第2話



 部屋の中は鉄の匂いがした。

「くさーい」

 四美子が口を押さえる。その呑気な声を聴いているだけで、ぼくはいらいらする。

「見て」

 二佳姉ちゃんが無表情のまま、床を指さした。そこは、他の床と違っていた。フローリングの中に、四角い金属部品とレバーがあったのだ。

 二佳姉ちゃんは迷わず、そのレバーを持ち上げた。

「ちょっと姉ちゃん。そんな事したら怒られちゃう!」

 ぼくの静止をよそに、姉ちゃんはレバーを持ち上げた。

 すると、不思議なことに小さな床板が持ち上がり、さらに下の場所へとつながる階段がそこにあった。

「行ってみよう」

 二佳ねえちゃんはそちらに行ってしまった。四美子も歓声を上げて着いていく。仕方ないのでぼくも階段を下りた。


 階段の下には、沢山の紙の束が転がっていた。

「本だわ」

 二佳姉ちゃんがそれを見て言う。

「ホン?」

「父さんが言ってたの。これを読むと、子供は悪い子になっちゃうんだって。そしたら家を出てかなきゃいけない。だから本は、大人しか読んじゃいけないらしいわ」

 そう言いながら、姉ちゃんは「ホン」を広げる。

「な、なにやって」

 そこまで言って、ぼくの声は止まった。

 ホンの中に、沢山の綺麗な絵が乗っていたのだ。

 お父さんが描いてくれた「鳥」という生き物や、「動物」という生き物が、彼の絵よりずっと綺麗なって描かれている。

 描かれている、という表現は違うだろう。これは、鳥や動物のいる景色をそのまま切り取ってきたような、そんな物に見えた。

「やっぱり、この家の外は危険じゃないんだわ」

 次々と、ホンを見て、姉ちゃんが言う。

 いろんなリアルな絵が出てくる。「煙突」の絵に「シャンデリア」の絵……。どこまであるんだろう、そうぼくは思った。


「ねえお姉ちゃん、お兄ちゃん! 来て!」

 四美子が、いつの間にか奥の方に行っていた。ため息を吐きながらそちらに向かうと、ぼくは驚いた。

 鉄の策の向こうに、きれいな青色の「空」があったのだ。

「きれい…父さんの描いた絵よりずっときれい!」

 四美子が笑った。

 その横で、二佳姉ちゃんは、無表情で「空」を眺めていた。するといきなり、「ホン」を姉ちゃんは掴み、鉄柵に叩きつけた。

「姉ちゃん!」

 ぼくは大声を出していた。

「この鉄柵を壊すの。きっとここから、外に出られるんだわ」

 姉ちゃんは一心不乱に鉄柵を叩き続けた。四美子も笑顔でそれを手伝う。

 ぼくは手伝わない。こんなばかげたことに付き合うなんて嫌だから。

 そうしてずっと、二人は鉄柵を叩き続けた。けれど、鉄柵は少し歪んだだけだった。


 そんな時だった。柵の向こう側から、重い音が聞こえて来た。この重い音がしたあと、いつも母さんや父さんは帰って来る。

 ぼくは大急ぎで階段に向けて走った。姉ちゃんと四美子も後を追ってくる。

 思わず一冊のホンを踏んづけて転んでしまった。痛い。足元のホンを見る。「こうつうあんぜん」と書かれた本がそこにあった。それを思い切り、ぼくは踏みつけた。何度も何度も、踏みつける。くそっ、くそくそくそくそっ、何でぼくの邪魔をするんだよこの糞野郎っ死ねさっさと死ねよっ、死んで兄ちゃんの後を追えよっ。そんな事を思いながら。

「バカなことをしてないで!」

 二佳姉ちゃんに腕を引かれ、ぼくは階段を上がり、元の部屋に戻った。

 そして大慌てで三人で部屋を出る。ドアを閉じる直前に、ぼくはさっきホンで読んだ「煙突」が、その隠し部屋にあるのに気づいた。

 

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