第1話 バレンタインに起きたら18時だった件
2月14日。世界各地のそれと比較すれば独自の進化を遂げた部分はあるものの、日本においてもこの日は愛を謳う日に違いはない。
ハッピーバレンタイン。世の恋人たちが愛を確かめ合い、それに満たない者たちもまた自らの愛を確かめるがために行動を起こし、その結果に一喜一憂する特別な日。特に10代後半から20代前半付近の学生たちにとっては意識しない方が難しい、2月を代表するイベントの一つである。
普通の女子大生・月代彌香菜美(つくよみ かなみ)。
彼女が目を覚ましたとき、完全に日は暮れていた。
より具体的に言えば時刻は18時を示し、どちらかといえば就寝にあたっての準備をし始める人が多いような時間帯である。
とりあえずベッドから起き上がった彼女は洗面所に行き、顔を洗った。
――おーけーおーけー、落ち着け私。まだ慌てるような時間じゃない。
鏡の前の自分に言い聞かせるようにして月代彌香菜美は言葉を吐き出す。
首をゆっくりと左右に振り、鏡に映る汗だらけの自分をやんわりとなだめる。
鏡の中の自分がニッコリと笑いかける。偽善的ないい笑顔。
――落ち着いてられるかぁっ!!
マンション内住民に「4階角部屋のよく叫んでる残念系女子」で知られているだけあって、さすがの叫び声であった。それでクレームにならないのは、彼女の人柄がそこまで悪くなく、見た目が結構かわいいからだ、というのが彼女の友人の評である。完全に余談だが、このマンションの住民、顔の良い人種に弱いメンツが揃っていた。
――バレンタイン。バレンタインだぞ。バレンタイン寝て過ごしたら終わってましたは洒落にならんぞ。分かっているかのか仙道。
急遽命名された仙道という名の獅子型スマホストラップに語りかけ終えると、月代彌香菜美はさらにぐわーとうなだれた。ベッドに勢いよく飛び寝転がって、右に左にとゴロゴロ回転する。
ちなみに月代彌香菜美には恋人はいない。恋愛感情を抱いている知人も特にはいない。
なら何故こんなに残念がっているかといえば、それはひとえに喪失感であった。
近いものでその精神状態を例えるなら、初の日の出を寝過ごしてしまって騒ぎ散らす子どもとでも言うべきか。「バレンタインという、何かしらの素敵イベントが起こるかもしれないイベントを無駄にしてしまった」という駄々に他ならなかった。
――くそっ。運営がイベントの時間を伸ばしてさえいれば。
この時間の起床については明白であった。朝方までかかったスマホゲームの期間限定イベントの踏破が原因である。とはいえ、徹夜で挑んだスマホゲームの期間限定イベントにその憤りをぶつけてみるものの、時間は巻き戻らない(そもそも彼女の落ち度の方が大きい)。
一瞬だけ不貞寝しようかなと涙を流しかける月代彌香菜美だったが、寸前で行動方針が前向きなものに変わった。正月も同じような感じで不貞寝したが結局実入りはなかったのを思い出したのだ。
――まだ6時間あるか。
そう考えると、彼女は思いつく限りの知り合いに電話をかけ始めるのであった。
イベントが待ってもこないのなら、作り出せばいいのである。
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