先輩との別れ
時はあっという間に経つ。もう9月の初旬。サツマイモが恋しくなる季節だ。世間一般では、食欲の秋とか読書の秋とか言う。食欲か読書か、どっちかにしろと言われたらやっぱり食欲の秋を取る。サツマイモの鍋とか、めっちゃうまいし!
話は逸れたが、もう帰る日が迫っていた。ずっとここにいたかった。……でも……いつの間にか最終日前夜になっていた。
「真! お前、火の点け方が下手だなあ! ちょいと貸してみ」
先輩は、俺からライターを取り上げる。そして、石で組んだカマドに、捻じ曲げた新聞紙に火を点け、木に近づける。木がパチパチと燃える。暗くなっていた辺りが、火で赤く染まる……。しばらく火の加減を見ていた先輩が、「もういいぞ」と言う。
カマドの上に置いた網に牛肉、鶏肉、猪肉などを置いていく。もちろん、野菜も忘れずに。今日は、俺の送迎会をしてくれているのだ。メニューは、もちろんバーベキュー。肉と野菜と米を沢山買い込んで、畑の一隅に持ち込んだのだ。
肉がじゅうじゅうといい音を立てる。リンは、はんごうでご飯を炊く。では、俺の役目はと言ったら……今の所、食事の準備専門! まあ、時が来たら、網奉行にでもなろう……そう心に誓って、肉を見つめていた。先輩は、肉をそれぞれの皿に盛り始めた。
「出来たぞ~。みんな食え~」
まず、リンが肉を食べた。顔がほころんでいる。食ってみる。うまかった。先輩にもすすめる。先輩もやっぱり顔がほころんでいた。
「やっぱ、Rストアーの肉はうめえな!」
先輩は、また肉を焼き始める。手伝おうとすると、先輩は箸でしっしとやって、
「余計な気遣いは無用! 真は肉を食ってりゃいいの! ここは任せてくんな!」
先輩は、汗だくになって肉を焼き続ける。火の粉が時々こちらまで飛んでくる。
そうこうしている内に、ご飯も炊けた。うまかった。
いつまでも、食べるのが専門じゃいけないから、途中から無理やり交代してもらう。気がつくと、皿に肉と野菜が山盛りになっていた。先輩とリンが、野菜と肉を盛ってくれていたのだ。本当に、先輩、リン、ありがとう……。
星は出ているかなと空を見上げてみる。ほとんど見えなかった。
「この辺、明るい建物が多いから、星は見えんよ。田舎っていやあ、田舎だけど、駅前まで行きゃ、都会だもんな。中途半端なんよ。この町は……」
先輩が肉をもぐもぐ食いながら、教えてくれる。
その内にみんなお腹一杯になってくる。みんな、食べるのを少し休む。いつの間にか、リンが網奉行になっていた。リンは、笑いながら俺と先輩の皿に鬼のように盛る。
「何へこたれてんのよ! 男でしょ!」
手を休めていると、
「こらあ、真、何休んでんの!」
そう言って、また大量の肉とご飯を載せてくる。先輩が抗議する。
「リンも食えよ~」
リンは、見事なスマイルを見せながら……
今度は、先輩の皿にどばっと色々な物を載せる。また抗議する。
「何でこんな買っちゃったんだよ!」
リンは、ずばっと、
「あんた達が、ノリで色んなもの買っちゃうからいけないんでしょ!」
そうなのだ。農作業が終わって、食材を買う時に、ノリでこんなに一杯買ってしまったのだ。リンは、つぶやく……。
「食べ物を粗末にすると、神様に怒られるよ……」
先輩は観念したかのように、
「無念」
と一言つぶやくと、ビールを飲み干し、一心不乱に肉と野菜と米を食べ始めた。先輩の姿を見た俺も、心の中で、「無念」とつぶやくと、無理やり、色々な物を口に押し込む。何でこんなに買っちゃったんだろう……
結局……二人とも食べきれなかったので、残りは、野菜炒めにしてラップをした。後で、プレハブ小屋にある冷蔵庫に入れてまた明日食べることになった。先輩と俺は、新たに作った焚き火をただただ眺めるしかなかった。もう、肉いらない……。食いすぎた。それでも、しばらく、話していると、腹が落ちついてきた。もう夜の11時。そろそろ宴もたけなわかな? リンがフォークギターを持ち出してきた。
「リン、弾くの?」
「うん、弾き語りする」
そう言うと、リンは、ジャランと鳴らして、コホンと咳をした。みんな黙りこむ。ただ焚き火のパチパチという音が聞こえるのみ……幸い虫にも襲われていない。虫除けスプレーをしてたから。フォークギターを持ったリン、そして、俺たちを火は明るく照らす。リンは唄いだした。
ネコとカラスが戦い始める
ネコは昼寝する場所が欲しいため
ではカラスは何の為
カラスはネコに果敢に攻めていく
ネコはカラスに飛びかかる
カラスは一重の所でそれをかわす
やがて ネコは逃げていく
カラスは見送ると大木の上へと帰る
その時、か細いカラス達の声が聞こえた
カラスは子供達の為に戦っていたのだ
命を懸けて戦っていたのだ
俺と先輩は、手が痛くなるまで、ずっと拍手していた。リンは、拍手が鳴り終えるのを待ってからしゃべり始めた。
「この曲は、作詞は渡で、作曲は私が担当しました」
ホントに凄かった。ずっと余韻に浸っていた。先輩が、突っ込む。
「リン、青春の歌いいんじゃないか? はなむけにもなるしさ」
リンが「あっ、そうね!」と言うと、またギターを鳴らし、コホンと咳をすると、『青春謳歌』とそっとつぶやいて歌い始めた。先輩がポケットからハーモニカを取り出した。
空を見上げれば 入道雲
すかっとするくらいの入道雲
道端にはヒマワリが
畑では赤いトマト
まばゆい位の生命(いのち)の輝き
アブラゼミがミーンと羽を震わす
カエルもゲコゲコと鳴く
青春を 歌う
一度しかない青春を
俺も詠い続ける
一度しかない青春を
この世界(ばしょ)で
この大切なこの世界(ばしょ)で
空を見上げれば 秋の雲
天高く昇る 秋の雲
道端にはすすきが
畑では紫イモ
まばゆい位の生命(いのち)の輝き
ヒグラシがカナカナカナと羽を震わす
虫達も リーリーリーと歌う
青春を 歌う
一瞬しかない青春を
俺も詠いつづける。
一瞬の青春を
この世界(ばしょ)で
この大切なこの世界(ばしょ)で
先輩が紙を渡してくれる。様々な詩が載っている。先輩は、その中の一つを指差した。『青春謳歌』と書いてある。先輩が、ハーモニカを吹き始めた。戸惑っていると、やがて伴奏に入る。先輩が「歌うぞ~! 恥ずかしがるな~!」と叫ぶ。リンが 「せーの」と叫ぶ。「もうどうにでもなれ~」と覚悟を決めて、思い切って歌い始める。心地良かった。みんなの声が一つになる。ここに来て良かった。本当にありがとう~。ちょっとだけ目頭が熱くなった。涙声になりそうなのをこらえて声を張り上げる。
途中まで来た時、ギターの音が止まった。リンの顔を見る。号泣していた。しゃがみこんでいた。俺も涙腺が緩む。見えないように涙を拭く。辺りは静寂につつまれる。ただ、リンの嗚咽の声のみが辺りを支配する。その時、先輩が、リンに近寄っていって肩をつかむ。
「リン、明るく見送ってやろうぜ! また会えるさ!」
リンは泣きながら、うなずくと、ギターを持ち、かすり声で歌い始めた。先輩もハーモニカを吹く。俺も声を張り上げて歌う。『青春謳歌』が終わっても、他の歌を歌った。色々歌った。いつまでも……。歌声は、いつまでも秋の夜空に響き渡っていた。
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