第15話 悪夢(渉視点)
15 悪夢(渉視点)
コーラスロックやロックロック達の音楽の引き出しは多い。
アルテノンの音楽であろう、聞いたことのない曲も多いが、何故か地球の音楽も習得していた。
そして、彼らの歌声を聞いた者は、彼らが満足するまで体が勝手に踊り続けてしまう。
それこそ何週間とも……その間、踊っている者は体力も減らないし、眠気も空腹感も他の生理現象ですら微塵も湧かないという驚異の効果を発揮している。
定番のフォークダンスの曲も、何度も聞いた。
落ちてくる色んな形のブロックを消すゲームでお馴染みのコロブチカ。
ホップステップで進むジェンカ。
手を繋いでクルクル回って移動するマイムマイム。
同じくクルクル回るバージニア・リール。
それを疲れることもなく何週間もぶっ続けで踊るのだ……キャロルたち女性隊員と手を繋げた男どものあのだらしない顔……実に嘆かわしい……
最初は敵対的だった魔物達と手を繋ぐ討伐軍たちを見ると、これが種族を超えた友情かと、一種の感動さえ沸き起こる……
だが、一つだけ大問題がある。
何が言いたいかというと、数万人の討伐軍と1000体にも上る魔物たちと共に踊っているはずなのに、数週間俺は誰とも手を繋いで踊ってはいないのだ……
つまり……俺は異世界でもボッチだ!!
皆が一緒に踊っている中、俺だけ先頭で盆踊りだよ!!
『どっこいしょ~どっこいしょっ!!』
そして現在、漁師の動きを表す伝統的な日本の踊りを皆で踊っている。
やっと皆で一緒の踊りを出来るようになった。
『どっこいしょ~どっこいしょっ!!』
ただし手を繋ぐことはないがな!!
(注 渉はずっと一人で踊っていた反動で、人肌恋しくなっており、誰かと手を繋ぎたいと思っています。)
ダンスの特性上、最も効率良く異動出来るのは、皆で列を作ってピョンピョン飛び跳ねながら移動するジェンカだ。
前の人の肩に手をのせてホップステップで進む。
だが俺の肩に手を置く者はいない!!
これのお陰で1週間ばかりで外界の半ばまで移動できたのは良かった。
しかし、今現在は前方にほぼ移動することのないこの踊りの所為で、外界の出口付近で4日ほどずっと佇んでいる。
「ふえええぇぇ~……」
いくら一人で生きていくと決めた
「ぐるぅ」
そんな心が折れかかっている時に、俺の頭の上に何かが乗った……そう、グラトルだ。
この小さな相棒の脇に手を入れて目の前に持ってくる。
「がうっ」
一緒に踊ろうと言わんばかりの目をしていたが、数週間一人で踊り続けて荒んだ俺は、こう言ってしまった。
「い、今まで俺を放っておいたくせに!」
だがグラトルは……
「がうがうきゅっ!」
大切なのは、今からだろうと……胸にキュンと来るような(多分)男前な返事をした。
「グラ……竜ちゃん……」
いけない……他の人間が居るところでは、グラトル改め竜ちゃんと呼ぶことにしたんだった……
「ぐるぅがうっ」
「ああ、一緒に踊ろう!」
そしてとうとう俺も、誰かと一緒に手を繋いで皆の輪の中に入れるようになった。
―――――――――――――――――――――――――――
大陸ファースから少し離れた海の上で、とあるワイバーンが飛んでいた。
(人のいない大陸はどこだ……)
もとはファース山脈に生息していたこのワイバーンだが、不気味な動きをする
ならばと別の大陸を目指すことにした。
(兄者もこのような気持ちだったのか……)
魔王グラトルを例外として、ファースの中の食物連鎖の頂点に位置するワイバーン……その中でも最も強いとされた彼の兄は、ある時、唐突に姿を消した。
(人のいない土地で今度こそは……)
己が必ず生態系の頂点に上り詰める。
そう意気込んだが、突如彼の視界が暗くなる。
(なんだ?
急に陰ってきた?
雲が出てき……っ?!)
「ギャオオオオオッ?!」
そこに居たのは、魔王アケトロだった。
驚きの咆哮を上げた瞬間、ワイバーンはアケトロの足に握りしめられて、身動きが取れなくなった。
そして、アケトロが目指すのはファースの方向だ。
(嫌だっ!
あの大陸には戻りたくない!!)
必死に抵抗するが、アケトロに対してワイバーンはあまりにも非力だった……
今日もアケトロはセーベルの大迷宮に放り込む生き物を探していた。
そして、
「……」
この大陸に来ると、とうにすり減って無くなったと思った感情が蘇ってくる気がした。
邪神の邪気に犯されたアケトロは、以前の記憶の大半を思い出せなくなっており、自分が何故セーベルに居るのかすら分からない。
ただただ無心に大迷宮に放り込む生物を探す。
その時だけは、怠惰の魔王と呼ばれる彼も積極的に動くのだ。
「?」
アケトロは人類の気配を察知した。
それも膨大な数が居る。
彼はその場に向かう。
「クエッ?」
あれか?
と数十キロも先から渉たちを見つけ、飛翔速度が上がる。
「っ?!」
渉たちにはよく見てもまだ豆粒程度にしか確認できない距離だが、アケトロからは大軍をしっかりと確認できた。
当然、その先頭で人間と踊っている者も……
「グルルルッ???」
それは小さな竜だった。
まだ生まれたばかりだろう……いつものように捕獲して、セーベルに連れていくだけ……だが……
「クワアアアアァッ」
久しく生まれた様々な感情……何故このような歓喜と悲しさを覚えるのか分からないが、あの小さな竜を見ていると、失くしたはずの大切なモノが見つかったような、そんな思いが溢れてきた。
だから、アケトロはセーベルに引き返す為、その場を去った。
―――――――――――――――――――――――――――
ヴィイイイイイイイン
そんな羽音を鳴らしながら、10tトラック程の巨大なトンボ型の魔物が海の上を飛んでいた。
メガネーラ
戦闘力110000
4対の羽は、秒間3000回も羽ばたき、またその鋭さは、鋼鉄すらバターのように切り裂くという恐ろしい大型の昆虫型魔物だ。
そのメガネーラの背には、魔王が3人……
色欲の魔王ラストラ、嫉妬の魔王インヴィス、憤怒の魔王イラベルだ。
「ラス……どうですか?」
恐らく、この世界で一番情報収集能力の高いラストラに、イラベルが問いかける。
「だめね。
海の上では、私の能力は使えないの」
彼女たちは、グラトルを倒した
復讐、怨嗟、そして……様々な目的の元、彼女たちはファースを目指す。
「あ、トロちゃん……」
ラストラとイラベルがそんな会話をしている時、インヴィスが遥か彼方を飛ぶアケトロを見つける。
「……」
遥か昔……人類が何百世代も代わるほどの時を経て、久しぶりに目にするかつての仲間……
一瞬、アケトロと目があった気がしたが、彼らは交わることなくそれぞれの目的地に飛ぶ。
もしあの頃に戻れたら……そんな思いがインヴィスに生まれるが、無理な事だと諦める。
出来るならば、これほど長い間、アケトロやスぺラドと会わないように気を付けてはいないのだから……
彼女たちが渉と出会うまで、あともう少し……
―――――――――――――――――――――――――――
「何だあれは?!」
その日、アルテを崇める聖母教会の総本山がある聖都に、妙な集団が現れた。
その時、見張りについていた兵士はこう話す。
「大量の魔物と、魔王討伐軍が踊りながらこの聖都を目指していたんだ。
会ったことはないが、あの光景は魔王と対峙するよりも遥かに恐怖を感じることだろう……」
だが安心してほしい。
渉たちはただ楽しく踊っているだけなのだから。
当然渉たちを止めようと、警備部隊が聖都の大門が、コーラスロック達の歌声を聞いて身体の自由が利かなくなる。
「うおおおおおおおおおっ?!」
「身体が勝手にぃっ??!」
聖都を守る使命を帯びた彼らは慟哭した。
なす術なく体を操られる。
そして見える限り、その集団には聖女キャロルや、英雄ブライなども居たことが絶望感をさらに掻き立てる。
「まさか魔王討伐は失敗?!
報復に討伐軍を丸々操って攻め入ってきたのか??!」
後に、警備部隊長はこう語る。
「聖女様や英雄を含めた数万の軍勢から生徒を守ることは絶望的に思えた……
急いで門を閉めて、少しでも住人たちを逃がすための時間を稼ごうとしたが、体が勝手に動いて、絞めたはずの大門を開けようと体が勝手に動いてしまったんだ……
本当に絶望したよ……しかし実際には違った。
あれはまさに神の御導き……”光の”勇者様が、討伐軍を守り、人類の敵であったはずの魔物と友誼を交わすことが出来ると……この世界の常識を覆す、まさに神話が出来るその瞬間に、我らは立ち会えたのだ!」
そう言って部隊長は大聖堂に向かって膝をつき、祈りを捧げた……
これが後の歴史で語られる『光の勇者の降臨』である……
―――――――――――――――――――――――――――
「ちょ?!
お前らいい加減に止まれ!!」
渉は焦る。
とうとう聖都が見えてきたからだ。
本来の予定では、ファース山脈を越えたところで普通に移動していくはずだった。
ところが、数万人もの聴衆を得て、数週間も歌い続けたコーラスロック達は、ノリにノって未だに歌い続ける。
そしてそのままとうとう聖都まで残り10kmというところまで来てしまったのだ。
「ほら!!
なんか聖都からいっぱい兵士が出てきたし!!
なんか戦う気満々だし!!」
近くに居たコーラスロックに声をかける。
すると、やたらと凛々しい顔をしたそのロックは、今まで以上に大きなテノールボイスを出し、なんと数キロ先に展開する部隊を操ってしまった。
「何してんのテメェ?!」
ふぅ……と、やり切った顔を見せる凛々しいコーラスロック……
そして別の問題が出てくる。
「おい、このままじゃあの閉じた門にぶつかるから、もう歌は止めろ!!」
この凛々しい奴じゃ話にならないと、やたらと可愛らしい顔つきのコーラスロックに話しかける。
そいつは、「うん、頑張る!」と言わんばかりに頷き、奇麗なソプラノボイスを出す。
すると、操られていた聖都の部隊が城壁の大門を開けた。
「どう? これで良い?」と、褒めて褒めてと目を輝かせて俺を見る可愛らしいコーラスロック……
だが、渉は戦慄する。
そう……あることに気づいてしまったのだ……それは……”この世界の人間は信心深すぎる”という事実に……
アルテの案によって、大聖堂で一気に魔物達と契約する。
それは構わない。
何故なら渉にとって、この魔物達は既に友なのだから。
だが、聖霊契約の時、もの凄い光が全身を包む……なら精霊は?
恐らく包むだろう……それが1000体……しかも場所は大聖堂……民衆の反応は?
実に嫌な予感がしてならない。
だから渉は、何とかキャロルたちに手伝ってもらって、夜間に聖都に入って、住人が寝静まっている夜間に契約をしたいと考えた。
しかし誤算が生じる。
ロック達がノリノリなのだ……
疲れはないが、数週間……いや、一月以上もの間、何の手も打てずにとうとう聖都まで来てしまった……しかも真昼間にっ!?
「ヤベェ……ヤベェよ……」
渉は焦る。
住人の目が多くある真昼間に、俺達が入った後、恐らく眩い光が大聖堂に満ちるだろう……
それは非常にマズイ。
町全体で拝まれかねない……
「頼む、お前ら止まってくれぇ!!」
俺は近くに居たロック達に懇願するが、ノリにノっているロック達は聞こえないとばかりに歌い続ける。
そしてとうとう聖都に入ってしまった。
『うわあああああ、魔物だああああぁ?!』
『待て! キャロル様たちがいるぞ?』
『討伐軍が魔物と一緒になって笑顔で手を振っている?』
『なら魔王討伐は成功したのか?』
『警備隊も素直に通したから、敵の手に落ちたということはないだろうけど……』
『おい、見てみろよ。
あの先頭に進む御仁は……』
『なんて存在感……まさかあの方が巫女様に予言された勇者様?』
『何だって?!
あの方が勇者様だって』
『勇者様? 勇者様! 勇者様ああああああっ!!!!』
いやあああああああああっ???!!!
聖都全体でまさかの勇者コール?!
グラトル改め竜ちゃんも、笑顔でその小さな手を振っている。
後ろを見ると、キャロルやブライたち討伐軍もだ。
『勇者! 勇者! 勇者!!』
やめてええええええっ!!!?
数十万にも及ぶ勇者コールの所為で、既に羞恥心で涙が溢れる。
『おおおおっ、勇者様が泣いてらっしゃる……余程辛い戦いだったんだ……みんなもっと声をあげてあの方を称えるんだ!』
『俺達に出来るのは、あの勇士たちを労うことだけ……せめて喉が潰れるまで称えようぜ!!』
『うわあああああああっ!!
勇者! 勇者!! 勇者!!!』
もう殺せよおおおおっ!!!
羞恥責めの中、とうとう大聖堂が見えた。
大聖堂の扉の両脇に立つ衛兵が、笑顔で扉を開ける。
『ようこそ勇者様!!』
そんな笑顔は要らねえぇよおおおおっ!!!!
とうとう俺達は大聖堂の敷地に入っていく。
「渉様、我々はこのままこの広場でお待ちしておりますわ」
まさかの聖女が俺を突き放した。
『勇者様が一人で大聖堂に入っていくぞ?』
『いや、魔物達も一緒だ……』
マジでやめてええええっ???!!!
みんな俺一人に大注目。
コーラスロックの歌声が、メチャクチャ荘厳な雰囲気を作り出す。
そして、俺は一人で大聖堂の講堂に入り……
『渉さん、今すぐに精霊契約を結びますね!!』
講堂内にアルテの声が響く。
『おお……聖母神様……』
いつの間にか、講堂の扉の所に居た一人のなんか豪華な服を着たおっさんが急に跪いた。
するとそれを見たキャロルたち討伐軍や、住民たちも跪いて、胸の前で両手を握る。
『それでは精霊契約を始めます』
「アルテ頼む待って!!」
しかし俺の声はガン無視され、魔物達の体が光る。
「あ、これもう無理だ……」
そして、俺はもう……すべてを諦めた。
―――――――――――――――――――――――――――
1000にも及ぶ光の帯が、俺どころか大聖堂を包む……
『ああ……なんて神々しい光なの……』
『奇跡じゃ……今目の前で奇跡が起きたんじゃ……』
信心深い住人達は感動で涙を流し、神に感謝の祈りを捧げる。
『光の勇者様……』
とある小さな子供がそう呟く。
『光の勇者様……まさに光の勇者様だ!!』
その呼び名があっという間に十人の間に伝播する。
『勇者様!! 光の勇者様万歳!!』
そのあまりの勇者コールに、キャロルは顔を引き攣らせる。
「わ、私たち討伐軍は言っていませんよ……?」
勇者呼ばわりしないという約束を守っている。
キャロルは約束をきちんと守る女の子なのだ。
そして、約10分にもわたる光が収まり、聖都中が”光の勇者”コールに包まれている時、講堂の中で渉は倒れていた。
「これは現実じゃない……これは夢なんだ……」
住人たちにとっては神話の一幕……だが、渉にとっては……
「目が覚めたら、この悪夢も終わっているかな……」
涙を流しながら、
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