ベノムの銃声はすべてを停止させる 3

 ファミレスの外で見回して、周囲を確認する。今のところ、それらしき奴は見かけない。

「まあ、そんな簡単には出てきてくれないか……」

 アタッシュケースを床に置いて、留め金だけ外しておく。これで、なにが来てもすぐに対処できる。

 下手に動いてコトを大きくさせても面倒だ。ここは荒鷲あらわし派地区のような、妖精パーマー関連の情報統制ができる勢力の管轄にないし。警察が倒せもしない妖精の対処に追われ、端末妖精のマキナ・シャインの活躍に辟易している。この上に、俺まで悪目立ちするのはさすがに勘弁願いたい。

 しかし実際、荒鷲派の抗争に巻き込まれなくてここに来たのは事実だった。

 かつて俺たち二人の住んでいた場所は、管理妖精マネジメント・P荒鷲将軍ジェネラル・イーグル率いる、荒鷲派の支配下域にあった。俺たちは両親が殺された後、目深の帽子とコートを纏う謎の男に導かれ、荒鷲派の管理する児童養護施設に連れられた。

 施設は妖精に関する機密保持のため、兄貴を施設の職員として迎え入れ、俺は施設で〈兵士〉になるための訓練をした。俺は相当に才能があったらしく、わずか一ヶ月で小隊に編成され〈保守派〉地区との抗争に参加した。

 そして、俺が荒鷲派の兵士として抗争に参加したのは、実質その一回だけだった。

 おそらく、今も保守派との抗争は続いている。

 保守派地区を制圧し、ゲリラ基地を襲撃し、捕虜を何かしらの実験台に使っている。前まで実験の内容は知らなかったが、この前会った管理妖精シング・スノウの話を聞いて、ある程度の仮説が立てられた。

 あれが妖精関連の実験だったとしたら。兵器として利用する目的で、シング・スノウのように潜伏する妖精を覚醒させて研究していたのだとしたら。

 もちろん、確信はない。しかし、警戒しておかなければならない。

 もし本当にそうならば、俺は荒鷲派という大きな勢力を敵に回さなければならないからだ。

 入り口横の柱に背中を預け、手持ち無沙汰に考え事をしていたところ、目の前にトレーラーが停まる。そこは狭い交差点の直前で、後続車の運転手はうろたえた様子でいる。

 間もなくして、車から三人の――いや、三体の外骨格兵士が下りてきた。全員に共通して、蜂のような顔をしたフェイスメットを被っている。

 俺はこの姿を知っている。これは――。

永勇ながいさ地区の端末妖精デバイス・パーマー使いの諸君! この地区は、我々荒鷲派の〈ベノム隊〉が制圧する!」

 端末のデバイスをいじって上げたマイクの音量で、一番前に立って背が中ぐらいの兵士が高めの声で喧伝する。それとともに、左側の一番背の低い兵士がめくらめっぽうにライフル型可変武器を乱射した。

 俺はとっさにアタッシュケースとともに店を引き返す。しかし、ライフルから放たれた弾は何物を穿つこともなく、代わりに辺り一帯には半透明の液状物体が散乱された。

 通行人から悲鳴が上がる。巻き込まれた人間が光に包まれて鱗粉と化していく。

 俺はすぐにケースの中からバックル部を空けて小さな歯車の飾りを縁取ったベルトを取り出し、腰に装着してからデバイスを横向きに差し込んだ。

『ダイヤ・反誕リ・バース

 バックルを中心として鱗粉が拡散し、全身を包み込む。バックル部の歯車を右に回し、鱗粉が定着させて輝く甲冑へと変える。

 レジ担当の店員が困惑している。兄貴がちょうど財布とデバイスを抱えて来て、出口前で合流する。

 俺はすぐに兄貴へと耳打ちした。

「すぐ外に荒鷲派の連中がいる」

『ああ、分かってる。いやというほど聞こえてきたよ』

「どうする?」

『僕たちも荒鷲派の裏切り者だからね。他人事ってわけにはいかないから、迎え撃つしかないよね』

 続けて、先ほど尾行していた三人も現れる。

 広野光ひろのひかるが俺を見て、わずかに渋面を浮かべた。

「お前は……」

「今はお前らの敵役をしている場合じゃないし、お前らの敵は外にいる。とりあえず俺が先に出るから、ここで準備しとけ」

「どうした、永勇の端末妖精使い? このままでは、無辜の一般人が液状生物に溶かされていくぞ!」

 ガラス扉越しに外を見る。悲鳴とともに人が鱗粉となって散るのを見て、苦々しさを覚える。

 デバイスを操作して、クロスボウ型ショットガンの可変武器を取り出した。バックル部の歯車を主観で右方向に回し、すぐさま外に飛び出す。

『パール・フィニッシュモード』

 デバイスから幼い声が発せられる。

 背部の射出口からカミソリのような白い羽を放出する。ハンドグリップを動かし、兵士を狙って発砲した。

 一筋の白い光が放たれ、それはまっすぐに兵士の一人を狙う。しかし当たる直前に液状物体が壁と化し、銃弾の衝撃を殺した。

 一番背の低い兵士が肩をすくめる。

「危ないところだったな、キャプテン。あれ当たってたら、二階級特進であっという間にエリートコースだったぞ」

「そんな安い死に方をするほど、私もヤワじゃないつもりだったのですが。大体、そんな名誉はさすがにごめんですし」

「まったく……対話もなしにいきなり姐さんに銃口向けるとか、どういう教育受けてるんすかね?」

 軽く舌打ちをしてから可変武器からキラースティック型の弦を外す。

 ショットガンを持ったまま、リーダー然とした兵士にキラースティックを投擲する。しかしそれはすぐに身を屈めて避けられ、向かいの建物のガラスを突き破った。

 それでも足を止めず、すぐさまハンドグリップを動かしてショットガンを放とうとした。しかし、いつの間に足元にいた液状物体に足を掬われ、ひざまずいた俺の甲冑に間もなくして数多もの銃弾が浴びせられた。

 容赦なく続く同族の銃弾が、装甲を確実に傷つける。兵士は立ち上がろうとした俺の後頭部を上から勢いよく踏みつける。地に伏したところで、背中に銃口を突きつけられた。

「動かないでください。このままでは、バックルのデバイスまで撃ってしまうかもしれません」

「……ッ」

「あなたは確か、〈ダイヤ〉でしたね。人工ではない二種類の端末妖精を持ったイレギュラー」いきなり、踏む力が強くなる。「しかし、所詮は逃亡兵。才能はあっても、整った鍛錬無しでは赤子と変わりない」

 こっそりバックルに手を伸ばそうとしたところで、ベルト後部に銃口が押し付けられる。銃の存在感が、あっという間に抵抗を諦めさせる。

 相変わらず、方々から悲鳴が聞こえた。この状況で自分がなにもできないことに、強く虚しさを感じる。

再構築リ・ストラクチャリング!」

 二つの重なった声が聞こえて、兵士の足が離れる。

 顔を上げると、シャインとシャドーが兵士たちに肉薄していた。

 シャインがステッキの先の高速回転する半透明の歯車で、先ほどの兵士を斬りつけようとステッキを薙ぐ。俺はその弾みで、転がるように兵士から距離を離す。

 シャインが何度も斬りつけようとする。しかし、兵士の方も軽い身のこなしでそれを上手くいなしていく。俺も援護しようとしたが、シャインの身体が邪魔をして撃てなかった。

「あなたたち、何者ですか! どうして、こんなこと!」

「所属はさっき言いましたね。実はあなたたちが『妖精を偽装して匿っている』という情報が入りまして。もしそれが本当なら、大問題でしょう?」

「なんのこと――」

夜空夕実よぞらゆうみ、という少女。彼女は一度妖精に乗っ取られたにもかかわらず、その後も何事もなく人として過ごしているらしいですね。どのような方法で、どのような目的でかは分かりません。しかし、端末妖精使いがそんな事態を看過しているとなると、やはり危険なことに変わりありませんから」

「違う、あれは――」

 近くに立っていた背の高い兵士がシャインに向けてライフルを撃つ。

 胴部が蜂の巣状に穿たれ、一瞬で再構築が解除された。傷が消えて痛みだけ残った腹を押さえてうずくまる。

 すぐさまシャドーの方を見た。頭をスライムに壁へと押さえつけられ、息もできず溺れている姿を見て、すぐにショットガンを向ける。

 しかし、その途中で、何者かに喉元を撃ち貫かれた。

ねえさん言ったっすよね? 動かないでください、って」

 ベルトが外れて、妖精態が解除される。生身が晒され、手に持っていたショットガンが鱗粉となって消えた。

 一番背の高い兵士はデバイスを確認してからコッキングレバーを引く。デバイスから鱗粉で銃弾を形成して、リロードしたのだろう。

 それからシャドーの頭を狙う。

「や、やめろ!」

 引き金が絞られる。連続するシャドーの頭は吹き飛び、首の断面から輝く鱗粉を噴き出し、首から下がぼとりと地に落ちる。

 飛田日和ひだひよりの姿に戻る。手からナイフの柄が離れ、壁にもたれかかるように身体がへたり込む。

 全員とも、それぞれの兵士に取り押さえられる。

「この地区は全員制圧、って感じっすかね」

「まだです。まだ、シング・スノウとチャペックが。それと、夜空夕実の妖精も」

 チャペックが反誕に使うバイクは外に停めてある。あとは、癪ではあるがシング・スノウの助けを期待することしか……。

 遠くから、唸るようなサイレンの音が聞こえた。

 おそらくは先ほどの騒ぎで誰かの通報を受けて、駆けつけてきた具合だろう。

 数台のパトカーが壁になるよう停まり、警官たちは兵士たちへと次々と拳銃を向けて囲む。

「貴様もまた例の怪物の仲間か!」

「警察ですか……。ここまで威勢のいいのは久々に見ましたね」

 兵士の一人が言いながら、ライフルに取り付けたデバイスを操作する。警察がそれを見て即座に発砲するが、すべて液状物体の壁によって防がれた。

 二人の兵士が呑気な様子で会話する。

「別に私、警官の豆鉄砲くらいじゃ死にませんがね」

「感謝しろよ。豆鉄砲でも、デバイスに当たったら壊れんだから。ほら、早くアレ使ってやれよ」

「もちろんです」

『ベノム・遠隔機能リ・モード

 兵士の一人の後頭部から無数の蛇が湧き上がり、手に持ったライフルが空に振り上げられる。警察の銃弾が防がれている間に引き金が絞られ、銃口から一筋の紫光が空に打ち上げられた。

 それは途中で花火のように弾けて大きな破裂音を鳴らす。

 紫の色彩をあたり一帯に伝播させて、そして――。

 すべてが、停止していった。

 小うるさかった警察が、周囲の声が。一部例外を除く周囲の人間が、次々と灰色の石像と化していった。

 ここで交戦していた六人を除き、あたりに動く影が見られなかった。

「さあ! 今すぐ降伏してください! おとなしくしていれさえすれば、私たちも悪いようにはいたしません!」

 残っている三人ともが、それぞれの兵士に銃口を向けられる。座り込んだまま怖気づき、一瞬お互いに目配せしてから、両手を上げて降参の意を示す。

 クソッタレ。

 どうにもならない状況に、心の底で舌打ちした。

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