EP29 アイシャル編1



ーー十年前

リオティア国王宮にて。


「黒魔道士軍団の勢力がかなり拡大しています!このままではそう遠からず、この国は侵略されてしまいますぞ…!」


硬く握り締めた拳を震わせて、リオティア国の王カビーアに激しく訴えているのは

防衛大臣のサイだ。


昔から密やかに存在していた黒魔道士たちが、突然リオティア国の侵略を始めたのが数ヶ月前の出来事だった。

黒魔道士達はどこから湧いて出てくるのか、みるみる膨れ上がり、今ではかなりの人数が集まっている。日々、多くの国民が襲われ犠牲になっている。


王宮では全ての大臣と四十八の騎士団の団長が集まり国家議会が開かれていた。


「分かっている。だからこうして招集している」


王カビーアは威厳のある黒い瞳を厳しく光らせた。六十二歳でありながら堂々たる肉体を持つ男だ。

サイはカビーアの迫力にひるみながらも、さらに大声を張り上げた。


「黒魔道士軍団は!もう王宮近辺の街まで押し寄せてきているのですぞ!百あった騎士団も四十八団まで絶滅されてしまいました!!このままではディユまで…四神にまで魔の手が伸びてしまう…!そうなってしまえば、この国は終わりです!」


サイの悲痛な叫びに、カビーアの脇に並んでいる十二歳のカディルと十歳のリアムは怯えるように少し身じろぎした。それより少し年上のアレクスは動じることなく厳しい顔つきで王とサイの会話に耳を傾けている。カディルと同い年のランベールは、どこか冷めた目でことの成り行きを見守っていた。


カビーアは手に持った金の杖で床を強く叩きつけた。


「入ってきなさい」


「!?」


一同がざわめき、カビーアが見つめる扉に視線が集中した。扉は勢いよく開いた。


扉から現れたのは紫の髪と光る金の瞳を持った背の高い青年だ。自信に溢れた態度でドカドカと靴音を鳴らしてカビーアの前まで来ると胸を張って立った。


「おう。呼ばれてきてやったぜ」


「お、お前は…!」


場内はいっそうざわめき、口々に彼の名を呼ぶ声が聞こえた。青年はうるさそうに顔をしかめると、足で思いきり床を鳴らした。あまりの迫力に、場内は静まり返る。


「ああ、うるせえなぁ。そんなに俺が来るのが珍しいかよ?」


「ア、アイシャル…」


サイが心底驚いたように喉から声を絞り出した。カディルは突然登場したこの荒っぽい青年が誰なのか分からず、息を飲む。


静まり返った場内に低いカビーアの声が静かに響いた。


「私はアイシャルを専属魔導師に任命した。彼を筆頭にあげて国の魔導師軍団を結成する。アイシャルの下でならという魔道士がすでに千人は集まっている」


「な、なんと…しかし、アイシャルは今までどれだけ依頼しても決して動かなかった唐変木…あっ」


「だれが唐変木だって?」


サイの失言にアイシャルが睨みをきかせる。サイは口を押さえて恐縮するように押し黙った。


「さよう。このアイシャルには、今まで何度となく国家魔導師を引き受けてくれるように依頼してきたのだ。それだけこの者の魔導の力は桁外れなのだ」


カビーアの言葉にアイシャルは不敵な笑みを浮かべた。


「なんだか性格が悪そうだよ…」と小さなリアムが呟いたのでカディルは慌てて小突いた。


カディルはアイシャルの横顔を見つめた。

魔力のことはよく分からないけれど、たしかに彼からは巨大な『力』を感じる。


アイシャルが現れただけで、先ほどまでの絶望的な空気が一変していることにもカディルは驚いていた。


「俺はな、国家魔導師を引き受けたわけじゃねぇ。カビーア王の専属魔導師を引き受けたんだ、間違えんじゃねぇぞ?俺をその気にさせるなら、まずは国家予算を用意するんだな」


巨大国家リオティア国の、権力のピラミッドの上層部に君臨する男達が、チンピラのような青年に言われるがままになっている。


カディルにはとても不思議な光景だった。


「俺の元にこの国の王が直々に来て頭を下げたんだ。金もたんまり貰えるしよ」


アイシャルは得意げに笑った。


「まぁ、黒魔道士軍団?だっけか?あいつらのやり方も気に食わなかったんだよな。なによりよお…」


アイシャルは獣が唸るように鼻筋を歪ませた。


「黒魔道士軍団の頭、ヴィクトーには借りがある。まぁ、あいつらに国を占拠されるのもムカつくし。今回はこっちについてやる」


一同はまたもやざわめいた。

一筋の希望が見えた子羊のような喜びようだ。カディルもなにやらホッとして、ずっと掴んだままだった胸元の衣から手を離した。


「ヴィクトーに負けるわけにいかねぇからな。お前ら!」


場内は明るく賑やかになった。


しかし、このとき、これから始まる壮絶な出来事を予想できたものなど、だれもいなかったのだった。

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