ブラッドサッカーは放たれる 2

『ワイヤー・遠隔機能』

 背の高い兵士がデバイスを用いて、俺たち一人ずつを形成した鉄線で縛り上げていく。

 三つのデバイスは距離のある場所にまとめられ、すぐそばにライフルを持った二人の兵士が警戒して立っている。抵抗する隙など、これっぽっちも与えられなかった。

 それが終わると、今度はリーダー然とした兵士が、中に残った二人に拡声機のかかった声で呼びかける。なかば脅しのような内容だった。

「機島くんもケース持ちだったんだね。しかも、この前助けてくれた人だったなんて」

 日和が小さな声でささやき、俺も同じ音量で返す。

「まあ、成り行きっていうか……」

 飛田さんの前にして猫を被ったような応答をしてしまう自分に、少しだけ情けなさを感じる。

「飛田さん、こいつと知り合い?」

「はい。この間転校してきたクラスメートです」

「でも、こいつ……」

 ちらりとこちらを見つめる。

 そういえば、俺はダイヤの姿でこいつにひどいことをしていた。途端、どっと冷や汗が出てきた。

「……まあ、いいか。話はあとでさせてもらうことにする」

 ほっと、悟られないように息をつく。

 ちゃんと分別があってよかった。元から頭が良かったのもあるだろうが、おそらくは飛田日和ひだひよりの影響もあるのだろう。安堵するとともに、どこか複雑な気分だった。

「これで全員死ぬまで残りが出てこなかったら笑うっすね」

 背の高い兵士がライフルを構えつつ少し肩をすくめる。

「おれとしては、出てきてほしいけどね。決意固めて外に飛び出した涙ぐましい感動シーンに、バババババーッて銃弾を浴びせて絶望させてやりたい」

「好き勝手想像するのはいいですが、なるべく殺さないでくださいね。できるだけ生きたまま捕虜として持ち帰って、追加報酬もらうんですから」

 楽しげに語る背の低い兵士に、リーダー然とした兵士が注意する。

 悪趣味な連中だ。しかし、そう思うには自分も色々やっていた。

 宿主の意識が消滅すると分かっていながら、それでも妖精パーマーを殺し続けた。危険な端末妖精デバイス・パーマーだと判断したからといって、侮辱する形で相手を襲っていた。

 スタンスを変えるつもりはない。そして、これからも危険な妖精や端末妖精たちと戦い続けるつもりだ。しかし、飛田日和の――シャドーの――存在が、自分の中のそれらを揺らがせている。

 もしかしたら、もっと良いやり方があるんじゃないかと。

 俺にこの連中を悪く言う筋合いはない。だけど、俺はこいつらをとても不快に思ってしまう。

 それはいわゆる、同族嫌悪というやつなのかもしれない。

「おい、ベノム隊だったか?」

「なんすかお前? お前、このライフルが見えないんすか?」

「そういえば、お前らの個人名をまだ教えてもらってなかったよな? 冥土の土産と思って、一人ずつ名乗っていけ」

 このままなすがままになるのが癪で、虚勢のままに挑発する。飛田さんがあわてて耳元に近づいてささやいた。

「ちょっと、機島くん! なにやってんの?」

「正気?」

「いや、そういえば所属しか聞いてないなーって思ったから……」

 またも適当にお茶を濁す自分に内心嫌悪する。尻尾振る犬みたいであまりに情けなさすぎる。

 ちらと、視線をリーダー然とした兵士の方に向けた。話を聞いている限りでは、こいつが一番話が通じそうだった。

「なんだこいつ。死にたくて気が狂ったか?」

「姐さん! こいつ明らかに喧嘩売ってますよ! 一発殺した方がいいんじゃないですか?」

「……分かりました」

 リーダー然の兵士がライフルを下ろす。そいつが他の兵士に手を下に下ろすジェスチャーを取ると、他の兵士もライフルを下ろした。

「冥土の土産にさせるつもりはないですが、せっかくですし覚えておいてもらいましょう。私はキャプテン・ベノム。ベノム隊の隊長を務めています」

「はいはい、なるほどなるほど。なんかリーダーっぽい風格があると思ったら、やっぱりキャプテンだったか! じゃあ、次! そこのノッポ!」

 背の高い兵士の方を向く。意表を衝かれたように空いた手で自分を指して、横の背の低い兵士に肘で小突かれる。

 なんだこのテンション。

 挑発目的とはいえ、自分でやってて恥ずかしくなってきた。

「誰がノッポっすか! そういうの、女の子に使っていい言葉じゃないっすよ! ……まあ、確かにいまはワスプの姿っすけど」他の兵士の目をうかがって、渋々語る。「うん……メカドラゴっす。ベノム隊副隊長をしてるっす」

「年齢はいくつっスか?」

「あ? やっぱりこいつ喧嘩売って……分かったっすよ。二十二っす。んで、そこの姐さんは十九っす」

「なるほどなるほど。なんかメカっぽい風格あると思ったら、やっぱりメカドラゴンさんだったんスね! ていうか、隊長さんその身長で十九なんスか! ヤバいっスね! じゃあ、次! そこの隊長じゃない方のチビ!」

 小さい兵士が衝動的にライフルを構えかけて、ベノムとメカドラゴに止められる。

 背後からふたつの突き刺さる視線を感じる。なんでこんなことをし始めたのか、自分でも分からなくなってきた。

 小さい兵士を止めている二人が、俺を見つめながら言い合っている。

「でもこいつ、やっぱナメてるっすよ!」

「だからって捕虜を安易に殺すわけには……それより、なんで私の年齢言ったんですか!」

「うっ……いや、なんとなく言っておいた方がいいかなと……」

「訊かれてないものは言わなくていいんです!」

 そんなに嫌だったのか。まあ、なにか複雑な事情があるんだろう。

 心のなかで軽く反省していると、二人に説得された小さい兵士が渋々前に出た。

「……スプラッシュだ。今のところは、ベノム隊陽動担当をしている」

「年齢は?」

「……十三だ」

「あだ名はスラくんっす。スライム使ってるから」

「それはお前しか――」

「はいはい、なるほどなるほど。スラくん、か! うん、身の丈に合った名前って感じでいいと思うな! スラくんスラくん……」

 またもスプラッシュのライフルが上がりかけ、他の二人に止められる。

 内心、ヒヤヒヤしていた。これでこのまま助けが来なかったら、俺だけ最悪の待遇で捕虜にされるんだろうなと容易に想像ができた。それどころか、この件で飛田さんまで巻き込む可能性を考えて、今になって後悔する。

 このタイミングで兄貴か誰かが助けに来てくれないか。気を紛らすためにファミレスの方を見た。

 さすがにないよなと諦めかけたところで。

 突然、扉のガラスが粉々に砕け、外へと撒き散らされた。




 獣のような、極限まで引き伸ばした雄叫び。それはファミレスの入り口を中心にがなり立てられ、遠くにいる俺の耳をもつんざく。

 一歩、一歩と。

 姿を現したのは、大柄の全身を赤黒い光沢で包む禍々しい見てくれの怪物。

 口唇と全ての牙が一体化して、身体中から垂れる滴が足跡に血溜まりを築いている。左手には赤黒く光を放つデバイスが握られ、右手には細身の赤い長剣が握られている。その両手両足の指には、獣のような鋭い爪を携えていた。

「なんだ、あいつ……?」

「知らないわけがないでしょう! あれがあなたたちの匿っていた妖精パーマーだったんじゃないんですか?」

「そんなはずはないです! 夕実ゆうみの妖精はもう、分離したはずですから!」

「まさか! じゃあ、あの妖精はなんだって言うんですか!」

 わずかな逡巡を経てから、兵士たちはライフルを怪物に向けて構える。一斉射撃の銃声が連続し、背後のファミレスごと蜂の巣にしようとする。

 数秒間撃ってからベノムの指示で銃撃を一旦止めて、怪物の姿を確かめる。粉々に砕けたファミレスのガラス窓や看板に反して、怪物の身体には傷ひとつついていなかった。

 怪物が足を止めて、わずかに開けた口の隙間から低く呟く。

「異端個体、四体確認。殲滅開始」

 禍々しい身が一気に走り出す。その破壊的な脚力で入り口前のアスファルトを砕き、一気に距離を詰める。

 またたく間にスプラッシュの目先寸前に現れた。

「クッソ!」

『スプラッシュ・アサルトモード』

 スプラッシュが素早くデバイスを操作して、射撃する。散らした銃弾が全て半透明のスライムと化し、怪物を包んでいく。

 ベノムとメカドラゴが援護射撃を続ける合間に距離を取り、再びデバイスを操作。ライフルの銃口に覆いかぶさるように、鋭い槍の切っ先が形成される。

『ワスプ・スピアモード』

 銃撃の隙に動きの鈍くなった怪物にまっすぐそれを刺突。包んだスライムごとその身を貫いてすぐにデバイスを叩き、そのまま引き金を絞る。

『ワスプ・遠隔機能リ・モード

 至近距離で槍が発射される。あまりの反動にスプラッシュが背後に数歩たたらを踏み、それはもはや怪物の身を貫く勢いで飛び出す。

 しかし、貫かなかった。穿つことすらしなかった。

 切っ先は怪物の右手で弾かれ、包んでいたスライムごと全て鱗粉と化して消えた。

 怪物は長剣を振り上げて足早に進む。走るたび、あたりに赤黒い鱗粉があたりに舞い散る。赤い軌跡を描いた長剣が振り上げられ、スプラッシュも舌打ちしてとっさにデバイスを叩いた。

『スプラッシュ・遠隔機能』

 怪物の刃が脳天からフェイスメットを引き裂こうと迫る。

 しかし、その剣は空を切る。スプラッシュの外骨格の身はどろりと融けて、アスファルトの隙間に浸透して消える。

 ベノムが銃撃をやめて、メカドラゴに合図した。

「ここは退きますよ、メカドラゴ」

「りょ、了解っす!」

『スパーク・遠隔機能』

 ベノムが引き金を絞ると、あたり一帯に無尽蔵の火花が散る。怪物の視界を覆うようにスパークが散るなか、二人が踵を返して走りだす。

「ナガレテング! 怪物は私たちが引きつけますので、引き続き対象の捕捉をお願いします!」

 ベノムが誰かに向けてそう伝えて、壁になったパトカーのボンネットを乗り越えて見えなくなった。

 怪物は「四体確認」と言っていた。そして、こちらを狙うことなく兵士たちばかり狙っている。

 もしあの怪物の攻撃対象が兵士たちだけなのだとすると、近くにもうひとり仲間がいたということだ。もしかすると、最初に俺がおびき寄せられた反応がそれだったのかもしれない。

「あなた、誰……?」」

 そいつはいきなりこちらの方を向いた。

 飛田さんが怪物を見上げている。なにか嫌な予感でもしたのか、不安そうな面持ちをしていた。

 怪物の体色に溶け込んだ赤黒い瞳が一瞬だけ揺らいだような気がした。しかし、怪物はすぐに興味を失くしたように視線を戻し、再びベノムたちの後を追う。

『ユキくん!』

 ファミレスのガラス片の散らばった出口から、細身の兄貴の姿を認める。

「兄貴! さっきのアレはなんなんだよ! なんでファミレスから――」

『夕実ちゃんだよ! シング・スノウに渡されたデバイスと武器を使って、あのざまだ!』

 他の二人にどよめきが起こる。

 兄貴が駆けつけて、デバイスを操作する。その場にワイヤーカッターが形成されて、それぞれの鉄線を切っていく。

「ていうか、待て! やつらの仲間がまだ潜んでる!」

『心配いらないよ。そっちはシング・スノウの方がなんとかするらしいから』

「どうして、カナデお姉ちゃんが……」

『知らないよ。でもまあ、なにか企んでることは確かだろうけど』

 全員の拘束が外れて、自由になったから身体でそれぞれのデバイスとガジェットを取っていく。

 ベルトを装着してから、三人を見回す。兄貴、飛田さん、広野光ひろのひかる

 またも敵だった相手と共闘することになるのかと、先行きの不安を募らせた。

「それで、これからどうするの?」

「決まってる。やつらを全員潰して、縛り上げて、石化を解除させる。このままじゃ、被害が大きすぎる」

「この石化、本当に戻るの?」

「一般人も人質にすると言ったんだ。石化して戻る保証がなかったら、人質にならないだろ。ほら、行くぞ」

『ようは「安心していい」ってことだよ。ユキくん、本当に素直じゃないね』

 駐輪場からバイクを引っ張り出す兄貴の方へ駆けて、一発ほど軽く足元を蹴りつけてやる。

 兄貴はそれをまともに受けながら、どこか楽しそうだった。



 息を切らせながら、ビルの階段を駆け上がる。

 後ろから、少女の息の上がった声がする。

「……っあの!」

「なに?」

「これ! デバイスで再構築して一気に跳んだ方がよかったんじゃないですか?」

「なにいってんの! 隠密行動なんだから、ぴょんぴょん跳んでたらバレるでしょ!」

「でも、桜花おうかさんはそれで気づかなかったじゃないですかー!」

「三年前はね! でも今はさすがに気づくよ!」

 屋上前の踊り場にようやく着いた。夏の蒸し暑さで汗だくになり、腕で顎の汗を拭う。

 遅れて、セミロングの少女が到着する。着いたと分かるとすぐに、その場にかがみ込んだ。

「さあ、この先に〈荒鷲派〉のスナイパーがいるみたいだけど」

「本当にいるんですか? ていうか、そもそもはなはなんでこんなこと……」

「ある人の依頼だよ。この地区に荒鷲派の部隊が襲撃するから支援を頼むって」

「そんなん、自分たちだけでやればいいじゃないですか! 管理妖精って強いんじゃないんですか?」

「相手が荒鷲派だからね。それでなくても、あまり表立って動きたくない人もいるんだよ」

 右手に着けた黄金のバングルを見る。嵌められた正四角時計型スクウェアデバイスに触れて、ささやくように唱える。

「レディバグ、再構築」

「モール、再構築」

 赤を基調として金縁と黒い七つの斑点を飾る、テントウムシをかたどった円盾。それがバングルを覆うように形成される。

 もうひとりの少女の方にも、銀色のデバイスに小さなショベルアームが形成されていた。

 扉のノブに手をかけて、少女の方を見る。

「行くよ! はなちゃん!」

「さっさと終わらせて帰りますよ! こっちもわざわざ人を待たせてるんだから!」

有紀ゆきちゃんだっけ? 華ちゃんが最近やけに親しくしてる子」

「……そんなの、どーでもいいじゃないですか。ほら、早く開けて!」

 赤らんだ顔にいたずらっぽい笑顔を浮かべて、屋上に飛び出す。

 その先には、一人の鎧を着た兵士が背を向けて佇んでいた。そちらへ肉薄して、兵士もまたくるりと振り返る。

 手には狙撃用の重心の長いライフル。フェイスメットの赤い面には、ハチのような複眼とテングのような長い鼻を持っている。

「背中から狙ってくるなんて、普通の人間相手なら卑怯そのものだな。しかし、俺は風だ。そんなもの、俺にとってはこれっぽちのハンデにもならない」

「何いってんですか、こいつ!」

「分かんない! ホーネット、遠隔機能!」

 デバイスに触れる。精神を加速させ、周囲の景色が緩やかに変化する。

 デバイス操作でスコーピオンの大鎌を形成。緩やかな世界のなかに巻き込まれたハチテングの兵士に振り上げる。その刃がたやすく兵士の首を刈り取るかと思った、その時だった。

 兵士は突然動きだし、私の胴を踵で回し蹴りにした。

「俺は風であり、しかしその風はただの風ではない。俺であり風でもあるそれは光よりも速く、ちょっとやそっとの加速で追いつけるものではない」

 痛む脇腹を押さえて体勢を整えながら翻し、大鎌を構え直す。加速は終わり、華ちゃんの動きが元に戻る。

「あなたのそれ、ギャグのつもり? 言ってる意味が分からないんだけど」

「お前には分からないだろうな。風というのは選ばれた者にしか読めず、そして俺という風は誰にも読むことは出来ない。風自身である俺を除いては」

「もっと分かりやすく言え! モール、遠隔機能!」

 華ちゃんの腕のショベルアームが巨大化して、兵士に振り下ろされる。私はとっさに下がって兵士の方を見たが、振り下ろされた先にはなにもなかった。

 すぐさま見渡すと、隣のビルの屋上に兵士の姿を見つける。ここまで、移動する隙を一切捉えられなかった。

 兵士は私たちに向けて挑発するように言った。

「これじゃおちおち仕事もしてられないな。しかし、俺は風だ。お前たちに捕らわれることなどないし、果たすべき使命は絶対に果たす」

「待て!」

「残念だが、風は待つほど暇じゃない。風は大きな使命を背に乗せて走るものだからな。それじゃあ、またいつか」

 突然強く風が吹いた。思わず腕で覆って目を庇う。

 風がおさまって兵士のいた方を見ると、すでに兵士の姿はなかった。

「あいつ逃げましたけど。どーします?」

「まあ、屋上伝いに跳んでいくしかないだろうね」

「隠密行動じゃなかったんですか?」

「あんなの相手に呑気してたら間に合わないでしょ」

「まあ、そうなんですけど……」

 武器のサイズを手のひらサイズに縮小させる。助走をつけて、隣のビルの屋上へと飛び出した。

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