第10話 だから勇者じゃないって言ってんだろ! ねぇ、お願いだから聞いて……
「さて、アルテさんや……」
「何ですか渉さん?」
「そのノート……どこで手に入れた?」
俺は今、戦慄している。
このノートは、俺が中学時代に生み出してしまった禁書なのである。
成人前に正気に戻り、
それがアルテの懐から取り出された……
「これは
ちょっとドヤ顔の可愛いアルテ……殴りたいこの笑顔っ!
「な、何故そのノートを取り寄せたのかな?」
俺は顔が引きつるのが分かりつつも、なるべく笑顔で問いかけた。
「ワタシ考えたんです。
何にも関係ない渉さんが、私達の為に命を懸けてくれる……
なら少しでも恩返ししたいと思いました」
「いや、きちんと報酬はもらうし……」
「でも私の気はそれでは収まりません!
だから、世界記録に問い合わせました」
「な、何をかな……?」
「渉さんの喜びそうなものです。
それで出てきた答えが、渉さんの夢を描いたこの書物でした……」
そう言ってアルテは大事そうに胸に抱える。
「よし、それをこっちに渡せ。
そんなことしなくても十分よくしてもらってるから」
「い、いやです!
渉さんにきちんと恩返ししなければ、私の気が済みません!」
何故かやたらと頑なに拒否する女神……
力尽くで奪いたいが、「めっ」ってされるとマジで殺されかけるから、うかつには手を出せない……
「……」
「……うぅ~」
アルテが涙目で抗議してくる。
こうなれば、正直に話して辞めてもらうしかないな。
「アルテ、実はそれ……」
そして、世界には黒歴史というものが存在することを教えた。
「そ、そんな……」
こうして、アルテには思い出したくない過去があるということを知ってもらった。
最初はいまいちピンとこなかったアルテに、何億回も世界の救済を失敗したときに胸が痛くならなかったのか?と、なんであの時こうしなかったのだろうか?と言ったことはなかったかと聞き、黒歴史も今は思い出したくもない過去の失敗なのだということを丁寧に伝えた。
「わ、私……渉さんにそんな酷いことを……」
目茶苦茶落ち込んでいるが、これでひとまず俺の精神の安定が守られるのは間違いないだろう。
「私……もう、生きていけない……」
ん?
「渉さん、恩を仇で返したこの罪……命を持って償います」
そう言って、手にやたらと尖った先鋭的なデザインの刃物っぽいアクセサリーが握られていた。
「
アルテがさようならと言いながら、頭をそらして首にブスッと刺そうとしたところで、俺は慌てて止めに入る。
「ちょっ、アルテ!
落ち着け!」
「離してください!
こんな私なんて死んだほうがいいんですっ!」
「いやいやっ、そんなことで死なれたら俺が耐えられないからっ!?」
アルテの華奢な体に抱き着くかたちで、普段なら役得だろうが、手に持つ毒付きアクセサリーが、万が一にも俺を切りつけることが無いように気を張っているため、まったく楽しめなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「ひゅーっ、ひゅーっ、ひゅーっ……」
俺達は疲れ果てて、座り込んでいた。
ごめん嘘、俺は喘鳴音を響かせて倒れこんでいる。
伊達に女神はやっていないらしく、意外とアルテさんは剛力だったのだ。
きっとそうに違いない、俺が弱すぎることはないはずだ……
ちなみにアクセサリーは没収済みだから安心だよ!
「兎に角!
今後はこういうことはしないこと!
あと気軽に自害とかしないようにね」
「……ごめんなさい……」
はぁ、これで落ち着いてくれるといいんだが……
「次は英雄王の方にします……」
「お願いしますから止めてくださいっ!」
その後、何とかアルテを説得し、俺の黒歴史は封印されたのであった。
多分、きっと、メイビー……
「それはそうと渉さん」
「ん?
何だ?」
「戻らなくてよいのですか?」
「……確かに昼間っから引き籠るのはあれだと思うが、今戻れば確実に討伐軍と顔を合わせてしまうからね」
「それはそうですけど……
「うそぉん?」
こうして、戻りたくないけども戻らなければいけないという事態に陥った……
まず戻るときに周りを確認する窓が現れる。
これはアルテノン側からは見れない。
だから、これで身の安全を確保してから戻ることになる。
「誰も居ませんね?
あ、討伐軍の人いた……」
なんか白くてキラキラ輝く髪を持った女の子と、ごつい男が辺りをキョロキョロと見ていた。
絶対に討伐軍の偉いさんだよね……というか、この二人先頭に立っていたし。
早くどっか行ってくれないかな?
しばらくすると、二人がこの場から離れていった。
「今だ……」
俺はこっそりと拠点から出て、忍び足でその場を離れる。
要は見つからなければいいんですよ……あとは彼らより早くカズヤたちと合流して離れるのみ!
当初の予定では討伐軍と組んでグラトルに挑む予定だったが、結局一人で倒したため、彼らと一緒に行動する必要はもうないだろう。
「勇者コール……あれが俺達の仲を引き裂いた……」
29にもなって、現実で勇者なんて言われた日には、全身がむず痒くなって喉を掻きむしるかもしれない……
「勇者様っ」
即行で見つかりました。
「え、日本人……」
「ん?」
今この女の人、日本人って言った?
「……」
女性がこちらに歩いてくる。
アルテから聞いていたキャロルという聖女だろうか?
3mほど手前で彼女は立ち止まる。
頭一つ分くらい小さいから、160あるかないかくらいの身長か……これで全身鎧着てるとか、きっとアルテと同じで力持ちなんだろう。
「貴方が、勇者様ですね?」
胸の前で手をぎゅっと握ってこちらに問いかけてくる。
「いいえ人違いです。
それじゃあ、お疲れさまっしたっ!」
「え? え?? ええええええっ?!」
「お、お待ちください勇者様!!」
「人違いですぅ!!」
「いいえ、間違いありません!
この世界には黒髪黒目の人間は存在しないからです!」
そう言いながらこちらに迫ってくるキャロル。
だから俺は、こちらも彼女に詰め寄り、顔を近づける。
「なっ、ち、近いですわ勇者様……」
ほほを赤らめて顔をそらすが、俺は彼女の顔をこちらに向ける。
「ゆ、勇者様……?」
「よく見てくれ!」
そして、互いに10cmくらいまで顔を近づけて目を見つめ合う。
「俺の瞳は黒じゃない!
焦げ茶なんだっ!!」
そう、よくアニメやラノベである黒髪黒目という表現……そんな瞳孔開きっぱなしの危ない人間なんて、日本でも見たことねぇよ!
日本人は黒目?
鏡見たことある?
日本人は焦げ茶目だよ!
黒くなんてないんだよ!!
「な、焦げ茶だろ?」
「え、ええ……」
キャロルはこくんと、肯定した。
「つまり、俺は黒髪黒目の勇者じゃない。
黒髪焦げ茶目の普通の一般人です。
そんじゃあ、お疲れっしたっ!!」
そして、頭を下げて挨拶してから俺は離脱を図る。
「あ、え?!
ちょっ、勇者様っ?!」
ワーワー言いながら追いかけてくる。
アルテといい、テノンといい、この世界の女は厄介すぎる?!
きちんと勇者じゃないと証明したのに~~~~~っ??!
そんな俺達の騒ぎを聞きつけ、他の奴らも追いかけてくる。
「勇者様!」
「お待ちくだされ勇者様!」
「勇者っ、待ちやがれ!」
『勇者!?
勇者!?
勇者!?』
「嫌だああああああああっ!!」
こうして、危険なはずの魔境で鬼ごっこが始まった。
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