第3話


 やけに上機嫌な母さんと、真っ青な父さんを、ぼく達は何食わぬ顔で出迎えた。

 そしてお父さんは夕飯を作り始めた。

「どういうことなのぉっ」

 母さんが叫んだのはそんな時だった。母さんは叫びながら、ぼく達三人きょうだいと、父さんのいる部屋まで戻ってきた。

「地下の部屋がめちゃくちゃじゃないっ。おまけに本が散らかされてたわ。

 さっさと白状しな。誰があたしの言いつけを破って、地下に入ったんだい。正直に言わないと全員家を追い出すよっ」

「二佳、三葉、四美子。正直に言ってくれ」

 困ったような顔でお父さんはいう。

 けれど二佳姉ちゃんと四美子は固まってしまっていた。そりゃそうだ。だからぼくは、そっと四美子に耳打ちした。

「姉ちゃんが隠し部屋に入るのを見たって言うんだ」

 四美子は不思議そうな顔をしてぼくを見た後、頷いた。

「なに話してんだっ」

 母さんが叫ぶ。

「お姉ちゃんが入っていくのを見かけたよ」

 二佳姉ちゃんが悲鳴を上げた。

「そうなのかいっ」

 母さんが彼女に詰め寄る。

「ちが、私、そうじゃな、まって」

「うるさいっ」

 母さんは思い切り姉ちゃんを殴りつけると、髪の毛を掴んで引きずっていった。

 そしてまた、姉ちゃんの姿が見えなくなった。

「ご飯にしようか」

 困ったような笑顔の父さんに言われ、ぼく達三人だけで夕食が始まった。

 ぼくの食事が終わり、上機嫌の母さんが帰って来る一時間後、二佳姉ちゃんの悲鳴はようやく聞こえなくなった。


 二佳姉ちゃんもいなくなった。家を追い出されたらしい。

 姉ちゃんが居なくなってから、四美子は落ち込んでいた。いつも悲し気に、二佳姉ちゃんとも、一郎兄ちゃんとも、そしてぼくとも似ていない顔をゆがめるのだ。

「出ようか、家を」

 ぼくは四美子に誘いをかけた。

「あの隠し部屋に煙突があった。煙突は、手足を踏ん張って登れば、外に出られるんだよ」

「でも、出たらお母さんに怒られちゃう」

 ぼくはいらいらする気持ちを抑えながら、優しく四美子に話しかける。

「外に出たら二佳姉ちゃんに。いや、一郎兄ちゃんにも会えるよ。だって、二人とも家を追い出されただろう? 」

 そう言うと、四美子は笑顔になり、大きく頷いた。


 父さんと母さんが家を出たのが、作戦開始の合図だった。

 ぼく達は隠し部屋のドアに手をかけた。けれど、開かない。

 鍵がかかっているのだ。

「兄ちゃんっ」

 四美子が泣きそうな顔をする。ぼくは彼女に笑いかけた。

「鍵を壊そう」

 そう言って、きれいな石の置物のある棚の横を通り、部屋にあった椅子を持ってきて、振り下ろす。鍵に向かって、何度も何度も。それでようやくドアの鍵が壊れかけた。

「やった」

 四美子が笑った。

 だが、どう重い音が、外から聞こえた。

 腹のそこが冷たくなる。母さんと父さんが帰ってきた音だ。なんでこんなに早く? 忘れ物をした?

 そんな事を考えながら、ぼくは何度も椅子を振り下ろす。けれど鍵は壊れない。ぼくは叫びそうになるのをこらえ、四美子の手を取ると、近くの棚の中に隠れた。

「ただいまー…………うわっなんだこれっ」

 父さんが帰って来る声がした。そして、驚く声。間違いなく、鍵が壊れているのがばれた。そして父さんが奥の部屋に行く。

「どこにいるんだぁ、三葉、四美子。出て来てごらん、怒らないから」

 ぼくはある決心をして、四美子にここで待っているように言い、棚を出た。

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