少し先輩がうらやましいな
次の日の朝、目覚めると、もう日は昇っていた。急いで、スマートフォンの時計を見る。10時12分だった。メールが来ていた。友達からだった。「夏休みどう?」とかそんなメールだった。数分かかって返信する。「今農業中♪」とか書いた。先輩、まだ……起こしにこない。……何で……おいてけぼりを食らったのかな……。段々不安になってくる……。急いで先輩の部屋に飛び込む!
ガァ~クゥ~ガァ~
先輩は、イスに座ったまま、いびきをかいて寝ていた。よだれも口元から垂れている。よく見ると、耳にイヤホンをしている。目の前には、テレビ。画面の中で、寝グセのついた馬のような顔をした俳優が、わあわあはしゃいでいた。先輩をもう一回見る。幸せそうな寝顔だ。本当先輩って天真爛漫だなとつくづく思う。うらやましいなあとも思う。
いつまでも先輩の寝顔を見ている訳にはいかないので、とりあえず肩を揺する。起きない。先輩なら怒らないだろう。先輩は器のでかい人間だと淡い期待と恐いものみたさで、テレビの音量ボタンをちょっと上げる。起きない。またちょっと上げる……また上げる……。いつの間にか最大に近い所まで回した。すると突然先輩は、ぎゃーと叫ぶと、飛び起きて、イヤホンを外した。そうして、辺りを見回し、俺と目が合った。
「出てけ~!」
先輩は、怒鳴って俺に時計を投げつけた。俺は、「すいません」と言いながら部屋を飛び出した。
10分後、作業着に着替えた先輩と朝飯を食った。朝飯は、先輩が作った焼きそばだ。無言で食べる。先輩が、
「リンは、どうしたんだ?」
「知らないです」と答える。先輩が、リンに電話する。リンと話している先輩の顔はうれしそうだった。先輩が電話を切った。
「もう、畑について仕事してるんだってさ、俺たちも急ごう!」
先輩は、急に真面目な顔になる。思わず俺は、「はいっ」と答える。先輩は、ニヤッって笑うと、
「今日は、ガンガン働いてもらうからな! 覚悟しとけよ!」
「さっきの恨みですか……?」
先輩は、「そうかもな!」と大笑いすると、
「遅刻しちまったから、早く行くぞ!」
先輩と俺は、食べ終わった食器をシンクに漬けて家を飛び出た。
農場に着くと、リンが泥だらけになってトラクターを操縦していた。昨日まで荒地だった所がきちんと耕されている。凄い……。先輩と俺は端っこでじっとしていた。しばらくすると、リンが、トラクターを降りてこっちに来た。
「すまんね、リン」
先輩は、リンに声を掛ける。リンは、先輩の顔をきっとにらむと先輩のほっぺたをビンタした。先輩は、びっくりした様子で、身動き一つしない。リンは、思いきり、う~んと伸びをすると、
「あ~すっきりした~!」
茫然としていた先輩が、気が確かになったのか、ビンタされたことに抗議する。
「リン、何すんだよ、いきなり!」
リンは、髪を掻き上げ、向こう側を指差す。俺と先輩が向こうを見る。
「ほら、耕したところに鳥が来てるよ」
見ると、とことこ忙しそうに走る鳥が地面を突いている。先輩は
「ああ、堀り出された虫が目当てだな」
ぼそっと、つぶやく。リンが、手足の泥を落としながら、
「夏、真っ盛りだね!」
と笑いながら、先輩の方を見る。いつの間にかアブラゼミのコーラスが響いている。先輩は、「そうだな」とつぶやく。そうして、先輩とリンはしばらく見つめあってからお互いに楽しそうに笑いあった。俺は一人取り残された感じだった……。何がどうなっているのかがまったく分からなかった……。ただ、一つ言えることは、先輩もリンも笑顔が良かった。先輩はともかく、リンの笑っている横顔は、なんて言うか……天使に見えた。ちょっとだけ……いや大分、先輩がうらやましかった。空を仰ぎ見る。今日も、真っ青な空に高くそびえたつ入道雲……。遠くの畑のウネでは、空芯菜が風になびいて海のさざ波のようにうねっていた。
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