EP28 夜更け



カディルは物憂げにハーブティーを飲みながら少し考え込んだ。少し、気になることが浮かんだ。

その様子を見てフィラは尋ねた。


「何か気になることがおありのようですね?」


「ああ、いや……ヴィクトーはその契約について知っていたのかなと思ってね」


ヴィクトーはルドラ王子に雇われて魔族バルバトスを召喚したと推測される黒魔導士だ。フィラは視線をカディルから外してしばし考えこんだが、やがて口を開いた。


「知っていたと思います。だって、魔族を召喚するためには儀式のやり方の知識と能力が必要なんですよ。例えば、今回召喚されたバルバトスという魔族は七十二人の魔神の一人だと名乗ったのですよね?つまり、魔族の長のサタンを序列一位として、七十二位までに入る力を持った魔族だということです。それって…かなり高位な魔族ですよ」


「なるほど…。高位な魔族を召喚するには、術者もそれに適した力が必要なわけですね。儀式は複雑なのですか?」


「ええ、…まぁ…複雑ですし…」


フィラが言いづらそうに言葉を濁したので、カディルは彼女を見つめた。それに気づいてフィラは観念して言葉を繋げた。


「ーーとても残酷なんです。生きた贄の首をはねたり…その生血を契約者が飲んだり…」


「ーー…それは、なんというか、言葉になりませんね…」


カディルはなんとも言えない顔で呟くとフィラは重いため息をついて胸に手を当てて目を閉じた。


「ええ…、それはもう。ーーですから、儀式のやり方を調べる折に、願いの報酬についても知る機会があったはずだと私は思いますけど」


カディルは得心した。

たしかにヴィクトーは、魔族の求める報酬を知っていたと考えた方が自然だ。しかし、願いが叶うと同時に自分の命を奪われると知っていたら果たしてルドラ王子は魔族を呼び出すだろうか?

自分が死んでまで叶えたい願いとは?


「何かが、おかしいですねえ…」


ルドラ王子とヴィクトーの狙いが今ひとつわからずじまいだ。なんとも言い難い違和感がカディルの胸に渦巻いた。


「…あの」


「…え?ああ、はい?」


フィラの声に我に帰ってカディルは顔を上げた。フィラは首を少しかしげて神妙な顔をしている。カディルはきょとんとした。


「どうしました?」


「あのう…ちょっと話がそれますけど…昼間にお見えになったアイシャさんなんですけれど。あの方が男性だったというのは、本当なのですか…?」


「ああ」


そうだった、とカディルは思った。

アイシャの話もしておかなくては。

今夜は遅くまで彼女を付き合わせてしまいそうだ。


「彼女は…アイシャはーー」


カディルはテーブルに手を置いて静かに口を開いた。


「10年前までは、男性だったんですよ」


「……」


驚くフィラ。

カディルは複雑な微笑を浮かべた。


「ーーそうですね。バルバトスのことも考えなければなりませんが。その前に、聞いてくれますか、10年前に何があったのかを」

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