します」


 僕は彼女の目を見た。その目には少なくとも冗談性の入ったものはないように感じた。


「やめとけ。今、お前はほとんどのバスケ部員から慕われてるんだろ、今更反感を買ってまで地位を手放す必要はないだろ」


 青窓は僕の言葉に対して、やれやれといった感じで首を少し振る。


「先輩、私言ったじゃないですか。弱い自分に与えてくれた唯一のギフトは相原先輩だって」


 青窓はその言葉の後に、お願いしますと言った。


「しかし、本当にいいのか?」


「はい」


 僕は半分になった紅茶を眺めた。そして、次はチョコケーキを。そして、あたりを見た。そこにはレコードを聴いていた人が消えていて、本を読んでいる人だけになっていた。

 僕は改めて青窓と向き合う。こうなれば、言うことはただ一つ。


「本当に助かるよ」


 先ほどから、どうしてもつながりきらなかった紐はここでようやくつながる。その言葉が、きっと結び目となったのだ。

 こうして、晴れて美術部の存続は決定し、久しい人との再会を果たした。

 結局、救世主は一体誰だったのだろうか? 答えははっきりとはない。それは人によって変わるからだ。

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真っ白のカンバス 人新 @denpa322

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