第21話 ビスチェさんは〇が大嫌い!




 ここはディノーと言われる国の辺境の町、そこに聖女キャロルが居た。


「ようやくたどり着きましたね」


 彼女と共に来た聖騎士や聖女たちも、ようやく一息つけると安堵した。


 彼女たちが通ってきた道は、凶悪な魔物の住む樹海を突っ切って隣国まで行くルートで、心身ともに追い詰められながら、ようやく町に辿り着いた。


「ここまで長かったですね……ふふっ……さて、どうしてくれようかしら?」


 渉がこの国に居ると信じて、強行軍で移動してきた彼女は、渉を見つけたらどのように報復せっしようかと凶悪な笑みを浮かべる。








「さて、宿を見つけてからお昼ご飯を食べましょうか」


 そう言って、彼女たちは町中を歩く。


「??

 何かしらあの人だかりは……」


「……キャロル様、どうやら少女誘拐という凶悪犯が、大陸中の国で指名手配されたようです。

 ギルドを通じて、各街にその告知がされているようですね」


「……許せませんね……その娘が無事だといいのですが……」


 彼らは無垢な少女が被害にあったと聞き、渉を探すついでにその凶悪犯を裁こうと考え、その告知を見るために、人垣を進んでいった。


「なんて醜い面だ……」


「ああ、ゴブリンの親戚か?」


「なんて可愛らしい娘だ……まったく許せないぜ!!」



 住人たちの憤怒の声が聞こえる。


 よほど凶悪な顔の犯人らしい……


 そして、人垣の一番前に進み、貼ってあった紙を見る。


「これが誘拐……犯……」


 キャロルたちが見たのは、よく見知った男だった。



 見出しにはこう書いてある。


『世間が震撼?! マンボーの町で、白昼堂々の誘拐劇!!! 少女の安否はいかに?!!!』


 髪が何故か長くなっていたが、間違いなくその似顔絵は渉だった。


 不幸にも、本気のダッシュで、渉のサングラスはどこかに飛んでいったのだ……


 そして目撃者の中に、やたらと絵の上手い人間がいて、捜査に協力したため、大陸全国に渉の似顔絵が出回ってしまった。






 必死な思いをして、このディノー国に来たにもかかわらず、探し人の渉は実は国内に居た……

 キャロルの読みが盛大に外れたのだ。

 彼女に率いられて来た者達は、それはもう……気まずいなんてものではなかった……


「きゃ、キャロル様?

 お気を確かに!!」


 そしてそこには誰が見てもヤバいくらいニッコリした顔のキャロルが居た。


「そう……アトランディカ方面に逃げたのね……アハハハハハッ!!!」








―――――――――――――――――――――――――――







 一方その頃、渉と魔王とグラトルは、マンボーの町から相当離れた森の中に潜伏していた。


 あの事件からすでに2日が経っていた。


「グラちゃん、はい、あ~ん」


「ぐわぁ……モニュモニュ……」


 インヴィスは、数千年越しに出会えた弟に、もうメロメロだった。



「終わりだ……俺、誘拐犯……ブサメン、ロリコン、誘拐……役満揃っちまった……」


 誤解が誤解を招き、何故か誘拐犯になってしまった渉の精神は、既にヤバいことになっていた。


「おいちいでちゅか?」


「ぐるぁ!」


 仲睦まじい本当に幸せそうな姉弟きょうだいと、凶悪犯になってしまった渉……


 まさに天国と地獄が、僅か3mの距離で見られるという珍しい空間であった。


「誰?」


 最初にインヴィスが気が付いた。


 誰かがこちらに向かってくる。




「見つけたわよ渉!!!

 って……あなたどうしたのよ?」


 そこに居たのは、ビスチェだった。























―――――――――――――――――――――――――――








「違うんだ……俺はグラトルを取り返したかっただけなんだ……」


 顔か?

 顔の所為なのか?

 世の中の善悪は、顔面偏差値がモノを言うのか!!?


「大丈夫なの?」


 ふと気づけば目の前にビスチェが居て、心配そうに俺を見ている。


「だいぶ探したのよ?

 目撃情報と、アタカ達に空から捜索させて、ようやく見つけたと思ったら……」


「ビスチェエエエエエエエッ!!


「ひゃん?!

 こら、引っ付くなぁ!!」


「ぐへっ」


 容赦のない膝蹴りが脇腹を襲う……






「それで、この子は本当に魔王なの?」


 警戒心を露にしてインヴィスを睨むビスチェ。


「大丈夫よ?

 私に戦う気はないから」


 グラトルに頬ずりしながら、のんきに返事をするインヴィス。







「あ~、インヴィスだったか?

 俺達今から行くところあるんだけど……」


「私もついて行くよ?」


 グラトルをぎゅっと抱きしめる。

 彼からなんか潰れたカエルの様な声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。


「本当に大丈夫なの?」


「……」


 ビスチェが心配そうに聞いてくるが、俺だって心配だ。


 俺はメリットとデメリットを考える。




 メリット………………思いつかない……


「あ、そういえば渉、あなたなんか誘拐犯として指名手配されていたわよ?」


「私を連れて行くなら、何か言われたら誤解を解いてあげるよ??」



 メリット…誘拐犯の誤解を解いてくれる!!!!


 デメリット…養う金が無い……船代も無い……甲斐性が無い……


「私の能力で送ってあげられるよ?」


「これからよろしく頼む」


 俺は少女に対し、もの凄く頭を下げた。


「グラちゃん、もう離さないからね!」


「ぐるぅ……」


 







「それはいいけど、どうやって送るの?」


 やべっ、確認し忘れた。

 何か魔王だから全然疑問にも思わなかったよ。


「じゃあ、私のスキルを見せるね!

 因みにどこまで行くの?」


「……誰も俺の事を知らない、ずっと遠くの地にさ……」


「アトランディカよ、ここから歩いて南東に6日前後の国よ」


「いや、待て!!」


『??』


 グラトルも含めて、全員が俺を見つめる。


「アトランディカの北東、ヴィーナスだ!!」


「何でよ?」


 そんなもんキャロルが絶対嗅ぎ付けるからに決まってるだろう?


 ビスチェの言っていた指名手配というのは、冒険者ギルドがあるところならば、何かの道具で情報を共有出来るらしい。


 世界観にしては妙に発展した技術だが、常に魔物の脅威にさらされていたこの大陸では、魔術を使った技術により、地球とそん色ない技術がチラホラとあるのだ。


 恐らく、アトランディカにも手配書が出回っているはず。


 ならばヴィーナスも一緒じゃないか?


 違うのだ。


 ヴィーナスという国は、国土に対して人口が非常に少ない。

 

 ギルドは、ある一定以上の人口のいる街にしかないらしい。


 つまり、ギルドの無い町が多く、俺の手配書も出回っていない可能性が非常に高い!


 因みに、冒険者も少ないが、代わりに自警団がメチャクチャ強いらしい。


「という訳だ!」






「……」

「……」

「……ぐる」


 無言でこっちを見るのはやめてほしいなお嬢さん方……


「じゃあ、運んでくれるを呼ぶね?」


 そしてそのまま何もなかったかのように進めるなんて……





蟲の女王ジブリール


 そう口にすると、地面に魔法陣が生まれる。


 それにしてもジブリ―ルか……確かガブリエルの別名だったかな?


 でも俺的には大人なゲームが連想されるんだけど……ちなみに昔、某有名スタジオのシールが偽造された事件で、記事を読み間違える人が多くてネタにされていたな……


 俺も読み間違えたぜ……



 という訳で、しょうもないことを思い出していたら、魔法陣から大きな蟲が現れた。


「この子はヘラクレススカラーよ!

 ものすごく速いんだから!!」


 自慢げにインヴィスが胸を張る。


 が……


「いやあああああああああああっ???!!」


 ビスチェが発狂しました。


 うん、ビスチェが叫ばなければ俺が叫んでいたよ。


 だってものすごく大きなGだもん!!


 し、師匠?!!


「やだやだやだああああっ!!

 こんなのに乗りたくない!!!!」


 ビスチェが俺に抱き着いてくる。


 暑苦しい……


「え~」


 インヴィスが不満顔だ。

 結局ビスチェが泣き喚き続けたので、別の蟲を召喚することにした。


 次に出てきたのは、大きなカマキリだった。


「この子はタイタンマンティスよ。

 これならどう?」


「ぐす……これならいい……」


 余りにショックでツンデレさんは幼児退行したようです。


「抱っこして……」


 という訳でビスチェを抱っこしながらカマキリの背中に乗ることになった。

 因みになぜか向かい合わせで抱き着いてくる。


「あんまり見たくないもん……」


 どうやら虫が嫌いなようだ。


「可愛いのに……」


 インヴィスが頬を膨らませてグラトルを抱いている。


 なんだかんだ言いつつも、俺達は飛び立った。






 ビスチェがもの凄いギューッと抱いてくる。

 普段強気な女の子のこういう姿を見ると、なんかグッとくるな……

 なんかムラムラしてきた。


 村に着いたら即行宿の部屋に引きこもろう!


 ネタは新鮮だ……


 しかし、弱気なビスチェを見ると、嗜虐心が頭をもたげてくる。


「なぁ、ビスチェ」


「なぁに?」


 何故か舌足らずに……


「カマキリってさ」


「うん」


「Gの仲間だって知ってた?」


「???」


 ビスチェの動きが止まった。


 何を言われたのか理解できていないのだろう……

 あるいは理解することを頭が拒否しているのか?


「???

 ??????

 ~~~~~~っ???!!!!



 イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!」










 結局空の上で発狂したビスチェが理由で、何キロか先に村が見えた時点で降りた。

 多分この辺りはアトランディカの田舎だと思う。


 まあ、カマキリって飛ぶの下手だし、仕方ないね!


 ビスチェの泣き顔を見えたので、とりあえずプラスだ!


ガシッ


 もの凄い力で肩を掴まれた。


「わ~た~る~……」


 あらやだもう正気に戻ったの?

 泣き顔が戻りすぎてメチャクチャ笑顔だ。


 目が笑ってないし、光もないから、狂気に犯されていると思われる……


「ん~、ごめんなさい!」


「ダァメ♡」



 その後メチャクチャボコられた……





ツンツン


「渉ちゃん生きてる?」


「ぐるっ!

 ぐらっ!

 ぐらああっ!!」


 インヴィスにつつかれ、グラトルは必死に俺に声をかけ続ける。


「ふんっ、最低! 変態!! 人でなし!!!」


 ビスチェはご立腹だ。


 悪戯しすぎて女の子にポコポコ殴っていただく妄想を何度もしたことがあるが、現実はマジで命の危険がある危険な行為だということが分かった。

 読者よい子の皆はマネしないように……がくっ…………






―――――――――――――――――――――――










「ふ~……あの速さはとても厄介ですね……さすがは元守護聖霊。

 かつては神獣と言われた存在なだけは有ります」


 サードルの大地は、魔王同士の激突によって、見るも無残な光景となっていた。


「彼が戻ってこないうちに去りますか……」


 スぺラドは、一瞬のスキを突いたイラベルの一撃により、彼方まで吹き飛んでいった。

 その威力は、グラトルを討とうとした討伐軍の大半を蒸発させるほどの力だった。

 だがイラベルは、今の一撃でもスぺラドに大したダメージを与えているとはとても思えなかった。


 故に、このままこの大地を去ることにした。




「確か足裏に魔力を……出来ました。

 久しぶりなので不安でしたが、体は覚えていたみたいですね」


 彼女が立っていたのは崖の上で、一歩踏み出すと海に真っ逆さまに落ちてしまうようなところだった。


 本来は、大陸の中ほどで戦っていた彼等だが、戦いの余波により、十数キロに渡って大地が吹き飛び、海へと変わっていたからだ。


「さて、さっさと二人に追いつかなければいけませんね……ラスのお仕置きの余波で、無駄に被害が出ないようにしなければ……」


 イラベルは海上を駆け、ファース大陸に向けて進んだ。






―――――――――――――――――――――――――


「ようやくたどり着いたわ……

 本当にヴィスはおっちょこちょいなんだから……」


 インヴィスによって吹き飛ばされたラストラは、何とかファースまでたどり着いていた。


 彼女が降り立ったのはアトランディカと呼ばれる国であり、偶然にも近くに渉たちが来ていた。


 彼女との邂逅は近い。

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