EP30 アイシャル編2



国家議会の数日後のこと。

ディユの四名はカビーア王と謁見の間で向かい合っていた。神妙な空気が流れている。カビーアは威厳のある瞳でアレクスを見つめていた。


アレクスが四神の力で敵と戦いたいと願い出たのだ。しかしカビーア王は首を横に振った。


怒りをむき出しにしてアレクスは食い下がった。


「何故ですか!?四神ならば黒魔道士達に立ち向かうことも容易ではないですか!四神はこの国を護るためにいます。今こそ、そのときではないのですか!」


「いいや、違う。四神はこの国を護るための存在だが、尊い神なのだ。殺生をさせるなどもっての他である」


「ーーっならばこの剣でっ!」


「…そなたは神に仕える尊い存在だ。殺生などしてはならぬ」


「ーー…っ」


アレクスの意見を一切受け入れないカビーア王の態度にアレクスは腹を立てているようだ。


しかし、言い返す言葉を失ってアレクスが悔しそうに黙り込む。心配そうにリアムがカディルの陰からアレクスを見つめた。


「ランベールも何か言いたいようだな」


カビーア王に尋ねられてランベールは、かすかに顔を上げた。

彼の銀髪とアイスブルーの瞳が、彼の冷たい表情をなお一層そう感じさせる。

十二歳にしては大人びた彼の薄い唇は自嘲するように歪んだ。


「ええ、まぁ。王は随分悠長なことをおっしゃられるものだと思いましてね」


ランベールは小首を傾げた。


「アイシャル…でしたっけ。巨大な力を持つ魔導師らしいですが、敵のトップの魔道士もかなりの実力を持っていると聞きます。アイシャルが敵に勝つ勝算はどれだけあるのでしょうね……?」


静かな、しかし燃えるような反抗心を向けてランベールはカビーアを見つめた。


「もしもアイシャルが敗北すれば、僕たちは殺されるかーー…利用されるのか。僕たちが殺された場合、四神はどうなるのでしょうね……。神と言っても神獣です。縛る鎖が解かれれば、獣の血が騒ぎ出すかもしれない……」


そこで言葉を切って、わざとらしく間を空ける、


「ーーと我が王は思われないのですか?」


さすがにランベールは知恵が働く。カビーアは自身の心を見透かされたような薄気味悪さを感じた。たった十二歳の少年に。


「ああ。分かっている……」


カビーアの声は誰も気づかないほど微かに揺れた。核心を突かれて動揺する自分を戒めるように腹に力をこめる。


四神の溢れいでる底なしのエネルギーを抑え込みコントロールしているのがここにいる四人の少年、ディユだ。


万が一にもディユの命が失われたなら、四神を抑えるものは完全に失われ、なにが世界にもたらされるのか予測不可能。


さらに、ディユが敵に捕らえられたとしても四神を利用して何を企てるか知れたものではない。リオティア国だけでなく、この星自体を滅ぼしてしまう可能性すらあるのだ。


(つまり、何があってもディユだけは失うわけにはいかない…)


ならばアレクスが言うように、四神の力をもって反対勢力を降伏させるべきなのか?


しかし、四神はリオティア国の守護神だ。

敵といえどリオティア国民に四神は牙を剥けるのかーー?


いや、剥けさせて良いのかーー?


カビーアはずっと自問してきた。

この国の王として、成すべき正しい決断を下さなければならない。


だからこそ、魔導には魔導で立ち向かう道を選択したのだ。


アイシャルの噂はカビーアの耳にも頻繁に入ってきていた。桁違いの魔力を持つ青年。口は悪いがモンスターや黒魔道士に襲われた人や村を助けているという。(謝礼金を要求することをカビーアは知らない)


魔道士を導く『魔導師』の資格を持つのはほんの一握り。その資格を持つアイシャルに、王宮は国家魔導師として王宮に仕えるよう何度となく要請してきたのだが、彼は一向に承諾しなかった。


しかし、黒魔道士の軍団は日々この王宮に近づいてきている。王宮周辺の民を避難させてはいるが、逃げ遅れて犠牲になっている民も多いと聞く。

国の騎士団が盾になっても黒魔道士軍団の勢力は衰えることを知らない。


もう猶予がないのだ!!


切羽詰まったカビーアは、自らアイシャルの元に出向いた。魔導師とはいえ一般市民に王が直々に頭を下げるなど、前代未聞だった。

しかしカビーアのプライドはそんなことよりも、一国の王として『国と民を守る』ことだけに注がれた。


その結果、カビーアの常識を逸した行動に今まで一向になびかなかったアイシャルが立ち上がったというわけだ。もちろん立ちくらみするほどの謝礼金を要求したが。


(国と民が救われるならかまわない!)


これがカビーア王の出した最善の策だ。

アレクスやランベールの気持ちが分からないわけではない。

しかし王として出した答えを覆す気はなかった。


正直に言えばアイシャルが率いる白魔道士たちにこの国の運命を託して良いのか、不安がないとは言い切れない。


(しかしそれは、どんな選択をしても同じことだろう)


こうしている間にも罪のない民達が殺されている。一刻も早く事態を終息させなければならない。


国と民を守るために今できる最善を…!



カディルは話の成り行きを静かに見守っていた。ランベールが言うように、ここで自分たちの命が奪われること、もしくは敵に捕らえられることが運命ならば、受け入れる覚悟はできている。


しかし……。


「…………」


カディルの衣を怯えながら掴むリアムを気遣うようにカディルは見つめた。


(侵略戦争が起きているのに戦えないなんて……)


ディユとはなんて無力なのだろう、とカディルは悲しく思った。


鳥かごに大事にしまわれた飛べない鳥。


こうしている間にも罪もない女、子どもまでもが見境なく殺されているのにーー。


(それにーー)


カディルは密かに唇を噛み締めた。


(父様、母様、姉さん……無事でいてくれていますかーー……?)


そのとき。

突然背後から声が響いた。

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