第7話
「いやあ、お忙しい中どうも急にすいません。香取です」
「この度はご愁傷様です・・・・・・」
電力会社の応接室。鷹取は件の会社員の上司、伊佐へ申し込んでおいた面会を果たしている。
「しかし従兄弟の方がおられたとは知りませんでした・・・・・・ああ、いや、失礼別に変な意味では」
「あまりその辺は話しませんでした?」
「まあ、家族の話はあまりしなかったですね・・・・・・」
はは、と鷹取は笑う。
「まあ、私も職場で家族の話はあまりしませんしね」
はあ、と伊佐。
「失礼ながら、ご職業は?」
「コンビニで雇われ店長なんてのをしてます」
「社員さんですか」
「はは・・・・・・まあ、そんなとこです」
全くの出鱈目である。
「お互い就職してからここ何年もめっきり会うことが減りました」
とりとめない会話が続く。
「ところで、発見時の状況なんですが・・・・・・」
伊佐はかぶりを振る。
「ぱっと見は綺麗なもんで、てっきり最初は寝てるもんかと思いました」
「ははあ」
おそらく世辞の類であろう感想を聞く。
通常、人は死ねば括約筋をはじめとした筋肉が弛緩する。結果として、体内の排泄物がそっくりそのまま体外に排出される。浴槽に浸かっていたということはつまり、排泄物の煮込み状態であり、本人の腐臭もそうだが、排泄物によってかなりの異臭を伴うはずだ。
人間、正常性バイアスがかかるとその辺の要素を敢えて無視しがちである。異臭を無視して、ただ寝てるだけだと思いがちである。最悪、寝ぼけて失禁したのだろう、と。そして本人に触れて初めて死んでいることを自覚する。死んだ瞬間から人間は腐敗が始まり、発見が早いと腐敗が進んでおらず、見た目こそ真っ当である。
が、やはり臭いの要素は無視しがたい。何しろ湯船に浸かった状態だったのだ。仮に発見が早くとも、酸鼻を極める状況だったことは想像に難くない。
だが、狙いはそこじゃない。
「彼は普段どんな感じでした?」
「普段ですか?」
ええ、と鷹取は話を続ける。
「彼は大概素行が悪くてですね」
「へえ?」
「学生の時分には酒を飲めば路上で眠り、警察のご厄介になったことも」
まあ、私もそれに付き合ってたんですがね、とバツが悪そうに鷹取は続ける。勿論口から出まかせである。
「女癖も悪くて・・・・・・唯一、借金をこさえなかったのが救いでしたが・・・・・・」
一方の伊佐は不思議そうな顔を浮かべる。
「人当たりも良く、真面目でしたよ?女遊びもなく、酒は嗜む程度。ギャンブルに打ち込むこともなければ借金もなく、勤務状況も良好でした」
ははあ、と鷹取は驚いたような顔を作る。
「改心出来たんですね、彼は」
「ああ、でも・・・・・・」
「でも?」
言い淀む伊佐に鷹取は聞き返す。
「何度か、女といるところを社員寮で見たことが・・・・・・」
親しげだが、派手ではなく夜の女、という感じはしなかったと伊佐は説明を補足したが、鷹取は新たな容疑者の浮上を認識せざるを得なかった。
「その方に連絡は?」
「面識もなければ、連絡先が分からないので連絡の取りようがないと言いますか」
なるほどと鷹取は納得する。
「まあ、いずれ問い合わせがあるかもしれませんね」
詳しく聞きたいところだが、表向きには心臓発作で自然死しただけの人間だ。しつこく嗅ぎ回ってもこちらが怪しまれるだけだ。粗方情報は得た。そろそろ潮時らしいと判断する。
それから2、3の取り留めない話をすると引き上げる旨を伝えた。
「仕事の都合で葬儀は出られないですが、まあ彼を弔ってやって下さい」
「大変ですねえ・・・・・・」
「コンビニの社員で店長、というのはロクなもんじゃありませんよ」
ああ、と伊佐は納得する。
「言うなれば事実上のインフラ事業みたいなもんですね・・・・・・まあ、私も大変お世話になってます。頭が下がります・・・・・・」
「それが我々どもの仕事です。電気があってこそ、我々は商売できて生活ができてるんです。それに比べれば我々どもの仕事なぞとてもとても・・・・・・」
お互いに謙遜し合い、最後に礼を述べると鷹取は部屋を辞する。
「真面目な男、ねえ・・・・・・」
エレベーターを降りながら一人ごちる。
真面目な男。借金もない。女にはまっていた節もない。しかし怪しげな女はいたらしい。そして機密漏洩。なら対価はなんだった?
思ったより取っ掛かりが無さそうだ。
歩きながら受付嬢にありがとうございましたと礼を述べ、会社を出たときに鷹取はメールの存在に気付く。
「「座間結婚相談所」?」
メールマガジンが来ていた。
本日上野でスーツ着用の男性向け結婚相談会開催!
もしも今着ていないなら直ちにスーツを着に戻ってそれから上野にレッツゴー!
本日の担当はイケイケな小園です!
どこから突っ込むか悩んだが、上野ならすぐだ。幸いにも今は聞き込みを終えたところでスーツは着ている。意図は読めないが、差出人は見当が付いている。
ひとまず行く旨を送り、駅に足を向けた。
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