第8話 いいえ、勇者ではありません
「見えた……グラトル……っ!」
討伐軍率いる聖女キャロルが、魔王の
「グォオオオオオオオッ!!!」
そして、グラトルも家畜の集団の久々の見世物を近くで見ようと、その峻険な山から平野に滑空してくる。
大地震と勘違いするような轟音を立て、グラトルは彼らの目の前に現れた。
「なんて巨体だ……」
「デカすぎる……」
「あれが……魔王……」
いかに手練れの兵士達とは言え……いや、手練れだからこそ、彼我の実力差を悟る。
(勇者様が身を挺して引き寄せた絶好の機会……必ず勝ってみせます)
「へっ、キャロルちゃん……腕が鳴るな……」
「ええ、ブライ殿……必ず生きて帰りましょう」
「ああ、妹を一人残して逝くわけにはいかねぇからな……
あいつの花嫁姿を見るまでは死ぬわけにはいかねぇよ」
「あら?
貴方がビスチェさんに近づく男性を排除しているんじゃありませんでしたの?」
「はっ、俺より強い奴じゃないと、妹は任せられねぇな!」
「……貴方に勝てる人類は、ほとんどいないでしょ?
一生ビスチェさんは独身ですよ?」
「……実はそれでもいいんじゃないかと思ってる!」
「最低……」
「そんな目で見ないでくれるか?
既に心が折れそうだ……」
軽口を言い合う人類最高戦力……実際は、互いに緊張で固まった体と恐怖心を解す為である。
目の前に居る強大な魔王を相手にし、勝ったうえで生きて帰らなくてはいけない……
「グルルルルッ」
そして、グラトルはどのような催しが始まるのか、楽しみに待っている。
……
…………
………………
が、互いに睨み合ったまま時間がすぎる……
そして、焦れてきたグラトルが、こちらから行こうと重心を移動しようとした瞬間
、
「ファアアアアッーーーーーーーーー♂」
「っ!?」
「何だっ?!」
「グラッ?!」
戦いの前の静けさ……数万人の息遣いのみ聞こえる静寂の時……その沈黙が破られようとした瞬間、凄まじい叫び声が響いた。
「ガルウッ!!!」
グラトルは、声の主を探して……見つけた。
(アレは、敵だ!)
足元の
――――――――――――――――――――――――――――
「●×△◇◎▼■✖?!?!?!」
突然の
人生最大級の痛みを伴う衝撃……その原因となった奴を見る。
「ゴブゥ……」
振り返ると、ゴブリンが泣いていた。
「なんだ……こいつは……」
『ア○○ゴブリンですね。
名前はアナゴらしいです。
なんとっ! 聖霊ですよ!!
彼と契約すれば、戦闘力も上がるし精霊魔法も使えますよ!』
「見て分からねぇか!
今はそんな場合じゃねぇんだよ!!!」
俺は括約筋を締めて腰に手を当て、ガクガクと震える足を内股にして何とか倒れないように耐えている状態だ。
『でも、彼は仲間にして欲しそうに見ていますよ?』
「あぁん?」
すると確かに、こちらをキラキラした目で見ている。
『仲間にしてあげますか?』
「する訳ねぇジャン!!!」
誰がいきなりケツを攻撃してきた相手を仲間にするんだよ?!
だが、奴は人差し指のみ伸ばして両手を握りだす。
その紛れもない「三年殺し」スタイルのゴブリンを見て、言葉を翻す。
「仲間になるかい?」
「ゴォブゥ」
やたらとダンディーな声で返事をするアナゴさん。
すると彼の体が光り、その光が俺の体に巻き付いてくる。
「ゴラアアアアアアッ!!」
「なんだっ?!」
『いけませんっ!
さっきの渉さんの叫び声で、グラトルをおびき寄せてしまいました」
そして、グラトルは俺達から2kmほど離れたところでホバリングし、奴の体から濃い紫色の禍々しいオーラが噴き出る。
『渉さん!
早く固有スキルを使うのです!!」
「こ、固有スキル?」
初めて聞いたぞ?
『固有スキルとは、ある一定の水準に達した者だけが、自動的に取得できるその者だけのスキルです!
その条件は戦闘力200000以上を持つ者!
ア○○ゴブリンと契約したことで、渉さんの戦闘力は294700に上がりました。
さあ早くっ、手遅れになる前に!!』
そうこうしている間に、グラトルは……
「
集めた膨大な魔力の塊を、レーザーとして放つ。
「あわわわわっ?!
固有スキルってどう使うんだよ!!?」
すると頭の中にピコンと文字が浮うかぶ。
『聖霊との契約が完了したため、精霊魔法を習得しました。
戦闘力が200000を超えたため、固有スキル ”
使い方は、指を対象に向けて思いっきり技名を叫んでください。
気分はレ○ガンです」
「
そうしている間にも、破壊光線がゴゴゴゴッっとこちらに迫る。
「勇者様っ?!」
「生きてらっしゃったのか?!」
「ダメだっ?!」
「勇者!
早く逃げろ!!!」
「
破壊光線の轟音が響く中、何故かはるか遠くにいるはずの討伐軍の叫びが耳に届く。
(勿論
余りの中二展開に、既に渉のライフはかなり削られている。
『渉さんっ、早く!!』
テノンが本気で焦っている。
俺は、覚悟を決め、気分はレイ○ンで、技名を言う。
「あ、
すんごい小声でささやく……
やっぱり恥ずかしいっ!!
29にもなって必殺技を叫ぶとか!!?
すると、指先から ポスンッ っと気の抜けるような音をして、線香花火みたいな一滴の光が、10cmほど進んで消えた。
『ダメです渉さんっ、もっと気持ちを込めてっ!!』
「やだやだっ、とんでもなく恥ずかしいんだぞこれ!!」
『何を言っているんですかっ?!
この3か月間、言わなくても発動するのに、
「拠点魔法っ!!」って物凄く叫んでいたじゃないですかっ!!』
「
そう言うことならもっと早く言って!!?
あれ恥ずかしかったんだぞっ!!」
『だって……ノリノリだったから……
そんなことより早く固有スキルをっ?!』
「ぐぬぬぬっ……」
もう100mを切っており、恐らくあと2秒ほどで直撃する。
命には……代えられんっ?!
「アッ、
そう叫ぶと、俺の指先からグラトルのレーザー以上に大きい光が放たれ、奴の光線を飲み込みながらグラトルに迫る。
「グラッ?!」
そして、ありえない光景に呆然としていたグラトルを、光が包んだ。
「グラアアアアアッ……アッ……ァ……」
……………………
光が通過した後には、何も存在していなかった。
「や、やった……」
俺はようやく羞恥心から解放され……
『わああああああっ!!!!!』
『勇者様がグラトルを倒したぞぉおおっ!!!』
『勇者様万歳!!!』
『勇者っ!
勇者っ!
勇者っ!!』
「いやあああああああっ、俺は
しかし俺の叫びは虚しく勇者コールにかき消される。
『勇者っ!
勇者っ!
勇者っ!!』
彼等はグラトルとの決戦に、命を懸けていた……
もう二度と、家族とは会えない……だが、家族の未来を守るために、引くことは出来ない!
そんな悲壮な覚悟をしていたが、勇者のおかげで死者どころか、誰一人として仲間が欠けていない。
その奇跡に、討伐軍のテンションは爆上がりである。
彼等とは裏腹に、とめど無く称えられるシチュエーションが、とうとう俺のハートをブレイクした。
「あああああああっあっああっああああっ?!」
俺は真っ白に燃え尽き、その場に倒れた。
こうして、魔王グラトルからこの大陸を救った俺の物語を……始めたくないです……
「もう……お外に出れない……シクシク……」
アラサー男は、涙を流しながら引き籠ることを決意した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます