淀――③

「それで、ここが今通ってる高校」

「わあ! 特にこれといって特徴の無い校舎ね!」

「うん……まあ、うん。そう、何も無いけど、ね……」

(ほんっと思ったことそのままに言う子だなあ)


 御依里みより木実このみの二人は、先ほどまで御依里の案内により、子供の頃に通っていた小中学校やたまに遊んでいた小さな公園、いつも買い物をするスーパー、住処にしているボロの平屋(御依里的には一番のアピールポイントだったが、内部まで案内しなくていいと呆気なく言われた)など、本当に取り留めも無い場所を回っていた。

 そのたびに木実は「場所はつまらなくても、御依里さんのこれまでを知ることが出来て私は楽しいわ」と本心かどうか分からない言葉を繰り返していた。その表情は、腹の内など隠しようもないほどの満面の笑顔だったが。

 そうして現在は御依里が通う高校の近くまで来た。その道中も畑と坂道しかないので、ほとんどは昔話や、木実の近況などを聞いている事がほとんどだった。


「おや? ネコじゃないか。どうしたこんなところで」

「あ、ササ!」


 校門の前に立っていると、向こう側からこちらにやってくる二人組の姿が見えた。同級生の親友である背が低く地味な印象の笹子ささこと、背が高く活発な雰囲気の英美理えみりだ。


「ぬぁにぃいいいいいっ!? ネコが来ておるじゃとぉおおおおお!!」


 御依里の姿をとらえると、笹子の後ろから猛スピードで迫ってくる英美理。そして御依里を勢いよく抱きしめると、そのままぐるぐると三回転ほどグルグルと振り回してストンと着地させた。


「ちょっとエミ、汗かいてるから……」

「ぐへへぐへへぬへぬへ。御依里の汗なら、じゃんじゃん服に吸い込ませて持ち帰りたいぐらいじゃ~、ぬへへっへ」

「清々しく気持ち悪い発言だな、エミよ」


 英美理に振り回される御依里を後ろから見ていた木実は、ニコニコと笑みを浮かべながら、その光景を静かに見守っていた。


「おや? 後ろのお嬢さんはネコの知り合いかにゃ?」

「今ごろ気付いたのか、エミよ」


 英美理は御依里から離れると、ぺこりと頭を下げて「こんにちわっ」と元気な挨拶をする。木実もそれを真似して頭を勢いよく下げて「こんにちわっ」と返した。二人は頭を上げて目を合わせると、ニコリと微笑みあった。なんとなく、波長が合ったらしい。


「この子はタコ……じゃなくて、路畑ろばた木実このみちゃん。私がこの町に来る前からの昔馴染みなの。今は私がこの町で過ごした場所を案内しながら散歩してたところ」

「ふむ、そうだったのか。この学校の生徒では無さそうとは思ったが」

「ンなこといちいち気にするなーい! ワシは英美理。このちんまいのが笹子じゃ」

「はいっ、木実です!」

「二人はどうして学校に?」

「ああ、あまりにヒマなのでな、私の弟がサッカーの練習試合をしているから、その様子を見に来たんだ」

「しっかしねえ、見てるコッチが悲しくなるほどの惨敗だったけどぬぁ」

「というわけで、これ以上見ていても弟も心苦しかろうと思い、帰るところだ」


 笹子と英美理は、タイミングを合わせたように目を閉じて首を横に振り、溜め息を吐く。

 その様子に木実は含み笑い。御依里もどう返事を返していいのか分からず、愛想笑いを浮かべた。

 そのまま二言三言交わすと、笹子と英美理はそのままファミレスへと向かうことになった。御依里と木実の二人も一緒に来るかと誘われたが、木実が


「わたし、御依里さんと行きたいところがあるんです」


 と答えたため、二人とは別れることになった。

 手を振って二人を見送ったあと、御依里は首をかしげながら木実の顔をみた。


「行きたいところって何のこと?」


 木実は、二人が声も届かないほど遠くに行ったことを確かめると、今まで見せたことの無い真剣な表情で御依里と向かい合った。

 衣服をはためかせるほど疾い爽やかな風が、二人の間に通り過ぎる。


「御依里さん」

「……なに?」

「私と、手合わせしていただきたいのです」


 木実のまっすぐな目から、御依里は多くの情報を感じ取る事が出来た。

 少なくとも、生半可な気持ちでは無い。簡単な試合などでは無く……もっと、力を確かめ合うような真剣勝負を挑まれているのだと悟る。

「でも、どうして」――そう尋ねたい気持ちはあった。

 だが、宿敵を前にするような鋭く冷たい眼を向ける木実を前に、その言葉は喉の奥へとしまい込まれた。

 御依里は一度、大きく深呼吸をして木実と向かい合う。


「……うん、わかった」


《ピコンッ》


 ふと、御依里のポケットにある通信機が音を立てる。御依里はポケットから取り出したイヤホン型の通信機を耳に当てると、知った人物の声が聞こえてきた。


〈それならジーニアスにあるゲートを使うといい。私と迅護が使っている訓練施設なら人目を気にすることもないだろう。管理人に言えば使わせてもらえるはずだ〉

「え? 疾凍さん、今まで話を聞いてたんですか?」

〈ハハハハ、別に全てを聴いていたわけではないよ。たまたま耳に届いたので、ね〉

「ほんとうかなあ」

「ええ、いいでしょう。そこへ向かいましょう」


 木実は、大きくうなずく。それを見て、御依里も決心を決めた。

 


 二人はすぐに古書店ジーニアスへと向かい、シャッターを押し上げて中に入る。


「ここが御依里さんの基地なんだ」

「うーん、そう言っても、情報の共有なんかの時にしか使わないんだけどね」


 カウンターを抜け、畳部屋の襖を開く。すると、すでに開いたままになっている転送ゲートが現れた。この前見たときとは違い、四角い1メートル四方ほどの枠の内側は、薄いグリーンの輝きを灯していて、その表面は空間が歪んでいるかのようにグニャグニャと混色がうごめいて見える。


「使うの初めてだから怖いなあ……」

「大丈夫! 私はよく使うから慣れてるわ! 移動している間の数秒だけ気持ちが悪くなるだけよ!」

「安心出来ない部分をさらりと教えてくれる」


 先に中へと飛び込んだのは木実。スゥッと大気が通り抜けるような音と共に木実は吸い込まれて行ってしまった。


「んー、怖いけど……とうっ!」


 御依里も決意を固め、一気に中へと飛び込んだ。


(うわっ、何これ)


 視界いっぱいに、白い輝きが広がる。奥は果てなく、底も見えない。上を見てもさっき入って来た四角い枠はどこにも見えず、自分の身体はグニャグニャと軟体生物のように揺らいでいる。


(え? これ大丈夫? ほんとに平気なやつ?)

「って――……ひゃぁっ!?」


 本当に突然の事。足の裏が何かに触れて尻餅を着いたかと思った瞬間、すでに視界は全く別の空間を映し出していた。


「御依里さん、大丈夫?」

「あ、うん、意外と平気、かも……」


 地面に座り込んだ御依里へ木実が手を伸ばす。御依里はその手を取ると、おっかなびっくりと言った様子で立ち上がる。


「うわ、足にいっっぱい砂が付いちゃってる」


 さっき座っていた地面が砂地だったことに気付き、足とショートパンツに付いた砂を叩いて落とす。

 周囲を見渡すと、薄暗く、とても広い空間に投げ出されている事に気付いた。


「もしかして、遠くに見える周りの壁って……」

「ええ。この規模の訓練場は私も初めて見ましたわ」


 そこは周囲を高い金属の壁で包まれた、とてつもなく広い訓練施設だった。

 遠くには原生林が再現され、環境としては御依里がいつも訓練している山にも似ている。その他にも、再現された大きな川や、砂丘地帯、山岩地帯、コンクリートの建物が並んでいる場所など、御依里たちには把握も難しいが、広大な縦横3キロメートルほどの土地に、様々な条件に合わせた環境が整っていた。

 眼が眩みそうなほどバカに高い天井を見れば、うっすらと雲のようなモヤが浮かんでいるのが見え、その奥に大きな人工照明が無数にあるのが見える。それが真下を照らしており、ちょうど薄暗い曇りの天気のような明るさを作っていた。


「……おっとぉ、いつもの親子二人じゃないのか」


 ふと、背後から何者かに声を掛けられ、二人は振り返る。するとそこには一人の気だるそうな雰囲気の女性が立っていた。

 両耳にリングピアス、顔の半分にライオンのような獣の入れ墨をしている、紫のベリーショートヘアをしている。決して年若くは見えないが……かといって壮年という雰囲気でも無い。白いタンクトップに空色のダメージジーンズというラフな恰好もまた、年齢をはっきりとさせない。両目の下に深いクマがあるが、生来のもので寝不足によるものではなさそうだ。


「あのっ、疾凍さんの紹介でここに来ました。音古鐘御依里です」

「私は路畑木実と申します」

「へっへへ……あの二人と違って行儀の良いこと。あたいは杉前すぎさきリュウ。この訓練場の管理人をしているよ。」


 名乗ると、リュウはポケットからミントタブレットの容器を取り出し、片手の上に大量に振り出す。そして一気に口の中へと放り込み、ガリガリと大きな音を立てながら噛み潰す。


「こんな広い場所、どうやって管理するんですか?」


 御依里の口から正直な質問が出る。リュウは「へっへへ」と笑うと、御依里の頭を撫でながら答える。見た目はなかなか奇抜だが、どことなく深い母性を感じさせる雰囲気の女性だ。


「なぁに、簡単なもんさ。象霊しょうれい極盾道具きょくちどうぐを合わせた仕組みでね、こう、チョチョイっとね。ボタンだのレバーを押すだけでバァンと一発さ。ああでも、今は管理してるの私だけだから、あんまり無茶して派手に壊さないでよ」


 そう言い残して、リュウは二人に背を向けると、森の奥の方へと消えていった。


「行っちゃった」

「御依里さん、気分はもう落ち着きましたか」


 取り残された二人。御依里は振り返り、木実の真剣な眼差しと交わす。


「うん。平気」


 御依里は察し、言葉を多く交わすこと無く、ちょうど大きな砂地の広場になっているところに移動し、戦う覚悟を高めていく。

 少し窪んだ広い砂地の中心に二人は立つと、木実は両足首に付けられていた黒い金属の輪っかに意識を巡らせ、乱脈を注ぎ込む。


「――ふっ!」


《シュパァンッ》


 瞬間、両足のリングから金属の触手が飛び出し、一瞬のうちに両足を覆い、数秒も経たず、木実の膝から下は、爪先に四本の深い溝が立てに刻まれた、黒と金色が輝く鉄靴てっかに包まれていた。

「これは私の家に代々伝わる『黒殊爪こくじゅそう』という武具。厳密に言えば極盾武器きょくちぶきだけれども、乱脈らんみゃくでもその能力を使うことができるわ」

「そんなものが、あるんだ」


 次いで、木実はポケットの中から一つの黒い腕輪を取り出す。そしてもう一つを取り出すと、それを御依里に投げて渡す。


「これは?」

「最新の乱術衆らんじゅつしゅうの戦闘衣装です。腕に付けて乱脈を流し込みながらボタンを押すだけで、全身を装備で包み込むことが出来ます」


 言って、先に木実は腕輪を装着し、ボタンを押す。

 すると全身が一瞬、腕から噴き出した大量の黒い霧のようなものに覆われる――かと思うと霧は一瞬で固まり、バキバキと太い木がへし折れるような音を立てながら変形し、全身を黒いプロテクターで包み込む。そして残った霧が薄く伸びた生地のようなものが背後に広がると、フード付きのマントが形成され、両肩に固定される。


「なるほど。えっと、こう……かな」


 御依里も見よう見まねで腕輪を装着し、乱脈を流し込みながらボタンを押す。すると後は木実と同様、黒い霧に包まれてプロテクターが形成され、マントが生まれて頭を包み込む。


「わわ、すごい。それに、私が持ってるのよりずっと軽い」


 体を動かしながら確認する。普段身に着けている物と重さも間接の可動領域も大きく違い、身に着けていてとても快適だ。


「この全身装備は毎年改良されてますからね。ただ、作るのに旧型の五倍以上のお金が掛かっているそうで、まだ全体の5%にしか浸透してないんですって」

「だろうなぁ……っと」


 暢気に関心している時間は無かった。

 木実はマントを翻しながら背を向けると、御依里から距離を取るように離れていく。

 そして100メートルほどの間合いを取ると、木実は足を大きく前後に開き、両手をだらりと垂らしながらも、それが構えと言うかのように御依里を見据える。


「本当に、本気で戦うつもりなんだね」


 御依里も覚悟を決める。周囲に意識を巡らせ、脈術を練る。周囲に砂の固まりや石の破片を浮かべると、構えを取り、木実と向かい合った。


「わたしはずっとずっと、あなたとこうして、戦いたかった」


 木実は地面を蹴り、前に出る。黒い鉄靴から紫電がほとばしる。

 

 ――二人のぶつかり合う音が、空虚な訓練場に激しく響き渡った。



 **********



《ガァンッ》


 宙を飛ぶ蒼蓮そうれんは、白銀の砲口を迅護じんごへと向け、引き金を引く。

 爆音と共に青い豪炎が噴き出し、周囲の空気を焼き尽くす。


「ガルァ……ぐうぅっ!」


 迅護はその両手にバリアを展開しながら炎の中へと突っ込む。その両手の極盾武器の能力で熱と威力をすべて吸収しながら突き進むが、吸収仕切れず周囲に漏れ出す炎は足や背面を焦がすかと思うほどに熱い。

 そして、炎を突き抜けて蒼蓮の前に出た。――そう思った瞬間、目の前に広がるのは無数の土や氷で作り出した刃の壁。そして蒼蓮の身体は、すでに遠く離れた頭上にまで移動している。


錬粧剣レンショウケン


 蒼蓮が脈術みゃくじゅつを唱えた瞬間、刃の壁が一気に動き出し、迅護へと襲いかかる。


「チッ」


 迅護は軽く舌を打ちながら向かってくる無数の刃と対峙。身体を素早くひるがえしながら回避し、回避できない刃をバリアで受け止め、爪で叩き落とし、全てをさばき切る。


《ガァンッ》


 その最中、再び金属を打ち鳴らす音が聞こえる。頭上より冷たい暴風が放たれる。


「だぁっ、ウゼぇ!」

(間合いを、詰め切れねえ)

散脚サンギャ


 迅護は自身の背後に輝く光球を作り出し、爆破。その威力を身に受けて高速で移動する。

 迅護が先ほどまでいた周囲を凍気の暴風が通り抜け、そのまま地面に当たり、一面を真っ白な霜に変えてしまう。

 そのまま迅護は次々に光球を作り出し、連続で爆発させて蒼蓮を追いかける。しかし――


「だいたいみんなそうするんだよネ。でも意味ないっテ」

空牙クウガ旋弓波センキュウハ


 蒼蓮は呟くと、大砲を持っていない片手を上げて周囲に旋風の矢を十数個作り出し、迅護へ向けて発射する。そして間を置かず、砲口を迅護へと向け、引き金を引く。

 高速で宙を駆ける迅護は向かい来る旋風の矢を回避すると、蒼蓮の大砲が放つ豪炎をバリアで受け止める。周囲が一瞬で真っ青な業火に包まれ、蒼蓮の姿を見失う。


「ハァ、ほんっとダリぃなぁ……!」


 迅護はすかさず作り出した光球を爆破。一瞬で豪炎の射線から横に飛び出すが、蒼蓮は大砲の砲口をわずかに動かすだけで逃げる迅護を追いかけ、炎で包み込む。

 しかし迅護は無軌道に動き回りながら前進し、大砲を構える蒼蓮を追いかける。

 一瞬で間合いが詰まり、迅護の得意な中距離まで迫る。だが――


「だから意味ないんだっテ」


 炎を吐いていた大砲の引き金を一度離すと、蒼蓮は大砲を真上へと向け、引き金を引く。

 爆音と共に豪炎が噴き出すと同時、蒼蓮の身体はジェット噴射を身に受けたような速さで真下へと超高速で落下して行く。

 速すぎる。さながら出力全開で飛ぶ戦闘機のようだ。

 迅護も追いかけようと光球を作り出し爆発させるが……蒼蓮の動きが圧倒的に速い。炎を吐き出し続けながら大砲の角度を変化させ、繊細な操作で飛ぶ軌道を変化。一瞬で迅護から数百メートルは離れた場所に到達する。

 蒼蓮は常に自分にとって有利な距離を保ち、迅護の接近を許さない。


「あああぁ、面倒くせえ!」


 頬を流れて顎に伝う汗を拭いながら、蒼蓮の極盾武器の能力を冷静に分析する。


(おそらくだがあの極盾武器、能力は炎や冷気を吐き出すだけじゃねえ。ソレを吐き出す威力を自在に打ち消したり、その身に受けたりできる。ようはリスク無しでスゲー速さで飛べるってことだろう)

「ちっとばかし厄介だな……」

「だいたいわかってきたでショ。あんたとわたしの相性、極盾武器だけじゃないってことネ」

「……まあ、な」


 迅護が得意とする間合いはおよそ50メートル以内の近距離から中距離。敵の攻撃を吸収し反撃に転じる極盾武器『エクスペディション』の性質上、遠距離への攻撃はどうしても火力不足に陥る。蒼蓮のように離れた間合いからの攻撃を延々と繰り返すタイプの術者に対しては防戦一方のなりがちなのだ。

 多少の実力を持ち合わせる程度の上級術者であれば、迅護の巧みな高速移動術によって簡単に間合いを詰めることができるが……


「わたしの極盾武器『テンペストブルー』の作り出す風速は150メートル毎秒前後。毎回その数値を吐き出してるわけじゃないけどネ……。分かるでショ? ソレを受けて人が飛べば、普通の操飛術ソウヒジュツ散脚サンギャ程度じゃ、永久に追い付けやしないヨ」


 愛おしそうに大砲の砲身を撫で、迅護へ向けてその砲口を向ける。


「外への逃げ場のないあんたは、ここで黒焦げになるか、凍り付いてバラバラになるか、どちらかしか選べないんだヨ」

「チッ、ずいぶん舌が回るンだな。余裕か?」


 迅護はその両手に吸収した熱量を両手の爪先に集め、激しく震わせる。


「ぐる、ルルルルぉおおおオオオオ――」


 空間を、目標を、荒々しく断ち切り砕き散らす力を備えた刃が、その両腕の黒爪から撃ち放たれる。


炎鎖エンサ憑怪剣ビョウカイケン


 豪速で眼前に迫り来る八本の炎の斬撃を前にして、蒼蓮は繭一つ動かさず砲口を向ける。


「あんたのその黒い手袋。あとどのくらいまで耐えられル?」


《ガァンッ》


 引き金を引く。蒼蓮の体は真後ろへ向かって吹き飛び、迅護の放った憑怪剣は豪炎の竜巻に包まれて次第に失速。離れる蒼蓮に追い付くより先に消滅してしまう。

 蒼蓮はさらに炎を吐き出し続けながら、宙に大きな弧を描くように移動。迅護もまた動きを止めること無く、光球の爆発による高速移動で大砲の照準に捕まらないように動く。


(やつの言う通り、動く速さは圧倒的にアッチが上だ。なら狭い空間に移動すれば……使えるか?)


 迅護は蒼蓮に向かって旋風の矢や風の刃を連続して放ち、蒼蓮もまた迅護へと同じように旋風の矢や圧縮空気の弾丸を放ち、常に同じ間合いを保たない。

 しかし次の瞬間、蒼蓮がジェット噴射で高速移動中、迅護の真正面へ向かって接近を始める。


「距離を詰める、だと?」

(いや、奴の極盾武器の能力が俺の予想の通りなら――)


 そう迅護が察した瞬間、蒼蓮の砲口は正面の迅護へと向けられた。

 そして、引き金を引く。


《ガァンッ》


 引き金の音。鳴り響く爆音。

 砲口から空間を凍り付かせるかと思うほどの凍気が螺旋を描きながら吹き出し、迅護へと襲いかかる。大気をかき乱すほどのすさまじい威力を放っているにも関わらず、迫る蒼蓮の体は先ほどまでの移動速度を保ち、まったく失速していない。


「チィッ!」


 回避は間に合わない。迅護は手を突き出しバリアを展開させ、その威力を受け止める。

 そしてそのまま蒼蓮は迅護のそばを一瞬で通り抜け、ふたたびジェット噴射により瞬く間に遠くへと離れていく。


「……ン?」


 ――だが、蒼蓮はわずかな違和感を感じる。


「なんダ……」


 自身の右足にうずくような感覚がある。十分な間合いを取った事を確認し、視線を落とす。

 すると、何かに巻き付かれたような、そして肉を刮がれたような傷跡が確認でき、スーツ脚部のプロテクターも靴もボロボロになっていた。隙間から血が流れ出る。


(あの一瞬で、何をしタ――)


 迅護の方を見て、さきほどまでの迅護とは違う差異をすぐに見付ける。

 その両腕には、長さ5メートルほどの黒い鎖が生まれ、迅護の両手首に金属の輪でつながっている。

 ――それは迅護の第二の極盾武器『討龍とうりゅうした』である。


(フゥン、報告に聞いていない極盾武器だネ)

赤爪アカヅメ


 蒼蓮が脈術を唱えると、足の傷口から流れていた出血が固まり、一瞬で傷口を塞ぐ。

 ケガの影響は微弱。しかし能力のわからない極盾武器を前に、蒼蓮の視線はいっそうその鋭さを増す。


「マ、遠くから攻撃を続けることには変わりないけどネ。もう不用意には近づかなイ」


 迅護は蒼蓮の肉を削いだ鎖をゆらりと動かしながら、両手の黒爪を握り絞め、ガチリと音を鳴らす。


「アンタの能力は大体わかった」


 右手を開き、バキリと爪を立てる。黒爪が細かく振動を始め、冷気を伴い白い煙が噴き出す。


「とりあえず、まあ、アレだ」


 迅護は浮かぶ蒼蓮と向かい合い、氷をまとう手を後ろに引き絞り、渾身の力を込める。


「やっと、気分がアガって来た……」


 迅護の表情、口角が上がり、筋肉が隆起し――


 目に、輝きが滲むような濁りが生まれる。


「ゥルルルルぁああああああッ!」

氷渦ヒョウカ憑怪剣ビョウカイケン


 全身の筋肉を震わせて振り抜く黒の鉤爪から、巨大な四本の氷の刃が大気を断ち斬りながら撃ち放たれた。


「キサマ、どうして笑えル……!」


 蒼蓮は胸の内に不快なものを感じた。

 即座に、迫る氷の刃へと砲口を向け、引き金を引く。


 ぶつかり合う氷の刃と豪炎の中心から起こる爆発が、空間の隅から隅にまで響き渡った。

 

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