友チョコがもらえない

赤木入伽

友チョコがもらえない

 たかかバレンタイン、されどバレンタインである。


「えへへ。うまくいったよ。先輩も、ありがとうって言ってくれたよ」


 そう笑うヒカリは中学からの友達だ。


 マイペースで、ドジっ子で、勉強ができなくいバカっ子だけど、いつも笑顔なやつ。


 ただ、お昼休みの今、お弁当を食べるヒカリは、


「明日香のおかげだよ。手紙ってのは、いいアイディアだったよ。本当に本当にありがとね。何度言ったってお礼が足らないよ」


 いつも以上の極上の笑顔を見せていた。


「べつにいいって」


 私は箸を持った手を雑に振るが、ヒカリはよほど悩んでいたらしく、なおもお礼を言った。


 しかし、私は本当に大したことはしていないのだ。


 ことは単純な話だ。


 ヒカリは凛子先輩という人に憧れていたのだが、直接告白する勇気もなかった。


 そこでヒカリはバレタインに本気のチョコを贈る計画を立てたのだが、もし気合の入ったラッピングに手作りのハート型チョコを贈ろうものなら、誰かにヒカリの恋心がバレるかもしれず、それがヒカリには恥ずかしすぎるという新たな問題が浮上した。


 私としては、過剰ラッピングも手作りハートも、必ずしも本気チョコとは見られないと思ったのだが、友達が悩んでいるというので私は軽くアドバイスをしたのだ。


 手紙を書け、と。


 手紙ならば自分の思いの丈をどう伝えるかは自由自在な上に、チョコとともにラッピングの中に封じ込めてしまえば第三者に見られる恐れもない。


 そうすれば一見して友チョコ、されど中身は本気チョコが完成するというわけだ。


 たいした提案ではないが、ヒカリにとっては目から鱗だったようで、ヒカリは即座にペンと紙を用意し、強い思いをさりげない詩的表現(馬鹿だから完成度はそこそこ)にしてみせた。


 そして、つい先程、その思いこもった手紙とチョコを凛子先輩に手渡してきたそうで、この極上の笑顔であった。


 実際のところ凛子先輩から色良い返事が出てくるか分からないし、手紙を送れるならLINEでも良かったのではと思うのだが、さすがに今のヒカリにそんなツッコミを入れるほど野暮ではない。


 ただ――


「本当に本当に本当にありがとね、明日香」


 何度も何度もお礼を言うヒカリに私は「だからいいって」と、お弁当の玉子焼きを口に放り込みながら明後日の方角を見やる。


 この話題はもうお終い、とアピールして。


 ただ――


 私はそうして明後日の方を見ながらも、視界の隅でヒカリの顔を観察する。


 ヒカリは難題を終えて、安心しきった顔をしている。


「明日香の玉子焼き、美味しそうだよね」


 とか、日常的な会話も始めた。


 私に対して充分なお礼もして、私がそれを煩わしいというような顔をしたので、もう完璧な日常モードに移行したのだろう。


 ただ――


 私はなんとも言えない居心地の悪さを感じていた。


 なにせ――ないから。


 ゼロだから。


 貰ってないから。


 私の手元にはチョコがゼロだから。


 そう――


 私はまだヒカリからチョコを貰っていなかった。


 先輩には友チョコ名目の本気チョコをあげたのだから、他の友達にもチョコをあげるのが当然のはずなのに――


 いや、べつに私は何が何でも欲しいってわけじゃない。


 だって、もしヒカリが凛子先輩にだけチョコを渡して、他の子に渡していなかったら、それはたとえチロルチョコでも意味を持ってしまう。


 そしてヒカリはドジっ子なところがあるので、実際に忘れている可能性は十二分にある。


 となれば、私がちゃんと思い出させてあげる必要があるわけだ。


 だから気にしているわけだ。


 決して私がヒカリのチョコを欲しいとか、そういうのではない。


 私は観察をやめて、直接ヒカリに探りを入れてみることにする。


「ねえ、ヒカリ。他の子にはあげたの?」


「うん。みんなにあげたよ」


 みんな――そうヒカリは言うが、みんなにもいろいろある。


 私はみんなの中身を聞く。


「えっとねぇ、美樹さん、麗奈先輩、ほのちゃん先輩、それに部長、副部長……」


 凛子先輩と同じ三年生だ。


 まあ、さっき凛子先輩に渡してきたからな。


 そのついでだろう。


「他は?」


「かずちゃん、萌萌、ミッキー、静音ちゃん、あずあず、奏ちゃん、春子ちゃん……」


 後輩の一年生である。


 三年生の教室は東棟で、一年生が北棟、私たち二年生が西棟なので、先輩たちのついでに渡してきたのだろう。


「えっと、他には?」


「弥生、ミコっちゃん、チユー、沙綾、蜜ちゃん……」


 二年生である。


 同じクラスの子もいる。


 遅刻してきた子もいる。


 ヒカリとあまり仲良しとは言い難い子もいる。


「……」


「……」


 ヒカリが不思議そうに首を傾げた。


「それだけ?」


「あとはお父さん、お母さん、お姉ちゃん、妹」


 それは、朝に渡したのだろう。


「……それだけ?」


「だけって、けっこう多くない? 二十人くらいは渡したよ?」


「まあ、そうだね」


 私は玉子焼きを食べる。落とした。もう一度拾う。落とした。


「……」


「あ! 忘れてた!」


 突然ヒカリが声をあげ、私も顔を上げる。


「先生にもあげないとね。あ、この学校って、そういうの厳しくないよね?」


「……たぶん」


 私は玉子焼きを拾う。また落とした。


 机の上だから、三秒ルールは有効だ。でも、合計だと三秒超えているし――でも、一回ごとにリセットされて――


「明日香、どうかした?」


「なにが?」


 ヒカリの問いに、私はロボットのように棒読みで返答する。


「だって、さっきから玉子焼き落としたり、拾ったり――」


「好きなんだ、この動き」


「え? あ、そう?」


 ヒカリが見るからにドン引きした。


 バカなくせに。


 まあ別にいいさ。


 ヒカリにどう思われたって。


 どうせこれは人生百年における、たった一日のイベントだ。


 それに本命チョコならともかく友チョコである。


 貰えなかったからといって、別に死ぬわけじゃないし


「ちょっと、明日香? なんか死にそうな顔してるけど?」


「べつに」


 私は言う。


 だが何を思ったか、ヒカリはそんな私を見てため息をついた。


 なんだ、こいつ。バカのくせに。


「もう――明日香ったら、全然気づかないんだから」


 ヒカリは言った。


 なんだ、その生息な口ぶりは。バカなくせに。


 しかしヒカリは、私の内心など知るはずもなく、箸の頭で机をコンコンと叩いてみせた。


「机の中、見てみて」


 何を言っているんだ、バカのくせに。


 しかも箸で机を叩くなんてマナー違反だ。


 そう私は思ったが、言われたままに自分の机の中を覗く。と、


「あ」


 教科書やらノートやらを脇に寄せられ、小さな箱が隠れるように挟まっていた。


 私は、箱が潰れないようにゆっくりと取り出す。


 それはハート柄の包み紙にリボンで梱包されて、ヒカリの愛らしさを思いっきり表現したものだった。


「……」


 私は黙ってその小さな箱とヒカリの顔を見比べる。


「ハッピーバレンタイン。ちなみに手紙も入っているよ」


 ヒカリはニコリと笑った。


「ほら、それを受け取って、なにか言うことは? 他のみんなはちゃんと言ってくれたよ?」


「あ……ああ……。ありが、とう」


 私はまたロボットのようにぎこちなく言った。


「どういたしまして。ホワイトデー、期待してるね」


 ヒカリはまた極上の笑顔で言った。


 そしてお弁当の続きを食べだした。


「ん! このからあげ美味しい! 明日香も食べてみる? 玉子焼きと交換ね」


「あ、いやぁ……ちょっとトイレ行ってくる」


「チョコ持って?」


 私はヒカリの問いにも答えず、小走りで廊下に出て、トイレにも行かず、ひと気のない非常階段へ出た。


 今、この自分の顔を誰にも見られたくなかったが、自分で鏡で見ることもできなかった。


 どんな顔をしているのか、そんなの見るまでもないし。


「くそっ、ヒカリめ。バカなくせに――友チョコごときに――こんな味なマネを――」


 私は一人愚痴り、なんとなく空を――階段の上を見上げる。


 ――が、そこに思わぬ人物がいて、私は驚愕の声をあげた。


「り、凛子先輩!? な、なななんでここに!?」


 階段の上には、風に髪をたなびかせる凛子先輩がいた。


 私は動転しながらも、ヒカリからのチョコを隠して問うた。


「驚かせちゃってごめんなさい。明日香ちゃんに用事があって探してたの」


 凛子先輩は言って、私の前に歩み寄った。


「えっとね、これ、あげる」


 凛子先輩はおもむろに小さな箱を差し出してきた。


 そして恥ずかしそうに目を逸らし、顔を真っ赤にして言った。


「本気、だから――」


「……」


 私の顔は、どうなっていたことだろう。


 そして、この後、どんな顔してヒカリに会えばいいのだろう――そう思った。

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