自分探し
ある日の午後、先輩が野菜を車に積んで、搬出に出かけていった。当然、リンと二人きりになる。ちょっとうれしい! でも、話題がこういう時に限ってない。リンと無言で自然忌避剤を散布した。自然忌避剤と言うのは、害虫を寄せ付けないようにするものであり、ニンニクや、スギナ、ハバネロなどで調合した、自然に優しい農薬の事だ。聞くところによると、何十種類もの忌避剤があるらしい。話は変わるが、今年の夏は、バッタが大量発生して大変である。売り物にならない商品もあった。農業の目線で見る生き物と普通に生活している時に見る生き物って同じ生き物でも見方が変わるんだと驚いていた。
それにしても……リンに話しかけたい。でも、話しかけられない。無言で仕事をしていると、リンがどこかに出かけていった。がっかりした。やっぱり、草食系男子だなあとつくづく思う。こんな時、先輩だったらどうしたろ。いつものように笑い飛ばしただろうか?
しばらく、汗を垂らし、無言で仕事をしていると、不意にトントンと肩を叩かれ、声が聞こえた。
「ちょっと、休もうか?」
声のした方を見ると、麦わら帽子を被ったリンがニコニコしながら、トウモロコシを2個持っている。
「ミニトマト取ってきたよ! 食べよっか?」
二人で、日陰の草むらに腰を下ろす。
リンがそっと聞いてくる。
「小説、はかどってる?」
ぼそっと「まだ……」って言う。
「渡……ずいぶん気にしてるよ……」
渡というのは、大雲先輩の事だ……。ミニトマトを食べるのを止め、空を見る。今日もいい天気だ。入道雲がいい形だ。空を眺めながら答える。
「生命の息吹って何なのか……。分からないんだ……」
いつの間にか、リンは俺の横に来て体育座りしている。
「ずっと悩んでる」
リンの方を見てみる。目をつむって聞いていた。
「先輩のような才能はないのかも……」
その時、リンに思いきりほっぺたをつねられた。
「努力しないで、さっさと諦めの言葉を口にするのは、この口か~!」
振り払うと、リンは、思いきり笑う。つられてこっちも笑う。相変わらずリンの笑顔は可愛かった。リンは一口トウモロコシを食べると、
「努力しないで、諦めたら、それこそ一生後悔するよ……」
気が付かなかった。
「みんな、努力してるんだよ!」
反論できない。
「分からないんだよ。足りないものが……」
リンが、そっと言う。
「私もよく、渡と詩の事について、議論するんだけどね。その時、いつも渡が言っているのは、出来なくても、出来ても、それを自分で認めてあげて、等身大でこの世界に生きる、等身大でこの世界とぶつかることなんだって……」
「等身大でこの世界に生きる?」
聞き返す。
「虹の色は何色? 赤シソの葉っぱは赤いけど、どうやって光合成してるの? 苗の味って? こんな風に色んなものが不思議に見えてくるよ。」
ずっとトウモロコシを見つめながら考えにふけっていた。空を見る。灰色の雲が多い。夕立ちが来そうな空だった……。その時、ぱらぱらと大粒の雨が降ってきた。リンはキャーと叫ぶ。
きょとんとしていると、さらに雨が強くなってきた。
リンはプレハブ小屋まで駆けて行く。続く。プレハブ小屋に着くと、リンは髪をタオルで拭き始めた。イスに座り雨を眺めた。頭から雨の滴が垂れ、床に落ちる……
天から降り落ちる雨を眺めながら、しみじみ思う。俺は何なんだろうな……と。
その日も、次の日も、そのまた次の日も……。小説の事について……ずっとずっと考えていた……。等身大でこの世界を生きるって何? 生命の息吹を感じるって? まだ分からなかった……。
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