第7話 その後の電話
僕は数少ない電話登録リストの中から一つの名前を見つけ出し、画面をタッチした。
早速、コールは響く。
そして、それが三度繰り返されたときに変化が生じた。
「相原です。今大丈夫ですか?」
「あぁ、全く構わんよ、どうした?」
「今、ちょうど部を終えて彼女を家に送りました」
「そうか、それはご苦労さま。後、プリント料は月曜に言ってくれ、その時払う」
「はい、わかりました。後、一ついいですか?」
「ん、どうしたのかね?」
僕は今日の出来事を思い出す。肌に感じる暑さ、疲労を感じる体、見た景色、それらを鮮明に。
「先生は、彼女は優しい人間だといいましたよね?」
「あぁ、言ったな」
「それは実は間違えていました」
「ほう、ではどのような性格だったのかね?」
僕は少し間をおいてから、微笑む。
「とても優しい性格です」
笑い声は聞こえず、かつ井ノ瀬先生の顔も伺えないにもかかわらず、先生自身も笑っているような気がした。
「そうか、それを聞いて改めて安心したよ」
優しいその声は僕の鼓膜に響いた。
それからしばらく僕らは話し合ってから、通話を終えた。
僕は役目の終えた携帯をポッケに入れて、あたりを見渡した。そこは僕の見慣れた場所ではないためか、少し新鮮さを感じた。
流れる人々を見る。
そこには仲のよさげな家族、それと対照的な夫婦、肥満な男に、やたらと痩せた女がいた。
僕はその時、体感したことのない特殊な感情に支配された。
僕は対象を変えて、もう一度あたりを見渡す。
そこには僕の背の何倍もあるオフィスビルや、書店があった。けど、それらを見たときにはもう一切、特殊な感情は作動することはなかった。
結局のところ、その感情の正体と言うのはわからないままに、僕は家路に就いた。
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