EP53 ランベールの大切な人
読みかけの本を胸の上で開いたまま眠り込んでいたランベールが眉をしかめて目をうっすら開けた。ゴロンと向きを変えて気だるそうに髪をかきあげながら起き上がる。
朝っぱらからうるさい来訪者は。
「ーーもう少し優雅に起こしてくれてもいいんじゃない、カディル……」
カディルは夏らしい青の衣を羽織り、明らかにワクワクしている。
「あ、おはようございます。カディル様……」
となりのベッドでもフィラが目をこすりながらモゾモゾと動き出した。
「お二人ともおはようございます!よく眠れましたか?昨夜も何も起きなくて良かったですねえ」
「そだね……ああ、眠い。まだ寝足りない。もう少し寝かせて」
再び横になるランベールをカディルは揺すり起こした。
「あ!ちょっと、ランベールったら。寝坊助さんなんですねえ。いいんですか?アンナがあなたのために朝からデコレーションケーキを作ってくれたんですよ!」
「アンナが……デコレーションケーキ」
ウトウトと呟いたランベールの瞳が徐々に覚めていく。
「アンナが……」
呟くランベールにカディルは意気揚々と繋げる。
「あなたのためにデコレーションケーキを」
ランベールはすっかり眠気が覚めたように起き上がった。サラサラの銀髪を手で撫で付ける表情はどこか照れているようだ。
「朝っぱらからケーキなんてよくやるね」
「あーそれは、朝じゃないとあなたが帰ってしまうからでしょうね。昨夜は急でしたし」
「ふーん。まぁ、アンナのケーキなら食べてもいいけどさ……」
「ぜひそうしてやってくださいな。朝早くから腕によりをかけて作っていたようですから。あ、食堂場所分かりますよね?先に行っててくださいねー!」
「ああ、それじゃお先に」
朝日を浴びながら病室から出て行くランベールの背中を見てフィラは目を瞬かせた。
「アンナさんて侍女長ですよね。ランベール様とお知り合いなんですか?」
カディルはニコニコと嬉しそうに微笑んでベッドのフィラを見下ろした。
「知り合いというか、ランベールの大切な人なんですよ」
「大切なって、お二人は恋人同士なんですか!?」
驚きに目を輝かせたフィラにカディルは否定して手を振った。
「ああ、いやいや、恋人ではありません。随分歳も離れておりますでしょ?いわゆる家族のような存在ってことなんですねえ」
「家族……」
「おやおや、色々と聞きたそうな顔をしていますね。とてもステキな話なんですがねえ、あいにく話す時間もありませんから、また今度機会があればね」
「ひとつ言えるのは、ランベールの一番の好物はアンナが作ったケーキなんです!」
フィラの背に腕を回して起き上がらせてやりながらカディルは随分楽しそうだ。
「なんだか嬉しそうですね、カディル様」
笑顔の人がいるとつられて笑えるから不思議だ。フィラの笑顔を見てカディルもさらに笑った。
「ランベールがこの屋敷に出入りしていたのはだいぶ前ですからね。久しぶりの来訪にみんな喜んでいるんですよ」
「活気が出ていいですねえ」と小さく言葉に出してカディルはしゃがむとフィラを見上げた。
「フィラも食べますか?アンナのケーキ。美味しいんですよ。あーでも、朝からじゃキツイですかね?」
「いいえ、是非いただきたいです。今日はもうだいぶ傷も良いので食堂に行ってもよいですか?」
「えー歩けますか?まだ早いんじゃありませんか?」
「いいえ。早く確認したいこともありますからいつまでも寝てられませんよ」
ベッドから立ち上がるために足を下ろしたフィラを見つめてカディルはキョトンとした。
「確認したいこと?」
「ええ。カディル様。アイシャさんをお呼びすることはできますか?」
「え、アイシャを?ああ、魔力解放のために?でもそれはもう少し傷が癒えてからにしたほうがーー」
カディルの顔を見上げたフィラの瞳にカディルは言葉を見失ってしまった。
こんなに厳しい目をする娘だっただろうか。フィラはスッと視線を外して床を見つめた。
「アイシャさんにお会いしてどうしても確認したいことがあるんです」
「ーー良いですよ。アイシャの予定を聞いてみましょう」
「ありがとうございます……!」
「ただし」
カディルは穏やかに微笑んだ。
「私も同席させていただくことが条件です」
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