挫折しちゃった!
3年前の桜舞い散る春、大学生になった。学部は文学部。大学の先生になりたいとか、新聞社に入って、新聞記者になりたいとか、夢は沢山沢山あった。入学式が終わって、色々なところからサークルの勧誘を受けた。テニスサークル、アニメ研究会、伝承文学研究会、面白いところでは、ピラミッド力学研究会ってものもあった。ピラミッドが世界に与える力学を調べるという研究会らしい。よく分からないが、なんとも壮大である。
とまあ、色々面白いサークルは一杯あったが、入るサークルはもう決めてある。現代小説研究会である。ガマガエルによく似た顧問の先生。皆から陰で、大ガマの親分と言われていた。
色々あったが晴れて、現代小説研究会に入った。真面目に小説を書けばいいものを……。入ってからは、毎日飲み会。空いている日は、コンビニのバイトだった。
それから、1年、2年経ち、3年生になった。白髪がちょっと増えた。コンタクトレンズを買うお金が無くなって眼鏡になった。携帯電話を洗濯機に落として、スマートフォンになった。時は過ぎる。変わらないものが1つある。身長だ。牛乳を1日1L飲んだが、1センチも伸びなかった。ちなみに……身長は162センチである……。
3年生の春、7月13日。原稿用紙100枚のボーイミーツガールのファンタジー小説の大傑作を書いて意気揚々と大ガマ先生に提出した。2週間後にある選評会の為だ。選評会とは、みんなでどの作品が優秀かを選んで、金賞、銀賞、銅賞、佳作を決める。1人1票ずつ投票する。一番票の多かったものが金賞。次に多かったのが銀賞という様になる。ちなみに金賞に選ばれると、居酒屋でおごってもらえる。今回の自分の作品はかなり自信有りだった。あわよくば、大ガマ先生の推薦をもらい、小説家の仲間入りできるか。鼻息が荒くなる。よだれが出そうになった。
それから2週間後、7月27日、今日が選評会だ。居酒屋に入ると、皆もう座っていた。窓から見えた桜はもう緑の葉が舞っていた。しばらくして大ガマ先生が手で合図して部長に挨拶させた。部長が話す。
「みんな、半年に一度の選評会だ。大いに盛り上がってほしい。ビールもカクテルもサワーもそれにつまみも用意した。それでは……」
部長が、「お~し」と掛け声をかけると、
「盛り上がっていこうぜ!」
そういうと、ビールを飲んだ。一斉に拍手。こうして、選評会が始まった。
部長と同期の学生とでふざけ合っていたが、佳作は、新1年生と経済学部の2年生がとった。銅賞、銀賞の表彰も行われていく。自分はまだ呼ばれない。不安と期待が入り混じる。もしかして、金賞か?
急に大ガマ先生が大声を出した。
「お~し、金賞の発表だ。皆~注目!」
部員達、「やっと来ました!」とか、「待ってました~!」とか、「食うぜ! タコわさ!」とかそれぞれにやじを飛ばしていた。
「さ~て……今回の金賞は、文学部の……」
必死に耳を澄ます。
「3年の、山本次郎だ」
みんなが歓声を上げる。山本次郎は「ど~もど~も」と立っておじぎしている。顔は酒を飲みすぎたのか顔が真っ赤だった。俺もしょうがねえと思い、拍手する。とすると、大ガマ先生が隣に座ってきた。酒臭かった。ふざけて、「俺の小説はどうでした~?」って聞いてみた。大ガマ先生は、「ちゃんと聞けよ」と言うと、残りのビールを飲んでしゃべりはじめた。
「はっきり言って最低だった。小学生の小説よりひどい」
大ガマ先生の毒舌は止まらない。渇きものを、ボリボリ食べると、
「リアリティーってもんがない。足りないものが分かってない! 最低も最低! 紙の無駄だな!」
酔いはすっかり冷めてしまった。大ガマ先生はかまわずビールを飲みながら、悪いところを並べ立てる。思わず、
「もういいです。分かりました」
とやっとの事で言った。泣きそうだった。先生は最後にこう言い放った。
「お前の頭はコンニャクで出来てるんだな。だからだな。うん」
そういうと、新しいビールを開け、おいしそうに飲み始めた。そして、立ち上がると、ビールを片手に他のグループに入っていった。
後輩が横にやってくると、励ましの言葉をくれる。同情されたくねえ! 一気に感情があふれ出た……かばんを手にすると、「これから用があるから帰るわ」と言った。そして、外に出て駅のトイレに駆け込んだ。一気に気が抜けてそのまま2時間程、便器に座っていた。
その日は、そのまま帰ってずっと窓から外を見ていた。家は、『スワンハイツ』って言うおんぼろアパートの一室。昭和中期に建てられた由緒ある建物だ。風呂桶はなく、シャワーは水しかでず、キッチンにある湯沸かしで貯めた湯で身体を洗うという、とても伝統的な(?) アパートである。
いつの間にか日が暮れかかっている。夕日がきれいである。いつも忘れていた気持ちを思い出させてくれる。目をつぶって感じる。今日の先生の言葉が胸に突き刺さる。両目から涙があふれ出る。ずっと、体育座りで、壁によりかかっていた。
気がつけば、もう真っ暗だった。カーテンを閉めて、電気をつける。まぶしい……。スマートフォンを見る。夜の9時。メールが、何件か来ていた。返信をするとスマートフォンを机の上に置いた。文章作成の本をもう1回読みなおそうと、本棚を探る。その時、小冊子が目にとまった。表紙には、『春夏秋冬、通り過ぎれば』と書いてある。こんな本持っていたかな。ぱらぱらとめくってみる。そこには、こんな詩が載っていった。
秋風に吹かれ すすきは揺れる
さつまいもの季節 ベニアズマに紫イモ
虫達は歌う 次世代に子孫を残すため
月は光る 夜の畑を照らし
一体幾万の人がこの情景を感じただろうか
一体幾万の人がこの情景で酒を飲み交わしただろうか
面白くて、読み進める……。
起きてみると、もう日が昇っていた。いつの間にか眠ってしまったらしい。時計はと……。昼の11時だった。やべえ、今日、12時30分から講義だ。急いで教科書をかばんに放り込む。食パンに何も付けないで口に押し込む。そして、靴を履く。その時、詩集が頭をよぎった。靴を脱いで詩集をかばんに乱暴に入れると、また靴を履き、大学へと急いだ。
大学に着くと、もう講義が始まっていた。後ろの席に座る。前では先生が黒板に何か書いている。構わず詩集を取り出し、読み始めた。この講義は、出席率さえクリアしていれば、後はレポートだからなんとかなる。詩を読み進めていく。なんとなく読み進めていたが、1つの詩で目が釘付けになってしまった。
秋雲は天高く
食欲の秋にふさわしく
イモに、カボチャなど目白押し
鍋のおいしい季節
鳥たちが、柿などを虎視眈々とねらう
俺はそれを横目にもぎたての柿を
むさぼるように食うのだ
この詩は思い出した! 大雲先輩が、高校を中退した時に、自分の教室の黒板に残していった一句だ。あの時は……大騒ぎになった。先輩の教室の詩を見ようと生徒がごった返したもんな。先輩と俺は仲良かった。先輩は詩を作り、俺は小説を書き、お互いに批評し合って勉強しあった。勢い余って喧嘩になった事もある。「才能ねえ!」「クソだ!」そう言う言葉はざらだ。でもお互いに新作が出来たら、どっちからでもなく集まって批評会を開いた。ある時は屋上で、ある時は、誰もいない教室で……。先輩は、決して頭は良くなかった。でも感性はすごかった。
先輩とさぼって屋上で寝ころんでいた時、大空にカラスが舞っていた。先輩は、こんな詩を作った。
秋空に カラス一匹
おおい! 大空高く舞うカラスよ
お前は大志を持っているのか
持ってねえだろうな
お前は大空高く舞う事を
当然のように思っているのだから
先輩はカラスを見上げていた。目をきらきらさせながら……。まるで子供だ。いたずらをしてわくわくしているような満面の笑みを浮かべていた。
2ヶ月後、先輩は退学していった……。それから5年。年賀メールは送っていたけれど、ちゃんと話をしたことは、最近ない。懐かしさが募る。先輩の感性をもっと身近で感じて、勉強したい! こんな所で夢を失いたくはない! もう1回あの頃に戻りたい。お互い文章を磨き合ったあの頃に……。何をいまさらと思うかも知れないが……。自己中心的すぎると言われても。ついにスマートフォンを取り出す。メールを打つ。1文字1文字考えながら……。
今日の講義がすべて終わった。今は夜の7時。家でインスタントラーメンをすすっている。何度もスマートフォンをいじくっては、メールが来てないか調べる。いつの間にかうとうとしてきた。その時、着信音が鳴る。確認すると、大雲先輩だった。急いで出る。
「お久しぶりです。先輩」
「おうよ! 元気か?」
先輩は、元気いっぱいの声で話す。俺も無理して合わせる。
「小説、今でも書いてんのか?」
ずばっと聞かれた。
「はいっ……。ええっと」
声のトーンが落ちる。先輩はまたずばっと聞いてきた。
「スランプか?」
「はい……」
7月27日に行われた選評会の出来事をすべて話した。先輩はじっと聞いていてくれた。すべてを語り終えると、先輩は一言、
「もうすぐ夏休みだろ! 夏休みになったら、俺のところに来い。俺は今、農家やってんだ。後で住所教えるから、ネットで場所を検索して来い。そんで泊まりこんで仕事しろ! 鍛え直したる」
思わず「えっ」って言う。先輩は、昔のようにぶっきらぼうに、
「つべこべ言わず来い。どうせ、大した予定も無いんだろ? 分かったな!」
剣幕に押され、「はい……」と言う。すると、
「明日、野菜の搬出日だから、もう寝るから切るな! それじゃ! 楽しみに待ってんからな!」
電話が切れた。まるでトルネードのような電話だった。でも、少しわくわくしていた。何か見つかるかもしれない……俺に足りないもの。壁によりかかって、月を見る。雲の切れ間から見えた月は、ぼんやりと光っていた。
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