EP1 リオティア国
リオティア国、王宮にて。
今朝は春らしく暖かい。
柔らかい日差しが差して、木々に止まる小鳥達も心地よく毛づくろいをしている。
リオティア国の広大な敷地を誇る王宮は白を基調とした巨大な教会を思わせる宮殿だ。
大きなステンドグラスから降り注ぐ七色の光が床を華やかに染めている。
そこには様々な役割を果たす人々が大勢働いている。侍女に傭兵に料理人、職人、と数えたらきりがないほどに。
賑やかな王宮の奥深く。
広々とした謁見の間には五人の男が集まっていた。
その中の一人は豪華な玉座に足を組んで座っている。
肩にかかる黒髪の青年だ。
彼は23歳。
インドの衣装を思わせる衣に豪華な金の装飾がほどこされている。白い布を金の細いイガールで頭に巻いている。
意志の強そうな黒い瞳の持ち主だ。
彼はリッカルド王子。
このリオティア国の第三王子である。
そしてリッカルド王子の前には四人の青年が横一列に並んでいた。
「カディル。例の天使はまだ目覚めないそうだな。最初の報告からもう2日経つがどんな様子なのだ?」
問われてカディルは首を横に振った。
「何も変わらず……ですね。ただ静かに眠り続けております。けれど、医師は近日中に目覚めるはずだと言っていましたけど」
静かに答えるカディルの横で驚愕している顔が二つほどある。
「……天界人が空から堕ちてきた、だと!?」
今聞いたことが間違いなのではないかと疑うように、自分の耳に触れながら口を開いたのは、長い赤髪の青年である。
25歳の彼は180センチを超える長身で豪華な装飾を施された長剣を腰にさしている。
剣士のような姿は彼の気の強さを表しているようにも見える。
「ああ、アレクス。王子には先日ご報告申し上げてあったのですが、あなたは初耳ですよねぇ。今王子にご報告した通りなんです」
カディルは困ったように説明した。
「一昨日の夜、屋敷の庭で星を眺めていた私の背後に少女が急に堕ちてきましてねぇ。驚いたのなんのって、屋敷中の使用人達が起きだしちゃって……ああ、その少女は未だに意識が戻っていないんですよ」
「その女の背に翼がついていると?」
アレクスは呟くとそんな事があるはずはない!というように険しく眉を寄せた。
「でもさぁ、そうならそうとなんですぐ俺たちにも知らせなかったんだよぉ?」
カディルが振り向くと不服そうな顔で見ている青年と目が合った。
彼は20歳だ。
サラリとした金髪とオレンジがかった瞳。黒い丈の短いベストと緩いラインの白いズボンを茶の太いベルトでしめた姿は品の良い海賊のようだ。
「リアム……。ええ……、それはですね、えーと」
「よい。私がアレクスとお前には黙っていろと命じたのだ」
「えぇ!!なぜですか!?」
リアムがリッカルド王子に楯突くのを見て慌ててカディルは口を開いた。
「待ってください、リアム。王子には考えがあるのですよ。え、えーーと、えーーと……」
カディルは口ごもり言葉を探したがあまり良い言葉が浮かばなかった。
「お前たちが落ち着きのない連中だからだ。まだ何も分からないうちに騒ぎ立てられて王宮の使用人達に広まったら困るからな」
「な、何ですって!!」
憤慨するリアムとアレクスを見てカディルはやれやれと額に手を当てた。
リッカルド王子の言い方はいつもストレートで、いたずらに人を不愉快にさせてしまうところがあるのでカディルはいつも気を揉んでいるのだ。
「それで、その天使はどんな少女なのだ?」
ギャンギャン騒ぐリアムとアレクスに、まるでうるさい犬を追い払うかのような仕草をしながらリッカルドはカディルに興味深い表情を向けた。
「ああ。それはーー」
カディルはパッと下を向くと、口ごもってしまった。「ん?どうした?」としつこく促すリッカルドをカディルはチラリと見上げては、言いにくそうに両手を揉んでいたがついに顔を上げた。
「……なんですよね」
「え?」
聞き取れずリッカルドが聞き返す。
「今まで出会ったことがないほどの……美しい少女なのです」
「は……はぁ!?」
とうとう言ってしまった!というようにカディルは口を手で押さえた。
すっとんきょうな声を上げてリアムはのけぞる。
するとリッカルド王子の表情がガラリと変わった。
颯爽と立ち上がり壇上から降りるとカディルの目前に立ちはだかった。
カディルは一歩後ずさり、ひるみながらリッカルド王子を見つめている。
「なぜそれを早く言わんのだ!」
リッカルドが目をカッと見開きカディルに詰め寄るとカディルの首がすくんでしまう。ああ、やっぱりなぁ……とカディルは心で呟いた。
「天界人は皆見目麗しいと伝記で読んだことがある! しかし、実際に天界人を見たことがある者などいない。どうせ戯言だろうと思っていた」
そう言ってリッカルドはさらに一歩カディルに詰め寄った。
「しかし、カディル。お前は証言するのだな? お前の屋敷に堕ちてきた少女はこの私がお目にかかったことがないほどの天女だと!」
「いや……あのう、天女ではなくて正確には天使なのですが……。それに王子が今までお目にかかった女性のことは私には分かりかねますし……」
「カディルは女に興味がなさすぎる。美しい女官が隣にいても性別さえ気に留めない始末!しかし、そのカディルが美しいと言うのだ。期待以上かもしれんな……!」
「王子……」
俄然ワクワクし始めた王子をうんざりした目で見つめて、カディルはすでに後悔していた。やはりその話はするべきではなかった。
そっと治療してやって、天界に帰る手立てをしてやったほうが良かったのかもしれないと本気で思えてくる……
リッカルド王子は根っからの女性好きなのだ。リオティア国第三王子である彼には女性との噂が絶えない。
けれど、たった一人としか結婚できない法律があるため、彼は年頃になった今も女性を吟味することに飽き足らない。
未だ目覚めぬ天使を見た時、女性に奥手なカディルでさえ彼女の美しさに目を奪われた。リッカルド王子に知れれば間違いなく王子は彼女を放っておかないだろうと思った。
無事に目覚めてくれたらそれだけでいい。そう思うカディルには彼女の容姿など二の次、三の次だったので、あまりリッカルドの興味をひきたくなかったのだ。
「ランベール」
リッカルド王子はずっと無言のまま話を聞いていた銀髪の青年に声をかけた。
「はい、……王子」
ランベールは22歳の青年だ。
中国漢王朝時代の長袍チャンパオのような衣を纏っており、赤い布に黒と金の刺繍がほどこされている。彼は始終静かな|趣き(おもむき)で、あまり天使の話に興味を持っていないようだった。
というより、日頃からあまり周囲に興味を示すタイプではないのだ。
「天界について詳しく調べてくれ。何故天界から人が落ちてきたのか調査本部はすでに調査を始めている。お前も合流して共同捜査を進めてくれ」
「承知致しました」
ランベールは一礼すると衣をひるがえして優雅な足取りで謁見の間を退室した。
「さて、カディル」
リッカルド王子は意気揚々と目を輝かせた。
「天使殿をこの王宮に移したら良いのではないか?ここなら十分な人手もあるし治療もしやすいだろう。な?」
カディルの顔は曇った。
翼が無残に折れて大ケガを負っている。
意識もない彼女を今、移動するのは得策ではない。それに、王子は早く彼女にお目にかかりたいのが本音だろう……。
「大変申し訳ないのですが王子……。彼女は今は動かせる状態ではありません。医師でしたら私の屋敷にもおりますし、王宮の医師を寄こしていただければ私の屋敷でも対応できますので……」
カディルは真っ直ぐにリッカルドを見据えてハッキリとした口調で告げた。
「どうか今は彼女の体のことを一番に考えていただけませんか」
リッカルドは少々残念そうにしたが、頷いた。
「うむ。分かった。彼女のことはカディルに任せよう。元気になったら謁見を楽しみにしているからな」
「は、はぁ……そうですね」
リッカルドに肩をパンパン強く叩かれてカディルは肩をさすった。
背を向けて去っていくリッカルドの背中を見送りながら、カディルは安堵のため息をついた。
「カディル。俺もその女が目覚めたら一度会ってみたいものだな」
「アレクス」
振り返るとアレクスが見つめていた。
明らかに不機嫌な顔である。
「王子も仰せの通り、この国に天界人が迷い込んだなんて初めての事だろう。天使とは言うが、要は背中に翼を有する有翼人種かもしれないだろう? 反逆者かもしれぬ者を長くここに置くわけにもいかない」
そう言うとアレクスはフッと笑った。
「しかもわざわざ四神の寝ぐらを狙って落ちてくるとはな。結界を破ったほどだ。かなりの手練れかもしれないぞ」
「アレクス……。結界は自己修復していました。私には結界が彼女を招き入れたのだと思えてなりません」
カディルの対抗にアレクスは呆れたように鼻で笑った。
「お前は優しすぎる。私なら怪き者は即排除する」
腰に下げた剣の柄に触れながらアレクスはカディルを睨んだ。
「それが例え女でもな」
そう言い捨てると、マントをひるがえしてアレクスは謁見の間から去って行った。
残されたリアムとカディルはしばし無言で立ち尽くす。
「……俺は」
「リアム」
ハッとしてカディルはリアムを振り返った。アレクスの厳しい意見にリアムも賛同するのだろうか。
カディルの心配を見通すようにリアムは笑顔を向けた。
「俺も、会ってみたいな。その子に。」
「リアム……」
カディルの首にタックルするとリアムは元気付けるように笑った。
「大丈夫だよ! カディルは間違っちゃいない。アレクスはああ言ったが……実際可憐な女の子が怪我していたら無条件で助けちまうのが普通だろ?」
それにしても、とリアムは嬉しそうにカディルの顔を覗き込んだ。
「カディルもちゃんと男だったんだなぁ。安心したよ、おい!」
ハハハハハ!とリアムはカディルの肩をバンバン叩いて後ろ手に手を振って部屋を出て行った。
王子とリアムに肩を強く叩かれてカディルは「いててて……」と苦笑いして肩をさすった。
「美人だから助けたわけじゃないんですけどね……」
カディルは独り言を呟いてため息をつくと、静かに謁見の間を後にした。
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