第18話 流浪の渉(探さないでください)

 次話は明日の6時予定

 今回の話も辛い表現があります。





――――――――――――――――――――――――――――――――


 巨大なトンボ型の魔物、メガネーラがファース大陸に向けて海上を飛んでいた。

 そしてその背中には、魔王3人娘が優雅にお茶を楽しんでいた。



「暇だよぉ~」


「あらあら、ヴィス、ほっぺにお菓子がついているわよ」


「とってぇ~」


「ふふっ」


 ラストラと、インヴィスの姉妹が仲睦まじい光景を繰り広げ、イラベルがそれを見て微笑んでいる。

 巨大なトンボの凶悪な羽音が無ければ、実に絵になる光景だろう。


「ここはサードルの上空ですか……この速さならばあと1日と言ったところですね」


 それまで我慢しなさいと、イラベルは優しくたしなめる。


「だってぇ~……」


『っ?!』


 そんな緩い雰囲気が一瞬にして緊迫した空気に変わる。


「ギイイイイィィ」


 その数瞬後、なんとメガネーラが真っ二つになった。


 3人は空中に放り出される。


 が、彼女たちは魔王……高度2000mという高さから、落ちても何らダメージを受けず、むしろ着地したサードルの大地の方が砕け、地割れとクレーターが出来た。


「グルルルルルル」


 そして、彼女たちの前に現れたのは……


「スぺちゃん!!」


「スぺラド?!」


 三つ目の大神おおかみ、邪眼獣スぺラドだ。


 スぺラドはラストラとインヴィスを一瞥した後、イラベルに向かって唸る。


「ラス、ヴィス、ここは私に任せて行ってください」


「でもイラちゃん!!」


「彼は貴女たちに危害を加える気が無いようです。

 どうやら微かに記憶が残っている可能性がありますね?

 しかし、思考力は著しく低下しています。


 私達と違って、直接暗黒に触れたからでしょう……」


 邪気溢れるあの塊が、邪神の肉片かけらであることを知っているのは、この世界では、アルテとテノンと渉のみ。

 彼女たちは暗黒という名称で認識していた。


 そう、彼女たちは直接邪気には触れていない。

 世界が邪気に犯される過程で、間接的に侵され、魔王となったため、理性を保っているのだ。


「イラ、大丈夫なの?」


「ええ、それに貴女たちがいない方が、切り札を切りやすいですし、何より巻き込む心配がなくなります」


「そう……気を付けてね?」


 そういって、ラストラはスキルを使う。


植物の女王イグドラシル


 そして、何もなかったはずの空間に、一つの植物が生まれた。


 流浪人るろうにタンポポ


 戦闘力3000


 ラストラはタンポポの葉に乗り茎を掴むと、タンポポは浮き上がり、風に乗って飛んでいく。




「イラちゃん……」


「さあ、ヴィスも」


「うん……蟲の女王ジブリール


 同じようにインヴィスもスキルを使い、新たな虫が現れた。


 ヘラクレススカラー


 戦闘力84200


「行って!」


 そして、ヘラクレススカラーはサードルの地面に足を食い込ませ、音速を超えたダッシュをして空に飛び立つ。

 不幸なことに、その時の衝撃波により、ラストラの乗ったタンポポが明後日の方向に飛んでいった。


『あっ』

 

 思わずインヴィスとイラベルが声を出す。



「ヴィスのばかああああぁぁぁぁ……」


「ごめええええぇぇぇぇ……」


「……」

「……」


 二人はエコーを残し、サードルから飛び去って行った。

 残されたイラベルとスぺラドは、しばし呆気にとられる。



「ふぅ……ようやく二人が行きましたね。

 待っていていただきありがとうございます」


 そして、双方先ほどの事が無かったように戦意を高める。


「一応お聞きしますが、私は戦う気がありません。

 大人しく行かせていただけませんか?」


 じゃり……スぺラドは大地を踏みしめ、全身の筋肉に力を籠める。


「そうですか……ではこのイラベル。

 謹んでお相手いたします!」


 こうして、憤怒と傲慢の魔王が激突した。








―――――――――――――――――――――――――――――







「渉様?

 お加減はいかがですか?」


 アルトリアは何度も渉が止まる部屋のドアをノックする。


 何度も、何度も……


「渉様……申し訳……ありません……」


 良かれと思ってやったことだった。

 誰かと一緒に踊れると、はしゃいでしまったのも事実だ。


 だから、自分の所為で渉はケガをしたと自らを責め、こうして何度も渉の部屋に足を運んで許しを請おうとしていた。


 だが、何度も何度も無視されているようで、完全に嫌われたと……アルトリアの神と同じ藍色の瞳に涙が溜まっていく……


「アルトリア?!

 何故ここに!!」


「キャロル?

 渉様に謝ろうと……」


「身体は大丈夫なのですか?」


「はい、渉様の傍にいたからか、いつも以上に体調がいいです。

 むしろ今までの疲れが抜けているような……」


 そう頻繁にあることではないとはいえ、やはりアルテの力をその身に受ける神託は、アルトリアの体を徐々に蝕んでいた。

 しかしそのことを事前に聞いていた渉が、昨日アルトリアと会ったときに、彼女に回復魔法を密かに掛けていた。


 渉と会ったことで、精神が高揚していたアルトリアは気付かなかったが、渉の治療の為に一晩離れて休んだことにより、体調が回復していることに気が付いた。


「私は……渉様に嫌われてしまったようです……

 何度声をかけても、答えては下さいません……」


「アルトリア……」


 キャロルは歩き出し、渉の部屋のドアを強めにノックする。


「渉様、キャロルです。

 少しよろしいでしょうか?」


コンコンコンッ


 何度かノックし、声をかけ……を繰り返すと、


「蹴破ります。

 それが嫌ならさっさと開けてください」


「キャロル?!

 いけません!!」


 アルトリアはキャロルを止めようとするが、それよりも早くキャロルがドアを蹴破る。


『え?』


 だが、部屋には誰も居なかった。


「そんな……渉様?!」


「……」


 焦るアルトリアと、何処か目が据わっているキャロル……キャロルは机の上に置かれている物に気が付いた。


”旅に出ます。

 探さないでください。

         渉”


「ふふふっ……そう……そんなところまであいつに似ているの……」


「キャロル……?」


 長年の友人であるアルトリアでも引くような暗い笑みを、キャロルは浮かべていた。


「アルトリア、私は今から渉様を探します。

 ですので安心して聖域で休んでいてください……ホホホッ」


「ええ、でも……無茶はいけませんよ?」


 今のキャロルは危険!

 経験上アルトリアはそう判断し、聖域に避難していった。







 キャロルは前世の元彼を思い出す……なんであんな奴と付き合ったのか……思い返してみれば、そう思ってしまうほど、性格に難点のある男だった。 


 ある種のトラウマである。

 渉を見ると、そのトラウマが再発し、ついついあの時何も注意できずに後悔したことを思い出す為、いつも強く当たってしまう。


 そのことを反省し、あまり強く言うのは止めようとしたその矢先、渉の行動がまた彼女のトラウマを刺激してしまった。





「はい、渉様ですか?」


「ええ、そうです。

 あの方を見ませんでしたか?」


「今朝お会いしましたが……」


 ようやく見つけた渉の手掛かり、詳しく聞くことにするキャロル。


「地理を……ですか?」


「はい、ノワール国について非常に興味を持っているようでした」


 今現在キャロル達がいるこの国は、この聖都を中心にいくつかの都市をまとめて聖教国といい、ノワール国とは聖教国から見て南東にある。


 因みに北に行けば広大な樹海を挟みディノーという国がある。

 この樹海を通らないルートもあるが、そうするととてつもなく大回りになってしまう。

 しかし、この樹海は危険地帯として知られるため、一般的には大回りのルートを通ることになる。


「恐らく渉様が向かうとするならば、このノワールでしょう」



(いいえ、違う……これはただの小細工ね……)


 そう、一般的には平原を突き進むノワールに行くだろうと考える。

 事実この渉の目撃情報を持っていた聖騎士もそう考えた。


 しかし、キャロルは別の考えを持っていた。


(渉には拠点魔法がある)


 つまり、普通のルートでなくても、自分たちよりもはるかに快適な旅が可能……しかもその戦闘力は、魔王グラトル以上でもある。


 ならば、誰もが予想するであろうノワール行きではなく……


(ディノーに向かった可能性が高い)


 しかも、あえてノワールに興味がある様に印象付けるという姑息な手を使った思考誘導……




「貴方達の班はノワールに向かいなさい。

 私達の班はディノーに向かいます」


 そう宣言し、渉捜索隊は動き出した。


「フフフッ……本当に飽きない方ですね?」


 その場にいる教会関係者もつられてにっこり笑う。

 しかしそれはキャロルのその笑顔をみて”あ、これアカン奴ですわ……”と悟ったからだ。


 教会関係者の中で、密かにつけられている怒らせちゃいけないランキング上位常連(年1更新)なだけはある女の子……


 そしてキャロル自身は気付いていないが、今の彼女にはもはや渉しか見えていない。


 やったぞ渉!

 女の子を夢中にさせるなんて、お前の人生トップ3に入る快挙だ!!


 彼の身の安全を考慮しなければ……だが……






―――――――――――――――――――――――――――――




 と言った感じで、今頃キャロルはノワールかディノー……高確率でディノーに向かうはず!

 何故か彼女は俺の行動を先読みしている節があり、全てを見透かされているような恐怖がある。


 だが残念、俺はノワールよりさらに南東にあるアトランディカに向かっている。

 お前は裏を読んだつもりだろうが、俺はさらにその裏をかく!!


 そして何としてもこの国から離れてやるのだ!!


 理由は聖教国民が俺の事を勇者って言うからだ!!

 ほんと止めて、マジで心が痛いから……


 そして、隣国のノワールや、確率は低いがディノーも俺の風貌が伝わっている可能性がある……なので、拠点魔法で部屋に帰り、会社の飲み会で強制される一発芸用のパーティーグッズの中から、金髪のかつらを持ってきて装備している。


 更に陸路は使わず、海路からアトランディカに向かうわけだ……完璧すぎるだろう!


 あとはキャロルに会わないようにしなければな……もし再開したとしたら……ブルッ?!





 そんなわけで船旅の為に、国内の湾岸都市、マンボーに着いた。


 早速船着き場に行き、料金を聞く。

 何故なら今、俺は金を持っておらず、金策に走る必要がある。

 ならば、幾ら溜めるべきかを知っておくべきだ。


「すみませ~ん。

 アトランディカまで一人だと幾らですか?」


「アトランディカまでですね?

 料金はお一人様134000円となっております」


 次の出航は3日後の12時で、一応食事は出るが、パンとスープくらいらしい。


 アトランディカまで3週間の旅で、もし途中で大量に魚が捕れたらそれも料理に出されるが、たいていの客は、食料や飲料の持ち込みをしている様だ。


 冷蔵庫などはこの世界にはなく、魔術を使えるモノが氷を出して冷やすくらいしかできないので、基本的に日持ちのしないものは発展していないらしい……とキャロルが言っていた。


 の割には魔術があるため、ところどころ技術の発展具合の差が激しいな……



「まぁ、とりあえずは金を集めなければな……」


 俺には日本円に換算した金額で聞こえるが、こちらの物価から見てこの金額は、一般的な4人家族が2か月は暮らせる金額の様だ。

 つまり結構大金ってことだね。


 そして、売るのは娯楽作品において高値で売れる砂糖や塩とか香辛料だ。


 部屋に帰り、アルテにお願いし、1kgの砂糖を30袋ほど用意してもらった。

 あとは香辛料とか、色々と現代日本で揃いつつも、異世界では高値で売れそうなものをピックアップして、この街の店に売りつける予定だ。


 因みにグラトルはアルテと部屋にいるぞ!



 そんなわけで早速大きそうな店に……と思ったが、ここにも冒険者ギルドの様な商人のギルドってあるのかな。


 おしゃべりが好きそうなおばちゃんが露店で串を焼いていたので、小さい瓶詰めの塩と交換で情報をもらった。

 商人ギルドと思ったが、ここでは商売ギルドという名前らしい。

 商人だけではなく、職人などもここに登録している様だ。


 という訳で、商売ギルドに行き商品を買ってもらおうか……





「全部で130000円になりますが宜しいでしょうか?」


 あれぇれぇ?

 4000円足りないぞ?


「はい、お願いします……」


『当たり前だと思いますよ?

 調味料をそんなに高くして、権力者しか手が出せないなら、暴動がおこりますよ?

 むしろ、よくこの値段で買ってくれましたね。

 さすが母の事を進行している国の民なだけあります!!』


 テノンからのツッコミが入る。

 テノンのアルテ上げが止まらない……

 

 それとは反対に、俺はテンションがめっちゃ下がったまま商売ギルドを後にする。

 

 またアルテに頼むか?

 と思ったが、そういえばアルテは色々出しすぎたからしばらくは出せないって言ってたな……やっぱり個人消費するくらいでなければ、色々と調整するのが難しいらしい。


 具体的には地球の神様と色々手続きやらがあるみたいだ……そこは神様パワーで生み出すとかじゃないのね……


「マジどうしよう……」













――――――――――――――――――――――――――――――――














「離して!!」


「へへへ、良いじゃねぇか」


「楽しいことしようぜお嬢ちゃん」


「すぐに気持ち良くなるぜ?」


『ヒャハハハハハッ!!』


 とある港町の路地裏で、20歳前後の女性がガラの悪い男たちに取り囲まれていた。

 その女性の名はビスチェと言い、彼女こそが英雄と呼ばれる冒険者ブライの実の妹である。


 ブライと似た色合いの茜色のショートの髪に、気の強そうな吊り目の女性だ。


 彼女自身は自覚していないが、メリハリのついた身体をしており、服装はブラウスにホットパンツとストッキングにショートブーツと、短めの浅黄色のローブを羽織っている。


 そんな彼女が、治安の良くなさそうな、このような路地裏を移動していれば、絡まれるのは当然だろう……


「私は用事があるの!!」


 彼女はグラトルとの戦いで傷つき、今も昏睡状態の兄の為に表で出ないような治療薬を求めてここに来ていた。

 港町という交易盛んな街である。

 そこにはいろいろな商品が集まり、裏社会のオークションなどを通して売買される。


 今回、あらゆる病気やけがを治すという薬がオークションに出されるという情報を手に入れ、ビスチェはその会場を探しに、スラム街を中心として情報を集めていた。


「おっ?

 この女何か良いのを持ってやがるぜ!」


 そして、チンピラが目ざとく彼女の腰につるされた膨らんだ袋に目を付けた。


「あっ!

 返して!!」


 それは彼女の家に代々伝わる家宝の宝石であり、売れば一生遊んで暮らせるほどの価値があるものだった。

 ビスチェはそれを売って薬を手に入れて、兄を治療しようと考えていた。


「お嬢ちゃんには勿体ねぇ!!

 俺らが有効活用してやるよ!!」


 一人の男がビスチェを羽交い絞めにしようと背後に回った時、彼女の雰囲気が変わった。


「いい加減にしなさいこの屑ども!!」


 男たちを罵るビスチェ。


「あぁ?!

 何だとこのアマ!!」


 それに激昂するチンピラたち。


「ラブル、アタカ!!」


 すかさずビスチェがそう呼んだ時、彼女の周りに旋風つむじかぜが起き、それが徐々に大きくなって形作り、2羽の鳥が現れた。

 そう、彼女は精霊術士であり、現れた鳥は彼女の契約聖霊だ。


 その姿は鷹に酷似している。


「こいつらを蹴散らして!」


『ガァッ』

『ギャァ』


 ビスチェのその合図に、彼らはチンピラたちを蹂躙する。


「ありがとう」


 そう言って2羽を精霊界に送還した。

 ずっと召喚し続けるだけで、魔力を消費してしまうためだ。


 ビスチェは再度裏オークションの場所を探す。







「……あ、あのアマ……ゆるさねぇ……」


 彼女が去ったあと、チンピラはそう恨み言を漏らした……













「今日も見つからなかったわね……」


 あれからもいろいろな地域に足を運んだ。

 情報屋を何とか見つけることも出来た時もあったが、ついぞオークション会場を知ることは出来なかった。


 彼女は与り知らぬことだったが、裏オークションは基本的に犯罪組織が開催しているため、参加者もその関係者となる。


 精霊術士はその魔術の特殊さから、人の少ないところで修業をする。

 自然の中にこそ、精霊は存在するからだ。


 彼女も幼いころから田舎でずっと過ごしていたため、当然そのような組織とは関わり合いが無く、またブライも、そのような組織と対立する側だったので、仮に知っていたとしても、彼女が参加出来ることはなかっただろう……


 そして治療薬を探して数か月たち、年がとうに明け、気温も暖かくなってきたとき、悲劇が起こる。

 その時、ビスチェは再び港街に来ていた。


「見つけたぞ!!」


「??」


 振りむいた先には、ガラの悪い男が居た。

 どこかで見たことあるような?


「アニキ、あの女です」


 チンピラの横には2mは有ろうかという巨漢が腕を組んでいた。


「うちの子分どもが世話になったらしいな?」


「そんな大きな男の世話なんてしたことあったかしら?」


 ビスチェは今、T字路におり、元来た道にはチンピラとアニキと呼ばれる男、そして前からは何人かのチンピラが来ていた。


「……、っ!」


 そして、すかさず誰も来ていない路地に向けて走り出した。


「追え!!

 逃がすな!!」


 彼女は逃げる。

 何か月も毎日毎日、兄の為に動き、消耗したその体で……



「?!

 行き止まり!!」


「クハハッ、鬼ごっこは終わりか?」


 ビスチェはとうとう袋小路に追い込まれた。

 数十人の男が路地から出てくる。


「……しつこい男は嫌われるわよ?」


「嫌われても構わん。

 ただお前に俺達を嫌うことが出来る余裕はあるのか?

 ここに居る全員を相手にすれば多分その前に壊れるんじゃないか?」


 男たちが嫌悪感を抱くような下卑た顔をしている。


「あなたたちに出来るのかしら?

 痛いのが嫌なら大人しく帰ることをお勧めするわよ?」


「クックックッ、その生意気な態度をいつまでとれるかな!?」


「ラブル、アタカ!

 奴らを蹴散らしなさい!!」


 こうして、ビスチェはチンピラたちと事を構える。







……………………

…………………………

………………………………







 しかし多勢に無勢……

 しかも連日の探索で体力も気力も消耗しており、更に毎日のように男に囲まれるたびに撃退する日々……


 最初は優勢だったが、途中で魔力が切れ、精霊を行使出来なくなり、一気に形勢が逆転した。


 かなり疲労が溜まっている上に、やはり女であるビスチェは、男たちに無理やり組み敷かれる。


「いやっ、やめてっ!!」


 そして、彼女は蹂躙された。




 なまじ実力を持っていたことと、彼女の強気な性格から、兄のブライと行動するとき以外は基本的に一人で行動していたことも、今回の悲劇につながった。


「……」


 今の彼女は衰弱しきり、打ち捨てられていた。


「……おぇ……」


 そして、胃の中の猛烈な不快感の為に嘔吐したとき……


「ぁ……ぎ……っ……?!」


 運悪く喉に異物が詰まった。


(にい……さ……ん……)


 散々もがき苦しんだ後、ビスチェはこと切れる。


 やたらと暑い日の事だった。




 後日、彼女の知り合いの宿屋の店主が、ビスチェが戻らないことをギルドに報告、直ちに彼女たち兄妹と顔見知りの冒険者たちが手分けしてスラムを捜索する。


 そして、変わり果てた彼女の遺体を発見した。

 

 暑さが増してくる季節であったため、とてもひどい状態であった。








 時は流れ、ブライがこのことを知り、彼は報復のために動く。


 その手段は苛烈と言ってよく、時には拷問なども駆使して情報を集め、やがて実行したチンピラを残酷な手段で葬ったが、彼の復讐心は収まらなかった。


 その矛先は、チンピラたちの属する組織まで及び、やがて向かってくる者達を決して収まらない憎悪を持って蹂躙していった。












―――――――――――――――――――――――――――――――








『これが人類滅亡への始まりでした』


「つまり、今目の前で起こっていることが、その人類の滅亡の切っ掛けの一つということか……だが、今回はブライは無事に生き残って、今頃可愛い女の子たちと遊んでいるんじゃないか?

 

 あいつイケメンだし、シスコンの割にはそういうの好きだし!!」


『あの時は確かにブライの為でしたが、どうやら今回はたまたま行った先で、たまたま知り合った孤児院の先生が病気のようで、その治療薬を手に入れるためにこのようなとこまで来たようです』


 早い話が、ビスチェはケガ人だったり病人を放っておけない性格ってことか……強気な性格と言い、きっとツンデレなんだろう。




「離して!!」


「へへへ、良いじゃねぇか」


 という訳で、もしこれも人類滅亡の切っ掛けだったら悪いので、とりあえず介入するか……



「楽しいことしようぜお嬢ちゃん」


「すぐに気持ち良くなるぜ?」


『ヒャハハハハハッ!!』




「悪い子はいねぇがあああ!!!」


『?!』


 ビスチェもチンピラたちもこちらを振り向く。


 そこにはなまはげのお面をかぶった俺が居た。


「だ、誰だテメェは??!」


「正義の味方です」


 正義……?

 とビスチェが呟いていたのが聞こえたが無視する。


「悪い奴はオデが成敗してぐれる!!

 反省して有り金全部置いていったら見逃すド~!!」


 正義の味方……?

 とビスチェがまた呟いていたのが聞こえたが、俺もまた無視する。


「ば、馬鹿じゃねぇのかテメェ?!」


「何だオラやんのかコラ!!」


「ヤベェよこいつ!

 逃げようぜ!!」


 どことなくへっぴり腰のチンピラたち……逃がすか大事な金づるめ!!


「金を出さなきゃぶっ殺すって言っとるだどぉ!!!」


 強盗……?

 ビスチェさんはどうも俺を悪者にしたいようだが、俺はただ貴女を助けたいだけなんだ……


「構わねぇ、やっちまえ!!」


『うおぉぉぉぉっ!!!』


 声を出しながら全員で突っ込んでくるチンピラたち……遅い!!


「アナゴさん!

 奴らを懲らしめてやるんだど!!」


 そしてパーッと光の玉が俺の前に現れ、何故か帽子とコートを纏ったアナゴさんが出てくる。


「ゴブゥ」


 相変わらずダンディーな声……


「精霊?!

 ……いいえ、違う!!

 この存在感の濃さは……まさか聖霊?!」


 アナゴさんがチンピラの相手をしてくれている間、俺はビスチェの元に行く。

 何故か彼女がビクッとしていたが、次の瞬間には親の仇を見るような目でこっちを睨みつけてくる。


「な、何よ!!」


「ケガはながっだが?」


 なんか怖がられているので、俺は優しいよアピールをする。


「え、えぇ……」


 でもやっぱり警戒していて、なんか臨戦態勢に入っていない?


『ぎゃあああああっ?!!』


 あっちは片付いたようだ。


「さっさとこっから逃げるだ」


 最初になまはげっぽいことがを使ったから、そのまま来たが、普段使わない言葉だからかメチャクチャ言いにくくて、自分で何言ってんのか分かんなくなるな……


「だ、駄目よ。

私はここに用があるの!」


 こっちを睨んでビスチェが言う。


「駄目だ」


「なんでよ?!」


 とりあえず噛みついてみました的な感じで言って、あって感じで恐る恐る俺を見るのは止めて!

 結構傷つくから!!


「あいづらは犯罪組織の末端だどしっでだが?」


 とりあえず鼻声っぽく喋ればそれらしくはなるだろう。


「え……いいえ、知らなかったわ」


「下手に撃退してじまうど、更にわらわら湧いでぐる。

 面子ってもんがあっがらな、おめぇさん一人じゃ危ないど」


「わ、私なら平気よ!!」


「仮におめぇさんが平気でも、規模が大きくなっだら巻き込まれる市民も出てくるかもしれん。

 そうなったらおめぇさん、責任取れんのが?」


「うっ……」


「だったら、もう何人かで行動じろ。

 こんな別嬪さん一人なら男は放っておがんがらな」


「そ、そんな……別嬪って……私、髪短いし、女らしくないし……」


 頬を赤らめてクネクネする。


 うーん……漫画とかならともかく、実際に見ると大丈夫かこいつみたいになるな……


「なら、今日は帰れ。

 何人かで固まってれば、何かを探すのも効率がいいじ、余計なトラブルも寄ってこん。

 おめぇさんに何かあっだら、家族も悲しむど?」


「っ……

 分かったわ、今日は帰ります。

 ……あ、後、助けてくれて……ありがと……」


 俺はうんうんと頷いて、スッキリしているアナゴさんに、彼女を表通りまで送ってもらうことにする。


「じゃあな。

 気を付けで帰るんだぞ」


「ええ、あ……あなたの名前を教えて?」


 ビスチェが上目遣いに名前を聞いてくる。


「なまはげだ」


「なまはげ……分かったわ。

 今日は本当にありがとう!」


 こうして、アナゴさんに連れられてビスチェは帰っていった。

 これで彼女が襲われるようなことはないだろう……








 と俺は思っていたんだ……

 その時の俺は知る由もなかった……いや、失念していたんだ……



 性癖というのは、時には理性をマウントを取ってボコった挙句、トドメのバックドロップで完膚なきまでにボロボロにしてしまうことを……








―――――――――――――――――――――――――――――









 今日、私は精霊界で流行りのファッションを決め、優雅にお茶をしていた時、久しぶりに呼び出された。


「アナゴさん!

 奴らを懲らしめてやるんだど!!」


 マスターが何故か仮面を付け、鼻声になっていたが、久々に鎧に覆われていない尻が目の前にあった。


 私は本能の赴くまま、目の前のひょうてきに指を突っ込み、心地いい音色を引き出す。


「ゴブゥ(〇×▽■●÷△◇アビス・レイ)」


『ぎゃあああああっ?!!』


 今日の出来は30点ほどだ……納得は出来ないが、久々に少し満たされた。

 事が終わると、マスターから女性を歩いて10分ほどの大通りまで案内するように言われた。


 女性がマスターに挨拶をし、私達は歩き出す。


 その時私は見てしまった!


(鎧で守られていない……女の尻っ??!!!)


 だが、マスターからは既に魔力と尻を与えられているため、彼女の護衛を果たさなくてはいけない……

 しかし、目の前にはようやく表れた女の尻があった。


 そして、マスターにお辞儀をしている時に見てしまったのだ……

 外套越しに見える臀部の( 三 )パツンパツン具合を……


 私は悩んだ。

 理性と尻を求める本能の狭間で……


 そうして悩む中、もうすぐ大通りというところで、彼女は礼を言ってきた。


「ここまでありがとう。

 あなたのマスター……なまはげにもよろしく伝えてね?

 それじゃあね」


 はにかみながら手を振って大通りの方に向かう女……歩くたびに左右に揺れる尻が私の理性を溶かす……


 このままだと、折角の尻が……


 その時、私の中の悪魔がささやく……


「おいおい、折角の尻が目の前にあるんだぜ?」


(だが、私はマスターから報酬を既に受け取っているのだ!

 だから彼女を無事に送り届けなくてはいけない!!)


「もう、送り届けたじゃないか。

 あと10歩もすれば大通りだ」


(しかしっ!!?)


「それにあの娘も言ってただろう?

 ”ここまでありがとう”と、そして”それじゃあね”と……ならもう依頼は完了しているんだよ。

 後は、言葉にしなくてもわかるだろう?」


 その言葉は猛毒のように私の体中に行き渡り、私を痺れさせた。


(そうだな……もう、依頼は完了しているな……)


「ああ、それなら……」


 私は彼女のぷりぷりした尻を見る。

 そして……


「ゴブゥ(〇×▽■●÷△◇アビス・レイ)」

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