第14話

「そこまで速くない。おそらく相手は徒歩」

「便利ねえ、これ」

リアルタイム更新される位置情報を端末上に映す。端末上のアイコンは目的のブツが亀戸の商店街近辺を彷徨っているらしいことを物語っていた。

「さっきから音沙汰ないけど、あんたの相方・・・・・・これ生きてる?」

「それは後」

「相方の生死はどうでもいいの?」

「目標より優先度は低いし、そもそも相方じゃない」

六本木駅から大江戸線に乗り込んだ、少し歳の離れた姉妹のように見える2人は、おおよそその風体に似つかわしくない物騒な会話を繰り広げる。

小村の返答に佐久間がなんとも言えない表情を浮かべた。

総武線乗換のため改札を出たところで小村が端末に目を落とす。

「・・・・・・?」

なにやら様子が妙であることに2人は気付く。位置情報がさっきから行ったり来たりを繰り返しているのだ。

「土地勘ないのかしら」

「分からないけど、行ってみるしかないんじゃない?」

総武線の車両に乗り込むと端末を閉じ、小村は行動計画を立てる。

機械の故障も考えられた。

もしそうだとしたら振り出しに戻ることになる。

だが、どのみち行くよりほかは選択肢がないのも事実だった。

カーブに差し掛かったのか、車体が傾く。

そのときふと、もしかしてだけど、と佐久間が口を開いた。

「さっきの行ったり来たりって、2つもしくはそれ以上の勢力が奪い合っている状況じゃない?」

そう考えると合点が行った。


「間もなく亀戸、亀戸です」

自動放送が流れると、小村は再び端末を開いた。

「やっぱりまだ亀戸を?」

「・・・・・・商店街付近」

目標を再確認すると、やはり行ったり来たり、あるいは止まったりを繰り返していた。


亀戸駅に着くと、目標のマーカー付近へ向けて移動を開始する。

「時間は経ってるけど、亀戸から動きがないのは救いねえ」

位置局限は容易かもしれない。が、小村の中では、さっきの佐久間の発言が引っかかっていたのもまた事実だった。


2人は亀戸の商店街方面を歩き始める。

しかしすぐに、小村が近くの電柱を見て立ち止まる。

「どしたの?」

小村が横一線に、何かに抉り取られた電柱の傷をなぞる。

「これって・・・・・・」

小村は答えないが、2人の頭には共通の解答があった。

弾痕。

「銃は?」

「想定してなかったから持ってきてない」

まともな防弾装備も対抗措置もなく、丸腰のまま銃に立ち向かうことになる。

新たな対策を練る必要性に迫られたそのとき、小村のポケット内で振動があった。

振動の主、携帯電話を取り出すと、画面には「大隅タクシー」と表示されていた。

発信元には心当たりがあった。

小村は電話に出る。

「はい小牧です」

「今から、言うことに、適当な相槌で答えろ」

聞き覚えのある声がスピーカー越しに伝わる。

「亀戸には協力者がいる・・・・・・千綿という男で、隠居したかのような暮らしぶりの人間だが・・・・・・信用に値する」

「つまり、黄さんの店でキムチを買えばいいわけね」

「こっちの手引きをしてくれる頼りになる男だ・・・・・・部屋もそれなりに防音で、1人や2人なら収容して尋問もできる・・・・・・」

「買い忘れはもうない?」

「場所の詳細は追って送る・・・・・・後悔させてやってくれ・・・・・・」

「そう、じゃあ、あとは豚ホルモンね。分かった」

そのまま電話を切った。

このとき小村は、電話越しに聞こえた声が聞き覚えのある声だったことに安堵していた。

戦意を削ぐため、殺害した直後に兵士の死体から携帯電話を奪い、その仲間に殺害報告の電話をかける戦法が戦場には存在する。つい先日、そんな話を小耳に挟んで一瞬出るのを躊躇した。

「誰?」

「貴女の言うところの私の相方」

「あら良かった、生きてたのね」

目の前の女にそのためらいを見透かされなかったのは幸いだろう。

「・・・・・・行こう」

気を取り直して、ひとまずビーコンの発信源に向かうことにした。


それから、2、3分程度。

ビーコンの発信地には程なくして着いた。

手前の角に辿り着いたとき、日本語ではない言語が小村たちの耳を打つ。

角に隠れて、小村たちは様子を伺う。


「返回!这是我的!(返せ!それは私のだ!)」

「闭嘴!(黙れ!)」

言い争う2人の姿を見た小村は、その内の片方に見覚えがあることに気が付いた。

「あの男・・・・・・」

「・・・・・・大本命が釣れた」

つい先程、小村が掠め取った書類鞄の持ち主、大使館の二等書記官だった。


小村の携帯電話にメールが届く。

偵察を続けながらメールを確認すると、鷹取の言っていた協力者に関する情報だった。

だが、内容を確認した小村は2度3度、再確認を挟む。

携帯電話をしまうと、端末を開く。

ビーコンの発信地は回収目標だということは分かっている。

しかし、そのビーコンのすぐ後に建つ家が、送られてきたメールの協力者の拠点というのはどういう運命の巡り合わせだろう。

丁度メールで送られたポイントの前。ビーコンが端末上で光り続けていた。

家は見た感じで築30年程度のアパートらしい。そこまでオンボロだとは思わなかったが、果たして本当に防音措置は取られているのか、甚だ小村には疑問だった。


端末をポケットにしまった丁度そのとき、ぱすっ、とどこか間の抜けた音が2度響いた。

口論の声が止み、そして書記官が倒れ込んだ。

男が周囲を確認し逃走を図る。


小村は考える。

銃犯罪は日本では目立つ。大使館員が路上で銃撃されたとなると、全国ニュース沙汰だ。書記官を目立たないように回収して、大事になるのを避けられるタイミングは今しかない。

「行こう」

そう判断すると同時に、小村は佐久間を連れて動き始める。

「我对在日本使用枪支不满意(日本で銃を使うのは感心できないわね)」

小村と佐久間の姿を捉えた男が一瞬怯む。

「嘈杂!(うるせえ!)」

すぐに小村に銃を向ける。

だが、それより早く小村は動く。

ぱすっ。

小村の身体のすぐ傍を鉛の弾がかすめる。

ぱすっ。

小村の細い脚よりさらに小さな丸は、そのすぐ横の空を切る。

銃口が彷徨った瞬間、銃の持ち主の身体は宙に浮き、背中からアスファルトの上に堕ちた。

強制的に吐き出された酸素を求めて、男が呻く。

「小村、書記官殿を任せていい?」

銃を奪いながら小村は、佐久間の申し出に頷き、さらに男の手から書類鞄を奪い去る。


お互いに入れ違うと、小村は大使館員に近付く。

佐久間が男に何かを話しかけるが、小村にはよく聞き取れなかった。

男が二言三言話しかけると、佐久間が男を絞め落とした。


小村は大使館員に向き直る。

「大丈夫ですか?」

大使館員は答えない。脈を確認すると、生命活動はまだ続いているらしいことを悟る。どうやら気を失っているようだった。

「駄目。所属は分からなかった」

佐久間が小村の元に近付き、成果を報告する。気を失った男が相変わらず路上でノビていた。

了解の意を示すと、佐久間は引き返し、男の肩を担いだ。

「小村ぁ、ここは任せて大丈夫?」

立ち上がりながら佐久間が言った。

「周囲の警戒ついでに、私はこいつをそこら辺に投げてくるから」

「分かった」

書類鞄を片手に、一旦鷹取の協力者のアジトへ引き上げることにした。

どのみち、この男には聞かなければならないことがあるのだ。


書記官を背中に乗せ、かんかん、と古い外階段を2階へと登る。

そのとき、小村の背中の書記官に意識が戻る。

「你能听我的老故事吗・・・・・・?(私の昔話を聞いてくれませんか)」

「怪我してる。早く手当てする。私の部屋へ行く」

片言の日本語を返しながら、小村は尋問の算段を練る。

「痛苦・・・・・・(痛い)」

何にせよ、まだ死なれては困る。

小村は、千綿という表札のついた部屋のノブを回した。

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