第26話 スリスリと天使たちと絶望……







 

「インヴィス!!

 何でワタルを?!」


 悶絶する俺……突如現れたインヴィスに食って掛かるビスチェの声が聞こえるが、それどころではない。


「あの女は敵なのよ!!」


「違う!!

 女の敵が渉ちゃんなの!!」


「何を言っているの?!」


「だって渉ちゃんはイラちゃんのお尻にほっぺをスリスリしてもの凄く喜んでいたもん!!

 あれはどう考えてもエロイことしか考えてなかったよ!!」


















 ビスチェやイラベル含め、その場にいる人間の動きが止まった。


「渉ちゃん!!

 いくら殺しにかかってきているからって女の子のお尻に顔をうずめるのはいけないとお姉ちゃん思うな!!!」


「な、何を言っているんだインヴィス……」


「しらばっくれないで!!

 もの凄くいい笑顔だったところをきちんと見たんだよ!!」


 冷や汗が流れてくるが、俺は努めて冷静に言い返す。


「俺は……ビスチェにただ逃げてほしかっただけだ!」


「嘘つき!

 その割には不自然なほどイラちゃんのお尻でスリスリしてたじゃない!!」


「あの……ヴィス?

 あまり私のお尻でスリスリとかいわないで……」


「何で?!

 イラちゃんはお尻スリスリされたんでしょ?!」


「それはまぁ……確かにされたような気がしますが……くっ……」


 羞恥に耐えるようにイラベルが口をぎゅっと閉じる。




「これは罠だ!!

 俺がブサメンだからっていたずらに追い詰めようとしているだけの嫌がらせだ!!!

 どう考えても俺はその女に切られそうになったビスチェを助けるためにしがみ付いただけ……

 周りの人たちもそれを見ている!!

 どう見ても俺が無罪だということはゆるぎない!!」


 野次馬の視線が俺に同情的になる。


「ふーん、絶対なんだね?」


「お、おう、当たり前じゃないか!!」


 誰も俺の心の中なんてのぞけないだろう。

 胸を張って堂々とそんなことはないと言い放つ。


「普通ね……」


 インヴィスがゆっくりと周りにも聞かせるように話す。


「しがみ付いたら顔を押し付けることになる」


「ああ、その通りだ!」


「でもそうするとね?

 顔の片方にしがみ付いた時に赤いあとがつくんだよ?


 そしてスリスリしたときには、両頬こすれたような赤いあとがでるんだよ?」


「え?

 マジ?」


 俺は両頬を触る。


「どうやらマヌケは見つかったみたいね?」


「っ?!」


 冷や汗が流れる。


「私、渉ちゃんの両頬にあとがついているなんて一言も言ってないよね?

 何で両頬を触ったの?」


「い、いや……そんなことを言われると、思わず触るだろう?」


「ふーん……」


 野次馬たちもくるっと手のひらを返して、俺をセクハラ野郎と蔑みの目で見ている。


「……苦しい言い訳ね?」


 こいつどっちの味方なんだ?!

 思わずブチっと切れた。


「ああそうさ!

 俺はそこの女の尻を堪能したよ!!」


 もうこうなったら開き直ってやる!!


「だがそれがどうした?

 ビスチェを逃がそうと思ったのは間違いなく俺の意志だ!!」


「ワタル……」


「じゃあなんで渉ちゃんはお尻スリスリしたの?」


「当然だろう?

 俺は剣で切り殺されかけたんだぞ?

 どうせなら最期の瞬間は美人の尻を思いっきりスリスリして堪能したっていいだろう……しかも相手は俺を殺そうとしている女だぞ?!

 尻に顔をうずめて何が悪い?!」


「別に悪くないよ?」


『え?』


 そこに居る全員が戸惑った。


「だってイラちゃんはとても良い匂いするもん。

 いつまでもギュっとして嗅いでいたいもん!

 それにもの凄く体も柔らかいもん!!

 私だってイラちゃんのぷりぷりしたお尻にほっぺスリスリしたいもん!!」


「ヴィス……お願い……もう止めて……」


 か細い声がしたのでちらりと見ると、イラベルは羞恥で死にそうになっている。

 どう見ても顔を真っ赤にして涙を流しているしな!


 野次馬の男たちもイラベルを見てごくりと喉をならす。


「でもこんな白昼堂々とお尻スリスリすることないじゃない!

 幾らなんでも皆の前でお尻スリスリするなんて恥ずかしい真似したらイラちゃんが可哀そうだよ!!


 ほら!

 周りの男たちもいやらしい目でイラちゃんを見てる!!


 絶対帰ったら○○○〇〇〇ピ――――――だよ!!」

(注 全年齢作品に相応しくない表現がございましたので、自主規制しました)


 いや、公開セクハラしてるのはお前だぞ?


「確かにこんな街中で剣を抜いたイラちゃんも悪いよ?

 でも、イラちゃんのお尻スリスリだけじゃなく匂いもクンカクンカしてたよね?

 どういうことなの?」


「やだ……やだぁ……」


 とうとうイラベルが泣き出した。

 殺されかけたとはいえ、さすがに罪悪感が……浮かんでくるわけない!!


 どう考えても殺しにかかる方が悪いよね?

 殺しに来るなら殺される覚悟を持てって誰かも言ってるし、羞恥攻めされる覚悟を持つのも当然だよね!!


「ああ、非常に素晴らしいお尻だった……だがどう考えても殺しにかかってくる方が悪い!!

 人前でお尻スリスリが悪い?

 それは人前で俺を切り殺そうとしたこの女の自業自得だろう!!

 俺はビスチェを守ろうとしたし、その過程で偶然スリスリして気持ち良かっただけだ!!


 俺は全く悪くない!!」


 俺は自信を持ってそう言った。







「……そう……仕方ないわね。

 私が渉ちゃんをきちんと更生させてあげる」


「やれるものならやってみろ!!」


 しかし、俺とインヴィスの間にビスチェが割って入る。


「ダメよ!

 敵はワタルじゃないでしょ!?」


「でもビスちゃんを助けるのにかこつけてイラちゃんのお尻スリスリだよ!!

 いいのそれで?!」


「ぐっ……」


 あれぇ?

 なんでそんな葛藤しているのかなビスチェさん……?


「ビスちゃんもの凄く心配してたよね?

 でも心の中では渉ちゃんはイラちゃんのお尻に夢中だったんだよ!!

 目を覚まして!!」


「ぐっ……ぐぬぬっ……」


 涙を浮かべながらビスチェはプルプルしながらこちらを見ている。


「ビスチェ……」


「ワタル……」


 俺はお前を信じているぞ……






「ぐすっ……許せない……まだ殿方には触られたことが無かったのに……」


 イラベルのすすり泣く声が聞こえる。


「くっ……ぐっ……ふぅ……ラブル……アタカっ!!」


「うそおおおおぉん?!」


 親の仇みたいに睨んで俺を指さすのは止めなさい!!


カチャ


 イラベルも泣きながらこちらに剣を構える。


「おほほほほぉっ?!」


 まさかの1対3……


「グラトル……あんな女を泣かせるような男になっちゃダメですからね?」


「ぐるぅ」


 そしていつの間にか来ていたラストラとグラトル。

 まさかまさかの1対5……


「あいつ最低だな……」


「ホント女の敵よね……」


 まさかまさかの野次馬参戦で1対いっぱい?!


『ドナドナドーナードーナー』


 おいコーラスロックどもテメェら

 主人のピンチにドナドナ歌うな!!




「……っ?!」


 何時こいつらに処刑されるかと戦々恐々としているその時!


「だめええええっ!!」


 ちびっ子たちが俺の前に出てきた。


「わーちゃんいじめちゃだめ!」


 突如現れたエリックとパルナに、誰もが驚愕している。


「おい、二人とも何でここに来た?!

 逃げろ!!」


「やだ!」


「わーちゃんまもるの!」


 二人が泣き喚いて俺の前に立ちはだかり、イラベルたちを通せんぼする。


「わーちゃんはわるいひとじゃないもん!」


「違うのよ!

 わーちゃんはこのお姉ちゃんのお尻にほっぺスリスリした悪い男なのよ!」


 インヴィス止めてぇ!!

 子供の前でお尻スリスリとか言わないでぇ?!


「わーちゃんそんなことしないもん!

 おねえちゃんせんせいにいっかいもおしりスリスリしたことないもん!!」


 うひゃあああああっ?!

 エリックのその純粋な信頼が痛い!!?


「ぐふっ……」


 余りの罪悪感で膝をつく。


「むりやりおんなのひとをペタペタさわるのはわるいやつだっていったもん!

 わーちゃんわるいやつじゃないもん!」


「おえっ……」


 パルナの言葉に、Orzで吐き気に耐える。


「わーちゃん!

 くるしいの?!」


「だいじょうぶわーちゃん?!」


「ほら、エリックもパルナも、そこは危ないからこっちに来なさい!

 ワタルは悪いことしたって自覚があるから苦しんでるじゃない!!」


 ビスチェが叫ぶ。

 今はこういうのの尻……もとい罵りの方が気持ちいい……


「ちがうもん!

 ほんとうにわーちゃんがわるいやつなら、ベルちゃんが”めっ!”しにくるもん!!」


 パルナが手に持つ絵本を掲げる。


「うぐっ……」


 するとイラベルが胸を押さえて膝をつく。


『え?』


 突然の事に、俺たちはびっくりして声を上げる。


「イラちゃんどうしたの?!

 まさか魔法を使ったの?!

 その後遺症??!!

 体は大丈夫なの!!!?」


「な、何でもありませんっよヴィス!!?」





 何事もなかったように立ち上がるが、その一瞬のやり取りで閃いた。

 以前もこのような事があった……


 それに、あの時、テノンはなんて言っていた?!



『渉さん!

 彼女は憤怒の魔王イラベルです!!

 渉さんに敵意満々です!?

 逃げて下さい!!!』


 


『イラベルは魔王の中でも最強と呼ばれる存在です!!

 何で?

 数百年も自分の城の中に引きこもっていたのに……』





 そして俺はどんなことを考えていた?






 テノンが慌てて逃げろと言っているが、俺は彼女から目が離せなかった。


 何故か彼女を見ていると、酷く鳩尾みぞおちの辺りが重く感じる。

 

(あの女はダメだ!!)


 こちらの世界に来てから目にしてきた美人たちと遜色ないほど美しい女なのに、訳が分からないほど凄まじい不快感に襲われる。





 引き籠り……絵本……ベルちゃん……イラベル……イラ「ベル」……魔法……後遺症……


 



 もし……もしの話だ!

 あの絵本……「魔女っ子ベルちゃん 」が実際の事件を題材にしたものだったら?

 まさしく子供が好きそうな絵物語が掛かれていた。

 それも大人であればこっ恥ずかしくなるくらいなセリフ満載で……


 もし……本当にベルちゃんが存在し、成長する過程でふと正気に戻った時に、過去の発言を思い返してしまったとしたら……?


 そう、俺なら確実に引き籠る。


 イラベルは数百年城から出ずに引き籠った……そして今、インヴィスから魔法を使った後遺症という発言が出て、更にベルちゃんの絵本を見た瞬間、突然胸を押さえて苦しみだした……





 過去に俺も中二病を患っていた。

 そして不意に中二病から目が覚めた時、俺はしばらく部屋に引きこもった……


 数日後、当時よく通っていた中二病御用達のショップ「Beenz」で会った中二病患者どうしたちを見た瞬間、それまで仲が良かったはずなのに……何故だかすさまじい嫌悪感を感じたことがある……


 そして、イラベルを見た瞬間の嫌悪感と、イラベルの異常なまでの俺への敵意……


「なあ、インヴィス……」


「な、何?」


「イラベルは、魔法を使えるんだな?」


「う、うん」


「そして、今は魔法を使えない……いや、使わないんだな?」


「そ、そうだよ。

 なんか命の危険があるみたいな?」


「ヴィス!?」


 イラベルが慌ててインヴィスの名を叫ぶが、今ので理解した。


 この異様なまでの嫌悪感……これはほぼ間違いなく、日本でも感じた感情……つまり同族嫌悪だ!!

 なら、何の同族か?


 中二病だ!!

 今までの中に会ったヒントを合わせれば、間違いなくイラベルは中二病!?

 それならば会ったこともない俺に対して、いきなり敵意MAXな理由に説明がつく!!

(※ 渉の個人的見解です)


 そして、絵本になっている正義の味方、魔女っ娘ベルちゃん。


 決め台詞は「愛に勝るラブキュンなんて存在しないんだよ!!」のあのベルちゃん!!


 中二病から覚めれば、間違いなく悶絶必死のあのベルちゃん!!!


「こいつ本物ベルちゃんだあああああああっ!!!!?」


「~~~っ!!!?」


 突如叫んだ俺と、メチャクチャ動揺しているイラベル。


 

 あの悪を裁くベルちゃん?!

 俺、お尻スリスリ??!


 やだ!?

 パルナの言った通り、成敗されちゃう?!


 だが、生き残るチャンスだ!!

 奴が動揺しているこの隙に、起死回生の一手を!


 今俺が持つスキルは……


・アビスレイ

・ぐりゃうんどじぇりょ

・アカシックレコード


 アビスレイは恐らく避けられる。

 ぐりゃうんどじぇりょも同様だ……残るは……


「ぐっ……」



 赤面白書アカシックレコード……聖母神アルテの精神攻撃により、古の記憶ふういんが解かれたこと、そして世界の根源に触れたことにより習得。


 相手の恥ずかしい過去を、巨大スクリーンにて放送。

 通常時の10倍の精神ダメージを与える。


 使用者は、相手が受けた精神ダメージと同等のダメージを自らも負う。



 発動条件


・敵対する

・相手が殺意を持つ

・実際に攻撃を受ける

・何においても必ず勝つという覚悟を持つ


 副作用


・偶に自分の黒歴史悲しい記憶も流出する

 自分が受けた精神ダメージと同等のダメージが相手に入る。

・日常生活中に、不意に過去の過ち《恥ずかしい記憶》が蘇って悶絶する




 中二病罹患歴があれば確実に致命傷を与えられる……間違いなくこの現状を打破出来るだろう……しかし……


(使いたくねぇ……)


 間違いなく俺も致命傷を食らう?!

 だが、どのみちこのままでも女の敵認定された俺は……


ニィ……


『っ?!』


 その場にいる俺の敵たちは、突如笑みを浮かべた俺に何かを感じ後ずさる。


「ちょっと!

 ワタルのあの笑顔何?!」


「わ、分からないよ!

 イラちゃん何とかして!!」


「あ、あれは絶対よからぬことを考えています……っ!?」


「ぐ、ぐるぅ」


「グラトル、大丈夫、お姉ちゃんが守ってあげるからね!」


「みんなどうしたの?」


「わーちゃんいいこだってわかったの?」


 俺に背を向けているちびっこ二人は状況を把握出来ていないみたいだ。






「イラベル……」


「な、なんですかっ?!」


「引いてくれないか?」


「何故です?!」


「分かるだろう?

 これ以上追い詰められれば……俺は何をするか分からないぞ?」


「くっ……しかし、貴方を放っておくことは出来ません!!」


「頼む……俺もまだ死にたくはない……

 でも、これ以上は……どうせ死ぬなら諸共だ!

 だから、ヒイテクレ……」


「な、何で渉ちゃんは急に片言になったの?」


「それよりワタルの目が死んでいるわ!

 一体何があったの?!」




 死を覚悟した俺の感情はどんどんと凍り付き、あらゆる感覚が鈍っていく……


「サア、ヘントウハ?」


「出来ません。

 いざっ!!」


 問答無用でイラベルが切りかかってくる。


 俺はちびっこ二人の前に出て、やっぱり使うことになったかと絶望する。


赤面白書アカシックレコード……」


 そして、世界は光に包まれた。

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