ベノムの銃声はすべてを停止させる 2
ちびちびとコーヒーを飲みながら、三人の女子グループに視線を向ける。
その中の、薄い緑のカーディガンにホットパンツを合わせたポニーテールの少女と、一瞬だけ視線が合う。俺はとっさに頭に被っていた黒のキャップを深めに被り、感づかれないよう努める。
焦る気持ちをごまかすべく、向かい側に座る黒いポロシャツ姿の兄貴を見た。ちょうどコーヒーとガムシロップを丸々使って混ぜていて、見ていてなんだか吐き気がしてくる。別にコーヒーにこだわりなんてないが、あんなことするくらいならお冷やでも飲んでいればいいと思わざるをえない。
『ユキくん、それ苦くない? 無理してない?』
「してない。兄貴は黙っててくれ」
兄貴の平坦に喋る電子音声に応える。
兄貴自身は一切口を開いておらず、代わりにテーブルに置いたデバイスが話をしている。自分はもう慣れているが、はたから見たら割と奇怪な光景だろうなと思わなくもない。
兄貴は昔から話すのが苦手だった。そういうこともあり、デバイスを手に入れた頃から
一応、荒鷲派とは縁があったが、結果的に恩を仇で返すようになってしまった。それでも、あんなところで不毛な抗争をして過ごすわけにもいかなかったから、後悔はしていない。
それに。
「やっぱり、あの男のことを調べないとな」
『え? いま尾行してるのって女の子だよね?』
「いや、そっちの話じゃない。まあ、気にしないでくれ」
「お待たせいたしました。チョコレートパフェのお客様は……」
「あっ、俺です」
目の前にチョコレートパフェが置かれる。細長の鉄のスプーンを手に取り、チョコレートアイスをすくい取って口に含む。甘さがくどい。
俺がパフェを食べてる横で、兄貴が領収書を開いて財布を確認する。
『ユキくん、パフェ好きなの?』
「そうでもないけど、コーヒーだけで持たせられないと思って」
『美味しい?』
「美味しい美味しくないで物食ったことないからなんとも」
『……育て方間違えちゃったなぁ。あっ、いらないならこっちに渡してくれていいからね』
何口か食べてから兄貴にパフェを渡し、またコーヒーで口をすすぎながら夜空たち三人の動向を探る。
イレギュラーである夜空夕実の経過観察と、端末妖精使いの
もしまた広野光が暴走するようならば、俺はまたデバイスを奪って破壊する手段に出る。たとえそれで傷つけることになったとして、結果的に被害が多くなってしまうよりかはマシだからだ。
もちろん、暴走したのが飛田日和だったとしても。
「おい!
コーヒーを口を含んでいたところで、どこかから甲高い幼女の声に小さく噴いてしまう。
ナプキンを取って口を拭い、荒鷲派制式腰ホルスターに入れたデバイスを取り出す。画面には吊り目の黒いゴスロリ少女が寄り気味に出ていた。
俺は通りがかった店員に怪訝な目で見られながら、人目を隠すようにデバイスを持って声を潜める。
「オニキスお前……いきなり大声出すんじゃない!」
「出たんだよ!」
「なにがだ?」
「なんかよくわからないけど、近くに知らない妖精がいる! 嫌な予感がする!」
「なんだって!」
パフェの底のコーンフレークをほじくっている兄貴をよそに、テーブルの上のデバイスを引ったくる。チャペックのレーダー機能を起動すると、確かにここにいる端末妖精使いとは違う妖精の反応があった。
コーヒーを飲み干して、パフェの底をほじくっている兄貴を見る。
「兄貴」
『待って! まだ食ってる途中なんだけど!』
「あとは頼んだ」
足元に隠していたアタッシュケースを取って、支払いを兄貴に任せて店を出る。
通り際に監視していた三人の席を見ないようにしていた。しかし、一瞬だけひとつの鋭い視線が俺に刺さるようだった。
*
トレーラーの助手席で、カーナビとして接続したデバイス画面を確認する。
先ほど、工作担当のナガレテングが妖精を用いて起こした騒ぎのおかげで、欲しい情報は得られた。それをもとに、こちらもその地点に向かう。
一番手っ取り早いのは、この
しかし、実際引っかかったのが木っ端でも、建前の目的のひとつくらいは果たせるだろう。なにより、外堀を先に埋めたほうが地区制圧も楽になる。
私たち〈ベノム隊〉にはほとんど来ない制圧任務だ。ここらでひと花咲かせて、業績を上げておくに越したことはない。このキャプテン・ベノムの下につく、数少ない仲間のためにも。
ツインテールの右側の房から、絡めていた指を離す。
両手で頬をぱちんと叩いて気合を入れると、相変わらず子供みたいにもっちりした感触がした。
「どうしたんすか、
運転席で悠々とトレーラーを運転する女が余裕そうに声をかける。茶に染めた短めのボブヘアーに、黄土色を基調とした戦闘服の上からでも分かるスラリと高い背丈。大人の雰囲気が出た顔立ちと反して出るどこか無邪気な口調は、二十二に見えるようでそうでもない。
ベノム隊副隊長を務めるメカドラゴ。犬みたいに人懐っこい笑みを向けられて、思わず言いよどむ。
「いえ……久々の制圧任務ですから、少し喝を入れようと思いまして」
「姐さんなら大丈夫っすよ。あたしもサポートしますしね」
「でもキャプテン、前に失敗したらしいじゃん。今回はおれもいるし、本当に頑張ってくださいよ」
メカドラゴと私の間の席に足を組んでふんぞり返る、頭に迷彩柄のバンダナを巻いた少年。
陽動担当を務めるスプラッシュ。この面の皮の厚さこそあるが、彼はこれでも弱冠十二で小隊に配属された才能のあるベノム隊の新人だ。
少年の皮肉っぽい口ぶりに対して、メカドラゴが一瞥する。
「姐さんに向かってその態度、なんなんすか! スラくん七つ下でしょ?」
「スラくんやめろ。おれはスプラッシュだ」
「スライムの端末妖精使いだから似たようなもんっすよ。てか、もうちょっと目上に気を遣える人間になれないんすかねぇ……」
「おれはこんなところで留まらねえ人間なんだよ。歳下相手に媚びへつらうような惨めな真似もやりたくねえしな」
スプラッシュが生意気な笑みを浮かべて鼻で笑う。
メカドラゴは一瞬だけ顔を赤らめて歯ぎしりさせながらも、息を吐いて表情を抑える。
「ま、まあスラくんは子供っすもんね? 子供だから、姐さんの魅力を理解できないんだ」
「スプラッシュだっつってんだろ。あと、子供でもねえし。何言われようが、そこのツインテの歳下にゴマすってんのがダセエのは変わらねえよ」
「この野郎お前――」
「いい加減にしなさい!」
耐えかねて、つい声を張り上げる。二人はびくりと身体を震わせて、その場で背筋を正す。
私はため息をつき、左手で黒縁の眼鏡を外す。痛むような頭を押さえるように眉間に指を置いて、落ち着いたところで眼鏡をかけ直す。
「私たちはこれから、チームで大事な任務に取り掛かるんです。その前に内輪揉めなんてしていたら、できることだってできないでしょう。馴れ合いをしろとは言いませんが、仕事仲間には最低限の敬意を払うようにしてください」
「ごめんなさい、姐さん……」
「あと、スプラッシュ。野心があるのも、私に文句があるのも一向に構いませんが、さっきのメカドラゴを侮辱する真似はどうかと思います。いずれあなたにも部下ができるでしょうし、そういう方にも敬意を払えてこそ上に立つ者じゃないですか?」
「……すみません、隊長」
横から小さく舌打ちが聞こえる。
正直印象は良くないが、リーダーたるものが任務中にこんなことに拗ねてしまっては最悪だ。聞かなかったことにする。
ふと、耳に装着したインカムからザザッと音が走る。
「〈ナガレテング〉より入電。例のファミレスから〈ダイヤ〉が出てきた」
「こちら、〈キャプテン〉。まだ一般人が歩いているはずなので、合図があるまで尾行をお願いします」
「了解。俺は兵士でありながら風そのものだからな。殺すだけではなく、バレないように尾行だって容易なことだ」
「はあ……」
困惑した様子でインカムのスイッチを切る。
ナガレテングは工作員であり腕の立つ狙撃手だが、たまに反応に困ることを言い始める。それを任務中にまで言い始める始末だから、今はもうまともに反応しないという方向に落ち着いていた。これまで見たところ、彼もその待遇に特に不満を感じてるわけではなさそうだし、まあそれでいいのだと思う。
スプラッシュが隣で小さくぼやく。
「相変わらず、あいつはなにを言ってるんだ?」
「奇遇っすね、スラくん。あたしもテングの言うことがよくわかりません。あっ、もうすぐ着くっぽいっす!」
「ス・プ・ラッ・シュ! ……まあいい。今回は雑魚とはぐれ者しかいないらしいし、さっさと終わらせて帰るか」
「油断は禁物です。管理妖精があの数の端末妖精使いで放置しているということは、少数精鋭の可能性もあるということ。まずはこちらがある程度相手の実力を把握するまでは、軽率な行動は控えるようにお願いします」
「くっそ、この頭でっかち……まあ、了解」
ひどい言われようだと、小さく苦笑する。
しかし、私もこの見た目と性別のせいでよく方々にナメられ、反骨精神をむき出しにしてきた身だ。彼がこうして強くあろうと気を張るようなことはしょうがないとも感じている。
小さな手、小さな背丈、子供みたいな高い声、サラシで巻いてごまかした重い胸。
最低限ナメられないようにしてきたなかに残るツインテールは、メカドラゴに残してくれと言われたものだ。
『あたしはこの髪の姐さんに惹かれたんす。だから、できれば姐さんにはこの髪型でいてほしいっす』
リーダーらしくあろうと髪をバッサリ切ろうとしていた私は、その一言で切るのをやめた。慕ってくれる可愛い部下の言うことだから、どうにも逆らえなかった。
ツインテールをまたくるくると指でいじる。案外、愛着さえ持てれば、こんな子供っぽい髪型も愛おしくもなるものだと思う。
私より三つ歳上で、身長も頭ひとつ分くらい大きくて、どこか子供っぽい無邪気さのある。それがどこか、大型犬を飼ってるみたいで。小隊のリーダーになってからの、私の一番の右腕。
運転席の彼女に目を向けて、にこりと微笑む。
「メカドラゴ」
「なんすか、姐さん」
「頑張りましょうね」
「……もちろんっすよ」
目的地に到着して、トレーラーが停止する。
背後の空きスペースからそれぞれひとつずつアタッシュケース型
「ワスプ」
デバイスの画面に指で触れ、人工妖精の制式名を唱える。ハチの長い触覚のついた三角の顔のアイコンが画面に浮かび上がる。
可変武器の側面の溝にデバイスを差し込むと、それは一瞬でライフルに変形した。
『ワスプ・
間もなく、私たちは
「準備はいいですか?」
「はい!」
「……ああ」
「それでは……作戦開始!」
はじき出されるように、運転席からトレーラーから外に飛び出した。
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