EP39 悪い予感



「実兄!?」


フィラの兄が堕天使になって、バルバトスに召喚されたということなのか?

意味が分からない……

しかしこれは由々しき事態であることは確かだ。


「フィラの兄ならば、皇子ですよね。天界の次期皇帝陛下ではありませんか……なぜ、堕天使になど……」


皇子とは、国のトップである皇帝陛下の息子のことだ。しかもフィラは女系家族で、男子は一番上の一人だけのはず。

その唯一の男子が堕天使になってしまったというのか!?


「本来ならそうなるんだろうけど、伝説の力を宿すフィラに皇位を与えるべきだと言う者も多くてかなり揉めていたみたいだ」


「なんと……」


絶句するカディル。アレクスは腑に落ちた顔をして頷いた。


「なるほど。あのお嬢に次期皇帝の座を奪われるとなったら、長男としては納得いかないだろうな」


「うん、まぁ確かに平気ではいられないかも……でも、だからって堕天使になっちゃうもんかなぁ」


同感しつつも納得しきれないリアムは悩ましい顔で首をかしげた。


「まぁ、伝説の力といってもフィラの場合は魔力が覚醒していないから尚更納得いかないだろうしね」


しょうがないさ、と言うようにランベールが肩をすくめた。フェリクスも反論はないようだ。カディルもベリアルの立場を思うと気の毒に思った。


けれど、みんなとは違う感情が胸に湧いてくる。フィラが天界の皇帝の次期候補だと聞かされて、胸をえぐられるようなどうしようもない寂しさが心を締め付けた。

その想いに支配されて、肝心の内容に集中できないでいる自分がいる。

カディルは目を閉じて必死に今の問題に意識を向けた。


「ーーその、ベリアルはすでに召喚されてこの国にいるわけですよね?」


「ああ、そうみたいだね。でもアジトにはいなかったんだ。どこにいるのか、どんな人物なのか気になるところだね」


「ええ」


「ああ……!!」


リアムが何かに気づいて頬杖をついていた手でテーブルを思いきり叩いた。

全員が驚きビクッとなった。


「な、なんだ?驚かすなよ」


アレクスはリアムを睨みつける。

リアムは慌てていた。


「ご、ごめん!でも、気づいたんだ俺……!アレがベリアルだったんだ!!」


「なんだって?」


アレクスの顔つきが変わった。一同もリアムに注目する。


「アレってなんだ。早く言え!」


リアムはゴクリと唾を飲み込んで深刻に頷いた。


「ほら、あの日……。フィラがリッカルド 王子に謁見した日だよ。操られた傭兵にフィラが狙われたでしょう?」


ランベールが頷いた。


「ああ、あの日」


「あの時、俺はフィラを抱いて謁見の間から避難した。隠れた部屋でフィラの背後から聞こえた声……!」


リアムは上ずった声で告げた。


「あの声は、バルバトスじゃなかった……!」


「なんだって?本当なのか!?」


アレクスがリアムに詰め寄る。リアムの目が左右に揺れる。あの日の記憶を必死に思い出しているようだ。


「そうだよ……うん、やっぱり違うよ。バルバトスよりもっとずっと若い声だった。少し高くて、歌うように滑らかで」


「ヴィクトーだったんじゃないのか?」


「いや、昨日のヴィクトーの声は低かったよ」


「じゃあ、それがベリアルーー?」


皆が口々に意見を口にする。カディルだけが黙って考え込んでいた。


(実の兄の声なら、フィラは気づいたのでは……?)


カディルは頭を巡らせる。


(いや、以前フィラは兄と姉に嫌われていると話していた。この国に居るはずのない兄の声を咄嗟に聞き分けられるものだろうか?)


カディルはハッとした。


「カディル?どうした?」


ただならぬカディルの様子に気づいてアレクスが声をかけた。


「嫌なーー予感がします」


「なに?」


「フィラは聖なる天使だからこそ、私の屋敷の結界が彼女を受け入れたのです。ベリアルは堕天使……完全に闇落ちしていなければ、まだ天使である部分も残されているのではないですか!?」


「ーーまさか!」


全員がその可能性に気づいた。

空気が凍る。

フェリクスが険しい表情をカディルに向けて叫んだ。


「十分あり得る話です!ベリアルはカディル様の屋敷に入り込める可能性は極めて高い!」


「……っ!」


カディルは扉に向かって走り出した。


「私はすぐに屋敷に戻ります!アレクス、あなたも一緒に来てください……!!」


「ああ!」


二人は部屋から飛び出して走り出した。

杞憂ならいい!

しかし、もしもこの予感が当たっていたら……!


フィラが危ない……!


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