ただ静かにクロスする、誰もが誰かのために戦うこと 1
今は逃げるしかない。
「
「今は逃げるしかないでしょう! 下手に挑んで、数少ない隊員を亡くしたくないですし!」
あの怪物はライフル弾や
最悪の仮説が浮かんだ。もし、あれが自らの能力で攻撃を無効にしていたとしたら。もしそんなことが可能だとしたら、私たちがまともに相手にできるはずがない。
そして、あの怪物は、おそらく私たちを狙っている。
『異端個体、四体確認。殲滅開始』
怪物の言った「四体」は、屋上で待機していたナガレテングを含めてのそれだろう。しかし、彼はあの場にいなかった。
なぜ怪物は彼を感知できたのか。それはおそらく――
「メカドラゴ!」
「なんすか?」
「反誕を解除して、あそこに潜伏しましょう!」
早めにジェットを逆噴射させ、スピードを殺す。メカドラゴもそれに続く。
背後へと指差した先は、デパートビル。メカドラゴは覆面で表情がうかがえないものの、ぎこちなくこちらを見ている様子から、困惑が見て取れた。
「大丈夫なんすか? あいつ、どこにいても追いかけてきそうっすけど……」
「おそらく、あの怪物はレーダーのような能力を持っていて、それで妖精だけを狙っているはずです。とすると、太刀打ちできないのに、妖精態のまま常に現在位置を晒す方がまずいと思います」
「レーダーって、中型人工妖精に内蔵しているやつっすよね? どうして小型妖精のあいつがそんなもの――」
「妖精は人の願望や欲望から力を生み出しますから。人に欲望がある限り、あり得ないことなんてないんです。ほら、早く隠れましょう」
その場でライフルからデバイスを引き抜いて操作し、人間態に戻る。メカドラゴも同様に戻ったのを確認して、ライフルからアタッシュケース型に戻った
「姐さん」
「なんでしょう?」
「スラくん大丈夫っすかね? テングはまあ、大丈夫だと思うけど……」
彼女にしては珍しく私以外の相手に気がかりげで、思わず噴きだしてしまった。
メカドラゴが怪訝な顔をする。
「なんすか?」
「いえ。いつも喧嘩してる割に、結構気を回してるんだなーと思いまして」
「隊員が失われると姐さんが困るじゃないっすか。あんな生意気なガキンチョでも、曲がりなりにも〈ベノム隊〉に必要な戦力っすから」
「まあ、そうですよね」
なおも可笑しくて、くすくすと右手の甲で口元を隠しながら歩く。ようやく口元の笑みがおさまったところで、インカムのスイッチを入れる。
「こちら、〈キャプテン〉。〈メカドラゴ〉とともにデパートビル内で待機しました。各自、状況報告をお願いします」
一拍遅れて、返事が来た。
『こちら、〈スプラッシュ〉。どうにか排水溝に逃げ込んだ。さすがにあいつだってここまでは追い込んでこないと思うし、最悪ここならどうにでも逃げられる』
『こちら、〈ナガレテング〉。なおも〈マキナ・シャイン〉一同を屋上から追跡中。途中で盾装備とショベルアーム装備の人間――おそらくは妖精――の二人に追われ始めたが、任務は続行可能だ』
「了解です。なにかあったら、随時ご報告を」
インカムを切る。
あの怪物がどこまで型破りか読めないが、ひとまず全員無事でよかった。あとは、あの怪物をどうにかできるよう作戦を練らないといけないが、状況が動かない以上はどうしようもない。
ふと、数多の蛇で顔を覆った少女がデバイスに映る。
「ねえ、大丈夫……?」
「安心してください、
私の妖精に向けて微笑みを向ける。この子の名前は、私のコードネームと差別化するために『蛇子』と呼んでいる。
周りの端末妖精使いはあまり妖精に愛着を持たないらしい。だけど、長いこと蛇子を話し相手にしていたこともあって、私は今でも他の人みたいに物扱いできなかった。
「姐さん、相変わらず蛇子ちゃん好きっすよね」
「もちろん、メカドラゴのことも好きですよ。あなたは私の大事な右腕ですから」
「……そういうの、はぐらかされてるみたいで好きじゃないっす」
「別に、はぐらかしてるつもりはないんですけどね。まあ、それで満足してくれるわけでもないですよね。なので……」
デバイスをホルスターに落として、メカドラゴの腕を取る。私より背の高い彼女を、私が手を引いて導いていく。
彼女の方へと、くるりと振り向いて笑みを浮かべる。
「せっかくなので、デートしましょう」
「姐さん……」
「二人だけの秘密です」
メカドラゴに向けてウインクしてみる。どこか不満そうだった顔が、すぐに可愛らしい微笑みに変わる。私は彼女のそんな顔が好きで、だから私もそれを見て嬉しくなった。
遊んでる場合じゃないと頭の片隅で思いながらも、それでも彼女を喜ばせたかった。ずっと彼女には私に憧れ、一番の右腕でいて欲しかった。
それくらい、私の心はメカドラゴに支えられている。
ちょうど空いていた更衣室に二人で入って、ハンガー掛けに重ねたいくつかの衣類のひとつを手に取る。フリルがかった薄地の白のワンピ。
メカドラゴは可愛いものが好きだった。しかし、これはメカドラゴが着るにはサイズがあまりに小さい。なぜなら、これは私が着るものだからだ。
荒鷲派の制服を脱ぎながら、ちらと目の前の鏡越しにメカドラゴの方を見る。後ろで彼女は目をきらきらと輝かせていた。
「メカドラゴも可愛いんですし、自分で着てみたっていいと思いますよ」
「いえ、そんな! あたしが好きな服、だいたい姐さんが着た方がよく似合うっすから!」
「私はむしろ、あなたのスタイリッシュな体型に憧れるんですけどね。かっこいい感じの服装とかが似合いますし」
苦笑しながら、脱いだ制服の上下を渡してシャツとボトムスを脱ぐ。鏡には、胸元にサラシを巻いた細身の身体が晒された。
「サラシ、どうします?」
「んー……せっかくですし、外しちゃっていいすか? 姐さん、いつもサラシばっかなんで……」
「そりゃあ、あまりにみっともないですし。この部分が出っ張ってて、あまりいい思い出がなかったですから」
「別にみっともなくないと思うっすけどね。色々あったってのは、なんとなく想像できるとはいえ」
メカドラゴの手でゆっくりとサラシが外され、小さい身体にやけに目立った乳房があらわになる。サラシと入れ替えにハンガーにかかったベージュのブラを手に取り、私の胸元に着けられていった。
多少手で調節していきながら、それを合わせていく。下の方は私の手で着替え、着け心地を確かめる。
下着のサイズがピッタリだったこともあり、サラシよりはずっと快適だった。
「どうすか?」
「ちょうどいいですね。さすが、何度かやってるだけありますね」
「当然すよ。姐さんのことは、あたしが誰よりも知ってるっすから」
えへへ、と照れくさそうにしながら、襟付きのワンピを取る。背中のファスナーを外して、それを下から着ていく。
背中のファスナーをメカドラゴに上げてもらい、肩などを調節する。下半身の風通りがいいのがすごく気になって仕方なかったが、後ろの彼女は満足げだった。
「やっぱり、なんか恥ずかしいです……」
「大丈夫っすよ。ちゃんと可愛いっす」
「私、いま十九なんですよ」
「似合ってるんだからそれでいいじゃないすか。それに、このデパートで動いているの、私たち二人だけなんすし。ほら、靴も用意したんで、外で確認しちゃいましょう!」
シャッとカーテンが開け放たれ、差し出された黒いサンダルを履いて外に出る。私とメカドラゴ以外は石化されているとはいえ、やはり可愛い感じの服を着るのはどこかむずかゆい。
「写真撮るっすよ」
「いつも思いますけど、組織の支給品を私物化しないでくださいよ」
「言いながら、姐さんはいつも黙認してくれるから好きっす」
「ちょっと甘やかしすぎましたかね……」
苦笑しながら、メカドラゴの指定したポーズを取る。スカートをわずかに掴んで、少し広げるゆに持ち上げる状態を保つ。
『カメラ・
メカドラゴがデバイスを取り出して操作して、デバイスの裏面に一眼レンズを形成する。
カシャリとシャッターが切られる。それからあと何枚かポーズを変えて写真を撮り、更衣室に戻って衣類を脱ぐ。
メカドラゴがまた更衣室に入り、先ほどの衣類と引き換えに別の衣類を渡してくる。
「まだ試したいコーデがあるんすよ」
「…………」
「ダメ、っすかね……? 任務中っすもんね?」
「……いいですよ。当分、状況は変わりそうにないですしね」
「あざっす、姐さん」
ため息をついて、新しい下着を着けていく。
多少呆れながらも、やはりこういう時間はやはり少しだけ楽しい。それはなによりも、彼女が笑っていてくれるからなのかもしれない。
心に秘めて、そう思った。
服を見て回るのも終わり、制服に戻ってデパートのなかを歩き回る。
地下一階の喫茶店の座席で、二人向き合って座る。休日で人が多いはずなのに、やけに静まりかえっているのが不自然だった。もちろん、地区一帯の一般人を全員石化させたのは私だったが。
私はバックパックからいくつか携帯食料と水のペットボトルを取り出し、そのうちの縦長の袋を開ける。中身のブロック状の携帯食料は、相変わらず干からびた土みたいな表面をしていた。
「せっかく来たのにレーションっすかー……」
「しょうがないでしょう。お店が機能してないんですから」
「食い逃げしても誰も怒らないと思うんすよね。怒る人はみんな石化してますし」
「これからの人生のために、関係ないところに後腐れなんて残したくないじゃないですか。少なくとも私はそうですから。まあ、あくまでこっちのプライドの問題なので、メカドラゴは好きにして構わないですけどね」
大きめのパックも開けて、板チョコをぱきりと割る。ここで支給されるチョコレートは日持ちするようになっている分、お菓子にするようなものと比べてほとんど甘味がない。
「あたし、姐さんの右腕っすから。姐さんがそう思うなら、それに従うっす」
「あなたの意思なら、それでいいんですけどね」携帯食料を一口齧って、空けた水で飲み下す。「だけど、もし私の行動を疑問に感じたら、その時は遠慮なく逆らってくれていいんですからね」
「どのみち、姐さんは正解を出してくれるじゃないすか。あたしの意思と変わらないなら、逆らう理由もないんすよ」
「そう言われると、なんかプレッシャーかかりますね」
苦笑してから、そこそこお腹を満たすことに徹する。正直美味しくないし、そこらへんからなんかからかっぱらってきてしまいたいと考えもしていた。だけど、それはあまりにみっともないし、きっと幻滅されるだろう。
もそもそと食事を続けていると、メカドラゴが食事を止めてこちらをじっと見つめている。なにか思うところがあるみたいに、ブロック型携帯食料の欠片がついた口を半開きにしている。
「どうしました?」
「あっ、いや……」
逡巡して、それから席を立つ。
「ごめんなさい、姐さん。やっぱりあたし、なんかちょっと取ってくるっす」
そのまま、小走りでどこかに行く。やっぱり我慢させてたのかな、と申し訳ない気持ちでチョコの欠片を口に含む。正直、チョコは甘いほうが好きだった。
少しして、メカドラゴがケーキボックスとフォークをふたつ提げて帰ってきた。席に座り、箱を開ける。中には、スライスされたストロベリーを重ねて載せた縦長のケーキがふたつ入っていた。
そのうちのひとつを、フォークとともに私の前に置く。
「どうして、ふたつも……」
「あたしだけ食べるのもあれなんで、姐さんの分も持ってきちゃったっす」
「いや、私は――」
「あたしが勝手に持ってきちゃっただけですし、責任はあたしにあるんすから。姐さんは知らなかったことにして食べちゃってください」
にこりと無邪気に微笑まれて、そのまま押し負ける。
きっと、見透かされてしまったのだろう。情けないと思うと同時に、どこか嬉しかった。
「まあ、さすがにそのまま持ち逃げもあれだったんで、相応のお金はカウンターに置いてきたんすけどね」
「……いただきます」
食べ終えた携帯食料のパッケージを丸めて袋にまとめてから、フォークを取っる。ケーキを自分の方に寄せて、フォークで角を削って一口食べる。
人生のなかで食べたどのケーキよりも美味しい。そう考えたあとで、ちょっと大げさかなと恥ずかしくなる。
だけど、私にとってこのケーキは他とは違う。そんな特別なものだと思っていた。
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