等身大で生きるって何?
「起きろ~!」
隣に先輩が立っていた。いつの間にか寝てしまったらしい。あわてて起きる。口元のよだれに気づき、右手でぬぐい取る。
「もう2時だぞ! 仕事! 仕事!」
午後2時まで寝ていたのか? 時計……。確かに2時だ……。起き上がると、体中についたワラなどのゴミを落とす。先輩も、背中を払ってくれる。
「午後は、ひたすら雑草抜きだ! 無農薬農家の醍醐味だぜ!」
あっはっはと高笑いする。「どこのですか」と聞くと、先輩は、「こっちだ」と案内してくれる。そこは、キュウリ畑だった。竹を組んで網を張り、そこにキュウリの枝を這わせている。様々な背の高い雑草が群雄割拠していた。
「これ……全部ですか?」
先輩は、うなずくと、「頑張れよ~」と後ろを向いて、手を振りながら向こうの方に行ってしまった。
たかが雑草抜きと思って軽く見ていると、すんごくえらい目にあう。網と網の中に入り、雑草を抜いていくが、足腰に来る。しかも炎天下。汗がそこら中から出る。しまいには、顔から地面へと汗がぽとぽと落ちる。必死になって草を引き抜いていく。夏の草は背が高く、根っこは深いので、かなり体力を使う。さらには様々な虫が草を引き抜く度にじゃんじゃん飛び出してくる。バッタ、ガ、何だか分からないもの……。草を引き抜く際には、麻の手袋が必須だそうだ。草で手を切らない為と、何だか分からない虫に刺されない為。バッタとか、トカゲとかはかわいいんだけどねえ……。クモや、ガが飛び出してくると、本能的に身震いする。
キュウリ畑で草むしりを始めてから、1時間が経った。さすがに疲れた。目の前の草をむしった丁度その時、目の前にツーと何かが降りてきた。長い黒い手足に、黒と黄色のまだらの腹を持った生き物……どでかいジョロウグモだった。慌てて麦わら帽子を脱いで、クモを払う。地面に落ちたクモは、小走りで草むらへと消えて行った。やる気を無くしてしまった。井戸の所に、戻って水を浴びよう。のろのろと立ち上がった。
数分後、井戸がある場所に行き、頭に水をかけた。頭から滴が零れ落ちる。シャツがちょっと濡れた。冷たく気持ち良かった。一気に涼しくなった。そのまま拭かずに草むらに座って休んだ。
30分後。まだ、草むらにぽけーっと座っていた。一回腰を下ろして休むと、もう立ち上がるのは嫌になる。休んでいたその時、先輩が井戸の所にやってきた。手に草刈り機を持っている。
「お疲れ様です」
先輩も、「おっつ~」と返してくれた。草刈り機を「よいしょ」と言いながら置く。そして、井戸水を引いてある蛇口をひねると、これでもかと言うくらい水を出し、頭をごしごし洗った。そして、最後に顔を洗う。水しぶきがこちらまで飛んできて気持ちいい。終わると、草刈り機を持って、トマト畑の方へと消えて行った。俺も立たなければならない……ここで立たなければ男としてどうなんだ! やっとの事で立ち上がると、キュウリ畑の方へとふらふら歩いて行った。
でも、思う通りに身体が動かない。しかも眠い。途中、近くの自販機で缶コーヒー(ブラック)を買って飲み干したりもした。効果はない……。だらだらしているうちに、7時近くになった。
いつの間にか夕日が輝いている。また、ぽけーっと眺めていた。なんてきれいな夕日なんだ。自然のバックミュージックも聞こえる。セミのミ~ン、ミ~ンとか、カラスのカ―カ―カ―という鳴き声だ。まるで、童話の世界に迷い込んだみたいだった。
「どうだった? 仕事は?」
先輩は、横に立って、言葉を掛けてくれる。
「はあ……」
今日の、ダメダメっぷりは何の言い訳にもならなかった。先輩は、タバコを取り出すと、「どうだ」と言って1本渡してくれる。火を分けてもらって深く吸う。メンソールのスパイシーな味がした。先輩もタバコに火をつけ吸い始める。1口吸うと、農場の端っこにあるヒマワリを指差した。
「ヒマワリって食えるんだぜ!」
「えっ、花を食べるんですか?」
先輩は、タバコを深く吸って吐くと、軽く笑って
「ば~か! 種を食べるんだよ! 今度ごちそうしてやる!」
農場を見回す。農場の端っこにあるプレハブ小屋が目に付く。プレハブ小屋は、窓が全部開けられていた。このプレハブ小屋、この夏、大金を払って作ったらしい。でも床や壁はもう土ほこりで汚れていた。悪いけど今年の夏作ったようには見えなかった。中には、野菜の種や、トラクターを動かすための油などを収納していた。一応机と椅子、さらにはトイレもあり、臨時の休憩室にもなる。先輩いわく、自慢のプレハブ小屋らしい。リンはというと、井戸水で顔を洗っていた。夕日で風景が黄金色に光っている……。心地いい……。ずっとこうしていたかった……。
今日の夜は、先輩の家で歓迎会だ。みんなで近くにあるスーパーに行く。すき焼きだ! わくわくする! 冷凍の牛肉、しめじ、レタス、白滝、マロニー、春菊、うどん、つゆなどを買った。
家は、2階建てのアパートの一室だ。元は白い壁だったのだろうが、長年風雨にさらされた結果だろうか、黒ずんでいたり、塗装が剝がれて中のトタン板が見えていた。さらに壁の下側には、ツルがまんべんなく這っていた。まあ、温暖化対策には一役買っているだろうからそれはいいとして、いつ倒れてもおかしくないボロさだった。でも、何も言えない。今俺は、先輩の家に居候しているからだ。ともかく家の中に入って行った。靴を脱ぐと、もう目の前がダイニングだ。
キッチンに立つと、包丁などが出しっぱなし、皿などが食べっぱなしで水に漬けられていた。
「もう! あれほど片付けろって言ったのに」
リンがぶつぶつ文句言いながら、食器や包丁などを片付け始めた。それをよそに、先輩は、パソコンを立ち上げた。
その時、ボカンと何かで頭を叩かれる。我に帰る。後ろを見ると、リンがボウルを手に突っ立っていた。大雲先輩も頭を抑えている。
「何怠けてるの! 手伝ってよ!」
俺はすぐさま立ち上がった。先輩は、まだ座っている。俺は「やばいから立って下さいよ」としきりに促す。すると、「しゃーねえな」と言って、立ち上がった。
下ごしらえはいたって簡単。肉を酒に漬けて、フライパンで煮込む。適当な時間になったら、肉と肉汁を鍋の中にぶち込んで、つゆをどばどばと入れる。そして、シメジ、白滝を入れ、ぐつぐつと煮込む。適当に水を入れながら味を調える。最後に、マロニーとレタス、春菊、そして畑で採れた野菜を所構わずぶち込んで終わりだ。
卵を溶きほぐしていると、大雲先輩が、「も~いいぞ」と言って、よそい始める。俺たちもよそって食べる。うまかった。やっぱ、シメジを入れたのが正解だったのかも……。肉もやっぱり牛肉だよな! 贅沢だけどめちゃうまい!
皆、がつがつと食う。腹減ってんだな。みんな。部屋を見渡すと、折りたたみ机に、化石化したミカンの皮、そこら辺に何本も転がる発泡酒の缶。壁には、水着の女優の写真がどっかり乗っかったカレンダーが飾られていた。笑顔がかわいかった。部屋の端っこには、パソコンが置かれていた。先輩が話を振ってきた。
「そういや、何で、お前、俺んとこに来たんだっけ? 手伝いだっけ?」
思わず、大雲先輩の顔を見る。子供が、得意げにいたずらを見せる時みたいに目がきらきらしていた。
「先輩って、何で詩を書くんですが?」
肉を頬張りながら答える。
「さあなあ、気がついたら作ってる」
「先輩、何か披露して下さいよ」
先輩は、箸を置くと、しばらく考えてから、つっかえつっかえ詩をつむぐ
太陽の光がさんさんと注ぐ
Tシャツ一枚でも暑いくらいだ
オンブしたバッタ達が、地面を這うカナヘビ達が
大地を我がもの顔で歩く
そんな時 にわか雨
黒い雲が空を覆い 雷が鳴る
皆 逃げ惑う
虫達は草の陰に隠れる 俺も木陰に逃げる
頬から雨の滴がつたい、地面へと落ちる
不安げに空の雲を眺める
やがて雨は止み 空に虹が架かる
七色の美しい虹が架かったのだ
いつの間にか、先輩は目をつむっていた。場が静まりかえる。そして、また詩をつむぐ。
葉が濃い緑になる 夏になる
農家は畑を耕し 種を播く
そんな苦労も知らないのか
猫はあくびをしながら畑の中で糞をして
カラスは、播いた種をついばむのだ
驚きの目で先輩を見る。情景が浮かんでくる詩だ。農場のふんわりした空気が伝わってくる。凄い! マジでそう思う。
その時、リンが大雲先輩の頭を思いきりどつく。
「今、食事中! 下品な話はしない!」
先輩はどつかれた頭を押さえながら言った。
「結構、まじめなんだけどなあ」
話に割り込む。
「どうやったら、そんな詩が作れるんですか? 教えてください!」
先輩は、すき焼きの中にうどんを入れてかき混ぜながら答える。視線はうどんにあるが……。
「ど~なんだろうな? 賞、落ちまくってっから偉そうなことは言えないなあ」
「それでいいですから、教えてください」と必死になって訴える。先輩は、「そうだなあ」と言うと、
「農業の事しか分からんけど、農業をする中で、その中で生まれる雰囲気というものを感じとる事を常に考えてるよ。ルッコラの花の咲き方、春菊の様々な花、大きなものでは、夕立ちとか様々なものに命があると思うんよ。生命の息吹。それを感じとるようにしてるよ」
生命の息吹を感じとるか……。難しいな。また、静寂が部屋を包む。すると、リンが、突拍子もない話題を振ってきた。
「ねえ今、恋人いる人っている?」
俺は、「いないです……」と答える。大雲先輩は、黙って飯を食う。リンは重ねて聞く。
「渡は?」
先輩は、そんなことにもお構いなしに、ビールをグビグビ飲む。リンがいらいらした口調で問い詰める。
「ねえってば!」
「いないよ」
リンが、下向いて、肉を突っつきながら先輩にかぼそい声で言う。
「彼女欲しいとか思わないの?」
先輩は、立ち上がると、自分の部屋へと行きながら、1首詠う。
秋空に カラス一匹
おおい! 大空高く舞うカラスよ
お前は大志を持っているのか
持ってねえだろうな
お前は大空高く舞う事を
当然のように思っているのだから
先輩が高校の時にうたった詩だ。
リンは、いらいらとしているのか、とげのあるつんつんした張り上げた大きな声で、
「その詩に何の意味があるの?」
先輩は答える
「今は女子に夢中になっている時間はねえんだ」
先輩は、「後は、ゆっくりやってくれや、ちょっと30分くらいやること思い出したわ!」そう言って部屋に入って行った。しばらく、リンは固まっていた。
10分位そうしていたが、いきなり立ち上がると、先輩の部屋にノックをしてドアを開けた。俺も続く。先輩は、ベッドで、エロ本を読んでいた……。リンは、「信じらんない……」とため息まじりに言うと、「用事思い出したから、もう帰るね……」と帰って行ってしまった。後には、食べ残した鍋と食器が残されていた。これ全部自分が洗うの……?
先輩?
「先輩……?」
「なんじゃ?」
「この食器は?」
先輩は、あっはっはと笑うと、
「なんだ、洗ってくれるのか? サンキューな!」
押しつけられた……。仕方なく立ち上がると食器をシンクへと持っていった。ただし、鍋に残っていた牛肉と野菜を残らず食べた。
洗い終わって部屋に戻ると、先輩の詩集を取り出す。いつの間にか先輩に嫉妬していた。先輩の自由奔放な生き方に……。同時に、先輩にただただあこがれていた。
ダメだ。ダメだ! 先輩と俺は同じ人間なんだ。先輩は等身大で生きているんだ。俺も、魂を感じて文章に叩き込むんだ。ノートを取り出すとプロットを書いていく。何も成長は無かった。今にして思う。俺は無能だ。命の息吹を感じる……どう感じたらいいんだよ……。ずっと考えていたが、分からなかった……。結局寝たのは、2時過ぎになってしまった。
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