第20話

空気が重たくなったような、あるいは突然胃の片隅に重石を置かれたかのような錯覚を覚えさせるには充分だった。

「ちょっと、小村・・・・・・冗談が過ぎる、よ?」

くっ、と佐久間が水を飲む。

「佐久間美幸は確かに酒が好きだけど、肝臓を壊して今は飲めないはずよ」

「・・・・・・肝臓は治ったんだ」

しんとした、佐久間と小村のテーブルに店の喧騒だけがいやに大きく響く。

誰かのジョッキが置かれる音、店員を呼ぶ声、たった今来店したらしい新客を迎えに走る店員の足音と声。

深刻そうな顔から一転、小村の顔に微笑が浮かぶ。

「ほんの冗談だったんだけど」

緊張が和らぐのが佐久間にも分かった。

「割と乗ってくれるのね貴女」

はは、と緊張気味に佐久間が笑う。

「またまた冗談キツイね。いつからそんなユーモアセンスを?」

「今時は高校の必修科目なのよ」

やれやれと佐久間が肩をすくめる。

ところで、と深刻そうな顔をして小村が尋ねる。

「いつからビールを?」

対する佐久間はいつまでこのやりとりに付き合おうか、という感情を顔に浮かべながらも続ける。

「そんなカマをかけなくても知ってるでしょう?ビールは卒業したって」

「そう?」

再び、小村が表情を柔らかくした。

「私が知ってる佐久間美幸と随分違うことを喋るのね、貴女」

今度こそ本当に空気が緊張し出していることに佐久間は気付く。

「それに。「いつからワイン派に?」と尋ねるといつも答えてた言葉があったはずよ」

周りの明るい雰囲気とは釣り合わない、真逆の空気が放つ沈黙。


静かに、佐久間が逃げの姿勢を作ろうとする。

その時だった。

「よお、待ったか?」

鷹取が姿を見せる。

「遅刻ね。打ち上げをしようと言い出したのは貴方じゃない」

「すまんな。着替えるのに手間取っちまった」


鷹取は通路に立ち塞がる。それこそ、倒すなりなんなり騒ぎを起こさないと逃げられないように退路を塞ぐ。膝を軽く曲げ、いつでも動ける体勢になっている。下手に手を出すと返り討ちに遭いかねないのは佐久間にも理解できた。

「よろしく、えーと?」

「佐久間、だそうよ」

芝居がかった様子で鷹取がにこやかによろしく、と着席を促す。

この時、佐久間は鷹取が見覚えのある封筒を手にしていることに気付く。

「どうやってそいつを・・・・・・?」

「今度からは郵便局員が本物かどうかよく見るこったな」

「次があれば、だけど」

鷹取が佐久間の横に着く。

「たくさん聞きたいことがあるんだ」


鷹取の腕時計が体に当たるのを感じた。

「おっと、下手な真似するなよ」

この女にも経験で分かる。

これはただの腕時計ではない。

「実はすぐ近くにタクシー待たせてんだ」

鷹取が笑顔で話す。

「そろそろ2次会?」

小村の質問にそうだな、と鷹取が頷く。

「小村、案内を頼むぞ」

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