第12話
「お待たせいたしました」
手際良く注文した料理が運ばれてきた。小村は何が食べたいか、というのは特になく、佐久間に任せるがままにしておいた。その結果、小村の前にカプレーゼが、佐久間の前にはカルパッチョのプレートが給された。
「最後に一緒に活動したのっていつだったかしら」
「一昨年の暮れが最後でそれきり」
そうだったそうだった、と佐久間は納得する。
店員が引き、頃合いを見計らうと小村は、ところで、と切り出し率直な疑問をぶつける。
「「大使館をマークしてた」って言ってたけど、具体的に何を?」
んー、と少しの逡巡の後、佐久間が口を開いた。
「実は大使館内の諜報活動に不穏な兆しがあってね」
「・・・・・・」
無言で小村は聞きの姿勢を取る。大使館をマークしていたそもそもの理由は伏せて話が続く。
「どうもある人間が狙われてるらしく、先回りして保護しようとしてたんだけどさ」
「・・・・・・けど?」
「始末されたようで、ぽっくり逝っちゃったんだよねえ」
どこか遠い目をしながら佐久間がカルパッチョに手を付ける。
「ん、やっぱり旨い」
佐久間が大して驚きもせず、ただそうであって当然というように感想を漏らす。
一方の小村は戸惑いを隠しきれない。
「対象者が始末された?」
それは大概な失敗じゃないのか、と小村が訊くと佐久間は、失敗か成功かで言えば大が付くレベルの失敗だったよ、と答えた。
「んで、更迭の危機だったんだけど、始末したらしい人間が大使館にいることは掴めてたから、ずっと張ってたら動きがあった」
そしてさっきに繋がる訳、と佐久間は答えた。
まともな答えは期待していなかっただけに、割合に正直でかつ、端的な返答を聞き、妙に小村はむず痒いものを覚える。
一先ず、カプレーゼに手を付けた。味は間違いがないもので、日頃まともなものを口にしなくなって久しい小村の、眠っていた味覚を叩き起こすには充分すぎるものだった。
「そっちは?」
店員の動きを目で追いながら、可聴範囲に人がいないことを確認すると小村は答えた。
「某家電製品企業の開発中の新商品の情報がごっそり持ってかれて、企業スパイを疑っていたらどういうわけか大使館まで糸が伸びていた」
バルドリーノワインを口に含むと、何を尋ねるか随分検討した上で佐久間が質問した。
「本当のところは?」
「今回の対象者の職業に起因する」
佐久間が置いたばかりのワイングラスに再び手を伸ばしかけて、やめた。
「対象者をお互いぼかしているけど、実は共通の対象者だったりしない?」
「さあ・・・・・・?」
それ以上は言わなかった。
そうこうしている内にいい時間になってきたのか、来店客があった。
店員が席に通す様子を小村は目で追う。どうやら、遠い席でしばらくこちらの会話に支障はなさそうだった。
「ところで、埴生に会ったわ」
佐久間は表情を変えない。
「公安調査庁はやめとけ、と」
「そうね、行くなら警察の外事課がいいわね」
「・・・・・・まるで経験したかのような口ぶりね」
「普通、自分の職場はお勧めしないものよ」
知っているくせに、という顔を小村に向ける。無論、小村も分かった上での質問だった。
「相変わらず書類は郵送?」
「相変わらず、よ」
郵政省時代からの縁でね、と佐久間。
「郵便物にとあるスタンプを押すと記入した住所に関係なく、調査庁行きの特別便扱いになるのは本当かしら」
「本当。インクは肉眼に映らないけど、これが現物」
佐久間がポケットから、印鑑より少々大ぶりな角印を取り出す。
「ぱっと見は何でもないけど、仕分け機のブラックライトを通すと勝手に調査庁方面の郵便物に割り振られるって寸法。後は事情を知ってる職員に「はいどうぞ」ってわけ」
手で角印を弄びながら、佐久間が頬杖をつく。
「カメラを片手に職員の顔を割ろうと張り込んでる団体がいるから、むしろ庁舎には頻繁に出入りするな、と言われてるくらい」
佐久間の掌を転がる角印を見ながら小村が口を開く。
「そんな雑に扱っていいものなのかしら、それ」
「いや?」
小村の疑問に佐久間はなんとも思っていないかのように答え、再びポケットに角印を仕舞った。
「いらっしゃいませ」
2組目が来店したが、やはり席は遠かった。
「それにしても、何を持ってたらあんな風に追っかけられるわけ?」
佐久間がワイングラスを片手に心底疑問そうに尋ねる。中身はもうかなり減ってしまっている。
小村が鞄から書類を取り出し、無言で佐久間に差し出す。そのホッチキス綴じの書類は、誰がどう見ても白黒コピーのなんらかの雑誌のクロスワードパズルでしかなかった。
「・・・・・・何の暗号?」
「国家機密のクロスワード」
ことも無げに小村は答え、カプレーゼを口に運ぶ。
別段、解いても何が出てくるわけでもなく、期限のとっくに過ぎた懸賞の答えが出てくるだけだ。
「こんなもののために命を懸けてたってこと?」
「あやうく」
そのとき、小村のポケットの中で振動するものがあった。
表情一つ変えずに小村がそれを取り出す。それは、小型の携帯ラジオ然とした黒い箱で、表面にランプが2つ付いており、そのうちの赤色の方が点灯していた。
「ちょっと問題発生」
訝しげな佐久間を前に、小村は残ったカプレーゼを食べきる。
「クロスワードパズルが奪取された」
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