EP40 ノエル



黒い子猫は侍女のエリッサに抱かれて帰ってきた。


「ナギ、お帰りなさい!」


エリッサからナギを受け取ってフィラはギュウッと抱きしめた。ふわふわの柔らかい毛からシャンプーの良い香りがする。


「良いにおい。エリッサ、ありがとう!」


「お安い御用です。ナギ君はとっても大人しくしていましたよ」


「エリッサはシャンプーが上手だから僕好きだよ」


ナギは喉をゴロゴロ鳴らしながら満足げに長い尻尾を揺らした。

エリッサはニコリと笑ってナギを撫でた。


「ありがとう。本当に不思議ですわねぇ、猫がしゃべるなんて」


「アイシャの魔法のおかげだよ」


「そうね、アイシャ様の魔法は大したものよね。ーーあら、フィラ様。御髪が乱れていますわね。どうなさいました?」


「あ、ちょっと色々試したから」


急に挙動不審になったフィラに首を傾げながらエリッサはフィラを鏡の前へ連れて行く。丁寧に髪を解きクシを当てて優しく編んでいく。


「我ながらうまくできました。フィラ様の髪は絹糸のようで羨ましいですわ。私なんて剛毛だから」


「ありがとう。そんなことないわ、エリッサの髪も素敵よ」


「ふふ、ありがとうございます。ではフィラ様、他に御用がなければ失礼しますわ」


「ありがとう、エリッサ。そういえばノエルはどうしたの?」


ノエルとはエリッサと同じくフィラ付きの侍女だ。そういえば午前中に見かけたきりだ。


「ノエルなら町に買い物に行っていますわ。フィラ様の新しい髪飾りを注文しに行きましたの」


「まぁ!もう十分用意していただいているのでこれ以上は必要ないのよ。居候の身で贅沢すぎるわ」


困り顔で訴えるフィラをエリッサはサッパリと笑い飛ばした。


「遠慮なんてすることないですよ!天界の皇女様なんですからこれでも全然足りませんよ。私とノエルはカディル様からフィラ様付きの侍女に任命していただけて鼻が高いのですわ」


胸に手を当ててエリッサは誇らしげに微笑んだ。


「フィラ様を輝かせることは私とノエルの使命なのです!」


鼻息荒く高揚するエリッサの瞳は輝き、自分に与えられた立場に心から誇りを持っているようだ。


「あ、ありがとう。そんな風に言ってもらえて嬉しいわ」


フィラは笑いながら引きつっている。


(そんなに大層なものじゃないんだけどな……。でもせっかく喜んでくれてるんだし水を差すこともないよね)


意気揚々と部屋から出て行ったエリッサにナギは感心している。


「すごいねぇ。そんなにフィラのこと好きなんだ」


腕の中のナギを見つめてフィラは少し困ったように微笑んだ。


「う〜ん。どうかな。皇女だからじゃないかな」


そうだ。天界にいても自分自身を愛してくれたのは両親と二人の妹だけだった。

他の人はみんな違った。


『皇帝陛下の娘である私』


『伝説の天使の外見を持つ私』


その肩書きがあるから親切にしてくれていただけだった。私にとってエリッサはとても気さくで話しやすい姉のような存在だけど……


(私自身を愛してくれる人なんてほとんどいないよ)


「そうかなぁ?僕はフィラ好きだよ」


純粋で綺麗なオッドアイの瞳が見上げてくる。フィラはナギを愛おしそうに抱きしめた。胸があたたかくなる。


「ありがとう、ナギ。私も大好きよ」


スリスリとフィラに身を寄せるナギがクンクンと鼻をひくつかせた。


「あれ。フィラの中からアイシャの魔力を感じる」


「え!」


フィラの心臓はドキン!と跳ねた。

クンクンとフィラの服のにおいを嗅ぎ、次第に口に鼻を寄せてナギはキョトンとした。


「口から魔力が入ったみたい」


「……っ」


(さっきのキスの影響?魔力が私の中に流れ込むなんてどういうこと?)


正直ウンザリしてフィラは頭を抱えた。


「フィラ?」


ナギは不思議そうに覗き込んでいる。


その時、トントントンと部屋のドアがノックされた。顔を上げて返事をすると侍女のノエルがドアを開けた。


「ノエル。私のために町に出てくれたそうね。ありがとう」


ノエルはニコリと笑った。


「いいえ。屋敷に商人を呼んでも良かったのですが色々と見て回りたくて。おかげで素敵な髪飾りを注文できましたわ」


「わぁ、ありがとう」


微笑むフィラにノエルはさらに満面の笑みを浮かべた。


「でも残念。届く頃にはフィラ様はもうこの世にいらっしゃらないのですもの」


「ーーえ?」


聞き間違い?フィラはノエルを見つめた。

ノエルの優しい笑顔が一歩ずつ、ゆっくり近づいてくる。


「ノ、ノエル……?」


「逃げてっ!!」


ナギが叫んだ。


フィラは青ざめてノエルを横切りドアへと走った。ドアノブを引いてドアを開けようとするが何故かドアが開かない。


「ドアが……!」


フィラは必死にドアノブをガチャガチャと押したり引いたりした。しかしドアは頑丈な鍵をかけられたように閉ざされたままだ。


「開かない……!ドアが開かない!!」

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