EP51 サンクチュアリ



「サンクチュアリだと!?」


カディルの提案を聞いたリッカルドと三人のディユは驚愕して叫んだ。


「ええ。そうです」


カディルは落ち着いている。彼が口にした大胆な提案に不釣り合いな静けさだった。

リッカルドは目を瞬かせた。


「サンクチュアリ……。神々の住処。そこにフィラを転移させようというのか?」


「はい」


「ーーえ。待って。頭が追いつかない。そもそもサンクチュアリに人が入れるの?だって神様の聖域でしょ……!?」


「フィラは人間じゃありません。試してみる価値はあると思います」


「え、ええ……!?」


両手で頭を押さえて混乱するリアムをよそにランベールは「悪い策じゃないね」と何度か頷いた。

しかしアレクスは意外にも難色を示し眉をひそめた。


「あの娘がサンクチュアリに迎え入れられればいいが。簡単ではないだろう?」


問いかけられたカディルはうつむき、わずかな時間黙り込んだ。


「簡単では、ないでしょうね。私たちも立ち入ることのできない聖域ですから」


アレクスは顔をしかめた。


「成功率はどのくらいなんだ。それくらいお前なら計算してるんだろ?」


見つめ返してきたカディルの目があまりに無感情でアレクスは息を飲んだ。いつもニコニコと笑っていたカディルが最近どうもおかしい。


「二割くらいですかね」


サラリと答えたカディルにアレクスは絶句した。


「二割!?ほとんど成功する可能性がないじゃないか。失敗したらどうなるんだ」


「ーー失敗すればフィラ様は死にます。それでも、最良の策だと言えます」


カディルに詰め寄ったアレクスに背後から声がかかった。フェリクスだ。

彼は少しやつれたように見える。ここしばらく働きづめなのだ。


「なにが最良なんだ?八割の確率で死ぬのに?」


「フィラ様の生存率です。調査本部で緻密な計算を繰り返して導き出したデータですから現実的な数値だとお考えください」


「はっ、生存率?そんなことを計算ではじき出せるわけないだろう。じゃあなんだ、このままじゃあの娘が助かる確率はもっと低いってことか」


鼻で笑ったアレクスをフェリクスは静かに見つめた。その目には哀愁が滲んでいる。

リッカルドは目を吊り上げた。


「フェリクス!包み隠さず話せ!」


「ーーはい。ルドラ様側の戦闘力をできる限り正確に導き出しました。我々の研究所で開発された機器により、オーラの数値で魔力、神力を数値化することに成功しています」


「ほう。その精度は?」


「おおむね調査本部の見解とデータ化した数値に誤差はありません」


「ーーほう……」


少しリッカルドの声に覇気がなくなった。言われなくても分かっている。自分の神力が一番低いことくらい。


「ルドラ兄側の戦闘力の数値は?」


「ーーおよそ、七万です」


「七万?よく分からんな。こちらの戦闘力は?」


「はい。アレクス様が三万、カディル様が四万強、ランベール様が……」


「詳細はいい!合計値を言え!」


言うなっ!とリッカルドの目から尋常じゃない迫力を受けてフェリクスはたじろぐと、慌てて資料の一番下に視線を落とした。


「ご、合計値は約十一万です」


「十一万?敵より上回っているではないか。それなのになぜ勝算がないなどと言うのだ!」


「ーーそれは……」


口ごもるフェリクスに代わってカディルが言葉を繋いだ。


「それは私たちがディユだからです。お忘れですか?十年前のことを」


「十年前……」


「国の存続が危ぶまれた時でさえ、私たちディユが戦闘に加わることをカビーア王がお許しにならなかったではないですか。神の使いだからと」


「父上が……そうであったな」


「おいおいおい!またか?俺たちは指をくわえて見ていろって言うのか!?」


アレクスは真っ赤な髪が燃えだしそうなほど怒りに満ちてカディルを睨みあげた。今にも襟首を掴み上げそうな勢いにリアムが駆け寄った。


「ちょ……っ待ってよ、アレクス……!」


「うるさい!ガキは黙ってろ!」


「ガキって!もう二十歳だよっ」


「ああ、もうやめてくださいよ。仕方ないじゃないですか。カビーア王は病に伏していらっしゃいますが現王です。私たちはカビーア王のディユなんですよ!」


「カディル……」


珍しく声を荒げたカディルにその場にいた一同は驚いていた。

ハッとしてカディルは取り繕うように少し微笑んだ。


「カビーア王の命令がない限り私たちは戦闘の最前線には立てないですからねえ。そうなると十年前みたいにアイシャ達魔道士に頼る形になりますがね、いくらアイシャが優れた魔導師でも敵を上回る戦闘力には届かないんですよ」


「ほかの、魔道士たちを足しても?」


遠慮がちにたずねるリアムにフェリクスが申し訳なさそうに答える。


「一人あたり一から二という数値ですから……」


「全然足りないね。なるほど。サンクチュアリにフィラが入れる二割の確率の方がマシってわけだ」


ため息をついたランベールはカディルの肩に手を置いた。


「どうしてもフィラを助けたいんだね。苦しい選択だけどそれしかないわけだ」


「ーーーーええ」


カディルの顔は苦痛に歪められた。

フィラを助ける方法は限りなくゼロに近い。

ーーけれど、諦めたら終わりなのだ。

たった二割弱の確率でも。


リッカルド王子は気合をいれて立ち上がると意志の強い黒い瞳を光らせて一同を見渡した。


「フィラが助からなければ私もルドラ兄の野望のために死ぬことになる。そんなのは御免こうむる。必ず阻止するぞ!!」

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