第13話
「痛えな!気を付けろ!」
そう小村を怒鳴りつけ、鷹取は小村が来た道と逆に進む。出会い頭にぶつかり、拾うフリをして鞄をすり替え、回収した。
あとは移動するまでだ。
日比谷線広尾駅の階段を降り、改札を抜けるとそのままタイミングよくやってきた列車に乗り込み、中目黒まで。視線をさっと走らせるが、追手は居ないようだ。とはいえ、念のため、乗り換えを無駄に挟む。
そのまま一旦通常通り改札を出て、再度東急東横線に乗り換える。
ホームの人はまばらだった。次の列車まで10分程度。自動販売機で缶コーヒーを買い、時間を潰す。
今頃、小村はあのクロスワードパズルを解いて暇潰しでもしてるんだろうか。そんな考えが鷹取の頭をよぎる。
ごとごとと音を立て、入線してきた、旧型の車両に乗り込む。
そして、すぐに渋谷駅で今度は山手線に乗り換える。
ほんの数駅、新宿駅まで。
「・・・・・・?」
このとき、鷹取は妙な気配を感じた。11両編成の車両の、今いる車両から1両か2両隣。気のせいと言えば気のせいかもしれない程度だが、どうにも引っかかった。
新宿からはすんなりと中央線に乗り換えた。
ここで、鷹取はある程度引き付けてから追手を撒く算段を立てた。
ありがたいことに、追手らしい気配は距離を詰めてくる様子がなく、一定の距離を保ったままだ。もしくは、目的を達成するには乗っている快速列車の停車時分からやや不都合なのかもしれない。
そのまま、東京駅で降りた。
東京駅ではホームを変え、入線してきた京浜東北線の大船行き快速へ一度乗り、扉が閉まる間際に降りる。古典的な追っ手の撒き方だが、割合に有効な手立てではある。だが、気配が消えたかというとどこか微妙なところだった。
後ろは気になるが、振り返ると勘付かれる。そのまま階段を上り、別のホームへ。次の目的地は秋葉原なので、内回り線のホームへ降りた。
2、3分おきにやってくる、事実上選り取り見取りの首都の列車事情に微妙な謝辞を鷹取は心で唱えながら乗り換える。
追手らしい、それでいて、どこか追手らしくない微妙な気配を背に受けながら、秋葉原で降り、ホームを変更して出発間際の総武線千葉行きに滑り込んだ。
昼の、空いた車内に視線を走らせる。
・・・・・・居る。
乗り換えをかなり挟んだが、それでも追手らしい気配は消えない。ここまで来ると確実だ。そもそも自分の行動もかなり怪しい行動なのだ。後を尾けてきている人間からしても、どう控え目に評価した所で、これは露見しているとみて間違いはない。
「次は、亀戸、亀戸です」
自動放送が次駅をアナウンスする。
亀戸なら自分の協力者がいる。
一か八か。
駅に着き10秒。15秒停車の、扉が閉まる直前に降りる。迷惑そうな顔の車掌に心ばかりの謝意を表明し改札に向かう。
どういうわけか、改札前には3人ほどの制服警察官が立番をしていたが、鷹取でも、ましてや追手らしいものも警戒対象ではないのか、ちら、と見ただけですぐに改札口の方に視線を戻した。
大通りを歩き、極力人目の多い道を選ぶ。やはり後ろには気配がある。
そのまま鷹取は歩き、亀戸中央商店街と書かれた門をくぐる。
亀戸名物の餃子店の前を通る。昼飯時だからか、小ぶりな店舗に、わずかながら行列が出来ていた。日頃ならばビールを片手に昼からおっ始めたい欲求が立ち上がるところだが、状況が彼に意識を外させる。
「さて、俺のファンクラブはどこまで付いてくるか」
敢えて事態を軽く考えるが、付かず離れずの微妙な距離感を保つ相手に妙な気味の悪さを覚え始めていた。
香辛料の匂いが鷹取の鼻を刺激する。
鷹取は、亀戸の真髄は餃子のみならず、中華にもあると思っている。本場仕込みの羊肉の串などは鷹取の好物なのだが、今は食欲が起こらなかった。
どうやって協力者に連絡を取ろうか。いっそノンアポ訪問でもしようか・・・・・・。
ここに至って、鷹取は選択肢にとてつもない誤りがあったことに気が付いた。
相手はおそらく中国人。
そして亀戸は中国人街という側面を持ち合わせている。
罠に嵌めるつもりが、自ら罠に飛び込んだ可能性に今更ながら鷹取は気付く。
協力者との合流どころではない。
敵だらけの死地に自ら赴いた格好ではないか?
歩く速さを上げてみる。
追従するように、気配が付いてくる。
中国系食品の商店の前を通ると、店主らしい男が妙なものを見る目で鷹取を見た。
奥のスーパーを抜けると、住宅が増え始めた。
手前にあった小さな十字路を曲がる。
その時、鷹取の前方にある壁が、突然何かに削られたように弾けとんだ。
撃ちやがった―――!
「畜生、日本の市街地だぞ?!」
大きな発射音はしなかった。
考えたくはなかったが、中国人で、そんな大層な拳銃を引っ張ってくるような相手なら、政府関係の人間の可能性がある。となると、拳銃は〇六式微声手槍か、はたまた古式ゆかしい六四式か。
どのみち口径はかなり小さい。
だが、当たれば当然無事じゃあ済まない。
なりふり構ってはいられない。
鷹取は駆け出していた。
極力、ジグザグに走る。
ばしっ、と近くの電柱がわずかに抉れる。
「手段を選ばないにも程があるだろ・・・・・・!」
動目標に弾を当てるのは近距離でも難しい。
面で捉えてみても、相手が広く動き回る中、当てられる面積は大口径の拳銃によるものであっても僅かなもので、せいぜい1センチ程度だ。
さっと十字路を右に曲がる。
曲がった先で、ベビーカーを引く若い母親がこちらに向かって歩いてくる姿を見て、咄嗟に鷹取は反転する。
元の十字路を真っ直ぐ走り抜けたとき、鷹取のすぐ後ろを高速で小さな鉛の塊が横切ったのが分かった。
悪手だと思っているが、そのまま路地裏に入った。ゴミ箱を倒し、角を曲がる。
すぐ傍の壁が横一文字に削れる。
すぐに路地に出れば、あるいは・・・・・・。
その時だった。
まずは背中の一点に、そして徐々に背中全体に衝撃が広がって、気が付いたら鷹取はその場に倒れていた。
撃たれた!
そう気付くまでに1秒。
一方で、当たったのが頭でなくてよかった、という妙に冷静な思考をしている自分にも気づいた。
足音が近付く。
そのまま足に組みつこうと考えて、実行に移すのはやめた。足を固めたところで相手の上半身はフリーなままだ。至近距離で撃たれたら流石に助からないかもしれない。
近付いてきた影は2つあった。
「手間掛けさせやがって」
「・・・・・・日本語・・・・・・?」
がすっ、と頭が蹴り飛ばされるのが分かった。抵抗を試みて、諦めた。撃たれた挙句に2対1では分が悪すぎる。
鷹取は俯瞰するように自分の状況を観察していた。
ああ、折角、生身の頭は被弾しなかったのになあ。
2発目、3発目と蹴りを受ける。
クソ、一張羅なんだぞ・・・・・・。
ぐっと襟首を掴まれて引き起こされ、そのまま銃把で殴り付けられる。顎に鋭い衝撃が走り、口の中が切れたのが分かった。
血が呼吸を邪魔し、ごほごほと咽せる。喀血したかのように血を吐くが、追撃は止まらない。白いワイシャツが途端に赤くなった。
2発、3発・・・・・・。
鞄が手から離れた。
すると相手は鷹取に興味を失ったのか、襟から手を離した。
どっ、と重力に従い落ち、そして2つの気配が遠ざかっていく。
ああ、クソ、しくじった・・・・・・。
なんとかポケットに手を入れる。手探りで小さな黒いスイッチを見つけると、そのまま押下した。
「後は、頼んだぞ・・・・・・」
届かない思いを託し、近くの壁にもたれかかると、鷹取はそのまま意識を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます