第25話

「さて」

電話を切った舘山はそのまま向き直る。

「最近スマホゲーを始めてみようと思ってるんだが、お前のオススメってある?」

ぽちぽちと白い本体色のスマートフォンを片手に舘山が話す。その話相手は舘山の手足の内の一人である。

「おっ、水道管修理のパズルゲーだってよ。コレ面白いの?」

しかし、男は答えない。

「おいおい、んな顔すんなよ、何か喋ってくれてもいいだろ?」

尤も、当の本人は手拭いを丁度猿轡の要領で咬まされてあり、喋った言葉が明瞭な言語として舘山の耳に届くことはない。その上、首に縄をかけられて床に転がされており、さらに足は近くの床と固定されている椅子に縛り付けられている。


「にしても俺の手足も鈍ったな」

指の動きが制御できてねえのかな、と呟く。

「でもマズったよなあ、お前」

よりにもよって俺の部下たち相手に大立ち回りかますんだもの、と舘山は続ける。

「昼の街中で銃ぶっ放すかね普通?挙句人を撃つし。でもまあ、アイツらと面識なかったのもマズかったかなあ・・・・・・にしても、ミイラ取りがミイラにとでも言えばいいんだろうかねえ・・・・・・大使館にお前を潜り込ませるところまでは良かったんだが」

舘山が頭を抱え、横目で男を見遣る。

「福山お前さ、いつの間に大使館クビになってたん?」

心底疑問そうな顔で舘山が尋ねる。福山と呼ばれた男は答えない。


すたすたと芝居がかった仕草で舘山が周囲をうろつく。

「まあ、それは置いといて、だ。お前も知ってるに違いねえ、あの入れ替わった偽物女の携帯電話をこうして漁ってるんだわ」

ずい、と顔を近付ける。

「もうちょい要領よくやろうや」

舘山の握る携帯電話の画面には通話履歴が残されていた。

「まあ、メールにせよなんにせよ、こんなもんマメに消したところで簡単に復元出来ちまうんだがな」

福山は相変わらず答えようとしない。


「聞きたいことは山ほどあるが、これも一旦置いといて・・・・・・」

福山の猿轡を解くと、舘山はおもむろにペンチを取り出し、鼻頭を摘み、勢いよく時計回りに捻った。ぼぎっ、と鈍い音が響くと福山が悶絶し、辺りに血が飛び散った。勢いよく鼻から血を吹き出すと、あっという間に着ている服が血に染まる。


「単刀直入に聞くが、浄水配管に毒を投入したな?」

しかし、福山はそれでもなお答えるそぶりを見せず、ふうふうと荒い息だけを吐く。

「いつから半島側に肩入れをした?」

その様子を見ていた舘山は釘打ち機を取り出し、無言で釘を福山の左膝に打ち込んだ。途端に、痛みから福山は絶叫を上げそうになるが、首の縄を締められる。息が止まり、同時に声も止まる。

「偽物女とどこで会った?」

舘山が縄を緩める。福山が抑え込んだ悲鳴をひとしきり上げたところで舘山が口を開く。

「答えたくないなら口はいらんな」

舘山がさっと口に再び手拭いの猿轡を噛ませると同時に、ペンチを取り出し、釘を3分の1ほど引き抜く。

痛みに耐える福山をよそに、舘山はライターで血に濡れた釘を熱し始めた。

鉄釘はすぐに熱が通り、ぱりぱりと表面に付着した血液が瞬時に乾き、剥がれ落ちる。膝が中から直に焼かれるが、この程度ではまだ口を割らないことは舘山も知っていた。

「俺は親切だからな、痛覚は破壊しないでおいてやる」

右膝に釘を打ち込む。声にならない、いよいよ必死の声が猿轡越しに聞こえるが全て無視する。

「本物はどうした?」

2本目。

「どこで内通のきっかけを得た?」

3本目。

悲鳴を上げこそすれ、福山が根を上げる様子はない。


「「甲板打撃」って知ってるか?」

福山が激しく首を横に振る。これが否定の意を示しているのか、痛みから逃れるための挙動なのか、はたまた降伏宣言なのかは舘山には分からなかったが、知るつもりは一切ない。

「舘山先生の雑学講座のコーナー」

抑揚のない声と共に、やる気のない拍手を舘山が送る。

「踵ってのはとても柔軟で頑丈で、人の体重の400倍の荷重に耐えられるのだそうだ」

たがな、と電動ドリルを片手に舘山は続ける。

「第二次世界大戦の頃のアメリカ海軍では魚雷が直撃した軍艦で、甲板下からの激しい瞬間的な衝撃で度々踵の骨を折る兵隊がいたそうだ」

引き金型のスイッチを一瞬引くと、連動してぎゅいん、と音を立てドリルが回る。

「これを「甲板打撃」と呼ぶのだそうだ」

すっ、と左の踵にドリルをあてがう。

「人体が骨折することを想定していないのか、とても治りが悪いらしい」

医学的には踵骨骨折と言うそうだがな、と舘山が発言を補足しながらトリガーを引く。福山にはもう舘山の補足は聞こえていない。痛覚が既に聴覚の余裕を奪っている。

すぐに、ドリルの刃先が立てる音がごりごりと何か硬いものを穿つ音に変わった。

「硬いものに当たったな。これが噂の踵骨君だな」

暴れて逃れようにも暴れられない。ひとしきり音を立てたところで再びドリルの回転が軽快なものに変わる。骨を貫通したのだ。

「あ、ドリルで開けたら「打撃」じゃねえな。こりゃ失敬」

かちっ、とドリルの親指付近にあるスイッチを操作すると再びトリガーを引く。逆回転させ、刃を引き抜くためだ。

顔を血と汗と涙でぐしゃぐしゃにしているが、やはり福山は何も話そうとしない。


ため息を吐くと猿轡を外し、舘山は口を開く。

「大方、家族でも人質に取られたんだろ?」

驚いて福山が顔を上げる。

「おいおい、さっきも言ったけどそんな顔すんなよ。そんくらい分かるし、見当だって付くさ」

福山が首を縦に振る。

「で、だ。どこで内通のきっかけを得た?」

途端、福山の顔に絶望の色が浮かぶ。

「何度言わせるんだよ。そんな顔すんなって。まず質問に答えようや」

ここで初めて福山が感情らしいものを表しながら言葉を発する。

「家族は、俺の家族はどうなんだ!俺はどうでもいい!俺の、俺の家族は!」

舘山が煙草に火を点ける。

「質問を質問で返す奴があるかよ。俺はお前の家族に興味はねえ。さっさと質問に答えろ」

どう足掻こうが話が堂々巡りに突入することを悟った福山はしかし、発言を躊躇う。


「もう分かってんだろ?そんな生易しい世界じゃねえんだよ。きっと世界が少しだけ優しけりゃお前は幸せに過ごせたかもしれねえ」

ふうと煙を吐き、けどな、と舘山は続ける。

「お前の選んだ世界はそんなに優しかなかったんだよ」

安心しろよ、と舘山は煙と共に吐き出す。

「お前が帰ってこなくても、きっとお前の家族は幸せにしてるさ。お前の知らないところできっと、な」

もしかしたら、と舘山は更に続ける。

「いつかは再会できるさ。明日かもしれんし、数十年先になるかもしれんがそれまで大人しく待ってろや・・・・・・まあ、お前と同じところに行ければ、の話だがな」

二度、三度咀嚼し、言葉の意味を理解したところで福山は諦めの色を浮かべた。

「せめて・・・・・・せめて地獄には堕ちたくない・・・・・・全て話す・・・・・・」


いつの間にか短くなっていた煙草をプレス成形の灰皿に押し当てる。

「・・・・・・よくできました」

じゃあ教えてもらおうか、と話しながら舘山は救急箱を取りに行く。「価値を失った人質ってどうなるんだろうな」という言葉だけは飲み込むことにした。

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