EP52 玄武のディユ



「ねえ。なんで今夜は僕がここにいなきゃいけないんだい?」


フィラのベッドの脇で椅子に座るランベールが不満そうに蒼い髪の青年を見上げていた。フィラは恐縮しながら布団を鼻まで上げた。


「おやおや、ランベールはご不満な様子ですねえ」


口ではそう言いながら、ランベールの機嫌を気に留める様子もなくカディルはニコニコと笑った。

その顔にカチンときたランベールは顔をしかめて立ち上がった。フィラの顔をチラッと見下ろすと困った顔のフィラと目が合った。


「僕がいたってフィラは緊張して休めないってさ。僕だって忙しい。つまり帰りたいんだけど」


「まあまあ」


それでもニコニコと笑いながらカディルはランベールを椅子に座らせた。


「たまにはこんな組み合わせも良いではありませんか。ねえ?リッカルド王子からの命令なんですから帰られちゃっても困ります」


「ったく。なんで僕なんだ」


「敵への対処が決まるまで順番でフィラを守ると決まったからですよ」


「カディルの屋敷なんだから毎晩カディルが付いてればいいんじゃないの」


「ああ、そうしたいのは山々なんですけどね、残念ながら最近忙しかったので私の仕事が山積みなんですよねえ」


「あ!」とカディルが手を打った。


「そうだー。私の仕事をランベールが代わってくれれば助かりますけど」


ランベールは心底めんどくさそうに顔をしかめてフン!と横を向いた。


「イヤだね。君のとこの仕事は細かくてめんどくさいのばかり。もう分かったからさっさとそのたまった仕事とやらを片付けに行ってくれないか?」


「はいはい。じゃあそうさせてもらいますね。フィラ、ランベールのことは気にしないでいいですよ。空気だと思ってるくらいがちょうど良い人なんで」


「……空気よりは存在感あると思うけどね!」


大して否定しないところをみると、ランベールもそう思ってもらったほうが楽なのだろう。


「ではでは」と背中を向けてカディルはさっさと部屋から出ていった。


ランベールは大きなため息をついた。


「あの、わたしのせいですいません……」


恐る恐るランベールを見上げてフィラが遠慮がちに呟いた。改めてランベールに見下ろされてフィラはそわそわとした。


ランベールは銀の髪と透き通るようなアクアブルーの瞳を持っている。

瞳の色合いは違うものの天界人とよく似た外見をしているのだ。

フィラは懐かしさに親しみを感じてしまうのだが、ランベールにとってはめんどくさい厄介な女といったところか。

現に先程からとても不機嫌だ。


ランベールは目を瞬かせた。


「……ああ、もしかして気に障ったかい?悪いね。悪気はないんだけど僕は口が悪いんだ」


「いえ……私のために毎日ディユ様が交代で来られると聞いて。ご多忙なのに申し訳なくて」


「まあ、忙しいのは否定しないけど王子の言いつけだしね……。それに君は被害者だ。君が謝るのは違うんじゃない?」


「はあ、そうでしょうか」


「うん」


笑うと冷たい雰囲気がかなり緩和される……。フィラは意外そうな目でランベールを盗み見た。

しかし、彼の独特な話し方と態度は、多分誤解されやすいだろうなと感じた。


けれどカディルが言うようにランベールは「空気のような人」というのもなんとなく納得がいく。

ストレートな言葉は嘘がない証拠。

その言葉に傷つくこともあるのだろうが、嘘がないぶん安心もする。

冷たくも暖かくもある不思議な空気が彼の周りには存在していた。



嘘がないのであれば。

カディルに聞いてものらりくらりと交わされてしまうけれど、ランベールなら答えてくれるかもしれない。フィラは思いきって口を開いた。


「ランベール様」


「え?」


「なぜ兄がこの世界にいるのか……それと兄が私を狙う理由を知っているなら教えてくれませんか?」


「いや、知らない」


あっさりとかわされてフィラはガックリした。ランベールの目には微塵も動揺がうかがえない。ほんとうに知らないのか。


「知ってるなら僕が知りたいくらいさ。まさか、ただの兄弟喧嘩じゃないだろうね?」


からかうような目でランベールがフィラを見つめてくる。フィラは憤慨した。


「まさか!お兄様とはここ数年ほとんど顔も合わせていなかったんですから。……兄弟喧嘩できるほど、親しくもありませんし」


最後の言葉にフィラはしんみりと俯いてしまった。ランベールはクスクスと笑った。

何か面白い話を言っただろうか?フィラは不可思議な顔でランベールを見つめた。


「じゃあ君の兄さんの個人的事情なんじゃない?人の心なんかいくら考えても答えなんか出ない。そうだろ?まったくもって生産性のない無駄な時間だよ」


意外な言葉にキョトンとするフィラの目に手をかざしてランベールはなめらかな口調で囁いた。


「さて、そろそろおしゃべりは終わり。僕はカーテン越しのベッドで本を読むから、君はゆっくり眠るんだ」


「ランベール様……」


「いいね?」


どこか意地悪げに微笑むとランベールは立ち上がり、さっさとカーテンの向こう側に消えた。

フィラはカーテンを戸惑い気味に見つめて重いため息をついた。


「ーーーー」


きっと、知ってるはずなのに……。


カディルもランベールも知らぬふりをしている。ことにランベールは嘘をつく人ではないと感じたばかりなのに。


(いま何が起きているの?)


フィラはベッドの中でうずくまった。隠されると尚更気になるのが人のさが。


それとも。

嘘をつくのが嫌いなランベールさえ真実を口にできない状況なのか。


(なにかとんでもないことが事が起きてるんだろうか……)


肩の痛みと、心に立ち込める暗い渦のような不安に耐えながらフィラは眠れない夜を過ごした。







「あー大変ですっ!」


朝日が昇って部屋を明るく照らし始めた頃。ウトウトと寝静まっていた病室にバタバタと騒がしく飛び込んできた青年がいた。

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