土ぼこりと青春と
澄ノ字 蒼
青春! と太陽と土と
「水分補給~!」
麦わら帽子をかぶった小太り坊主が、立ち上がって空に叫ぶ。手には土まみれのハサミ。灰色のシャツはびしょびしょ。青色のジーンズは土で汚れて、まるでビンテージものだった。このジーンズ、1ヵ月前までは、あるジーンズ売り場で青い爽やかなうるおいを与えていた。
「だらしないわね! 真! それでも男なの!」
タオルを頭に巻いたポニーテールの少女が、叫んだ少年を叱咤する。そして、かがんだままトマトをハサミでツルから離すと、黄色いかごに入れた。少女の額から汗がしたたっている。この少女の名前は、夏空 鈴(なつぞら りん)。みんなからは、リンと言われている。小太り坊主の名は、木風 真(きかぜ まこと)。俺だ。俺は、リンの汗ばんだ姿を見ながら水を飲みに行く。気になる。リンの一生懸命な姿……。好きだから? その時、ごちんと頭に衝撃が走った。
「見る時は分からねえように見るんだ」
頭を押さえながら前を見る。赤いバンダナを巻き、つなぎを着た青年が、げんこつを右手に作っている。
「ひどいですよ。先輩~」
強がって言う……。
赤バンダナ青年はげんこつを解くと、あっはっはと笑う。
「健康的でひじょ~に宜しい。まだ疲れてないようだから、水分補給したらすぐ戻れよ!」
「10分くらい休憩してもいいですか?」
赤バンダナ青年は、ぼやくように、「予定より遅れてるんだけどな~」とカゴをもってトマト畑へと消えて行った。
この暴力的な赤バンダナ青年は、大雲 渡(おおぐも わたる)。俺の二年先輩だ……。小心者の俺は、先輩のパワハラに近い言動に逆らえず、ペットボトルの水をラッパ飲みすると、ふらふらとした足取りでトマト畑へと入って行った。
いつの間にか太陽が大分昇っていた。時計を見る。7時。向こうの畑には、カラスが2匹、何かをついばんでいた。あそこはトウモロコシ畑だ。あ~あ、今年も鳥の被害が甚大か……。疲れ切った頭には、トウモロコシをついばんでいるにっくきカラスさえも愛しく思えてしまう。収穫したトマトを1つ、つまんで食べる。甘酸っぱかった。この疲れた身体が回復するような甘酸っぱいウマさだった。
3時間後、先輩は車に野菜を積むと猛スピードで走り去っていった。実は今日は搬出日なのだ。地元の人達皆で運営している直売所に、品物を卸しにいったのだ。
出荷野菜の主なラインナップとしては、トマト、キュウリ、バジル、米ナス、ナス、空芯菜である。今日は朝の5時から働いて、収穫が終わったのは、昼近くの10時だった。気がつけばもう5時間働いていた。端っこで座りこんでいると、リンから「渡が帰ってくるまで、休み時間でいいよ~」って言ってくれたので、草むらに寝転ぶ。目の前には、細長い葉をつけた雑草が風に揺れていた。目を閉じて風を感じる。気持ちよかった。
空を見る。太陽がまぶしかった。横向きになる。不意に通っている大学のサークルの先生の顔が浮かんだ。悔しかった。「お前の作品は小学生以下」って言われた時には、正直、「こいつ」って思った。「絶対見返してやる!」心に決めたんだ。
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