ベノムの銃声はすべてを停止させる 1
ふたつの背中を追って、どんどんと狭くなる路地へと走っていく。
その先で、奇怪に引き笑いする声。それは馬の咆哮のようで、人間とは程遠かった。
「オラオラついてこい! 俺は逃げ切ってやるぜ!」
両手にアタッシュケースを持った腕が、悲鳴を上げている。まさかこんな時にも
それは、二人も同じだろう。特に
『人のデート邪魔してくれちゃって! 絶対許さないから!』
「うるせえ! ボクの身体で喋んな!」
『もとより憑いてきたのはそっちでしょ!』
漆黒のマントをはためかせ、怪盗の姿をした少女。コスプレのような、しかし非現実の存在のように鱗粉が舞わせた幻想的な少女が、ひとつの身体で会話を交わし合う。
『まあまあ。さっさと終わらせちゃえばいいんだからさ』
「ヒカル! この先は袋小路です!」
『了解! そこで終わらせよう!』
もうひとりの純白の魔法少女もまた、ひとつの身体で二人いるような会話をする。
改めて、シュールな絵面だと思った。何度か見た光景だけど、やはり非現実感が拭えない。
魔法少女から聞いたとおり、道は袋小路に入った。
その先には、高い壁に足止めされた白黒縞模様の怪物がいる。特有の面長の顔立ちと色合いは、まさに二本足で立つシマウマだった。
「畜生! なんでこんなところで行き止まりなんだよ!」
二人が余裕そうに足取りを緩める。一方、あたしは息切れしてその場にひざまずいてしまった。
「さて、覚悟してもらいましょうか」魔法少女がステッキの柄の歯車を回す。「スパイダー」
「ウルフ」
スカートに隠れた右腿あたりからカードを取り出す。怪盗の方も、言葉とともに懐からカードを取り出す。
「
怪盗は漆黒のナイフの柄に、魔法少女はステッキの柄に差し込み、歯車を戻す。それぞれが光の鱗粉を帯びて、姿を変化させていく。
怪盗の身体から獣の耳と鉤爪と尻尾が、魔法少女の柄の先に半透明の歯車が形成される。
魔法少女は怪盗の方を見る。
「じゃあ、いつも通り名乗っておきましょうか」
「げっ……いやもう、ボクは――」
「ヒカルの提案だって言ったらどうです?」
「……わかった。ボクの身体で変なことされても困るしな」
渋々と頭をかく怪盗に魔法少女がにこりと微笑むと、怪物に向かってステッキを向けた。
「輝きの疾風! マキナ・シャイン!」
「薄暗闇のかまいたち! シーフ・シャドー!」
怪盗改め、シャドーが走り出す。シマウマの怪物が覚悟を決めて振り返り、両手を蹄鉄型の大型ナックルダスターで覆う。
シマウマの拳が下から振るわれて、怪盗の身体にねじ込もうとする。しかし、狙うべき身体はそこになく、拳は空を切った。
「こっちだ!」
とっさにシャドーがアスファルトの上をスライディングし、シマウマの後方に回り込んで鉤爪を振るう。背後から斬りつけられた怪物の身体から輝く鱗粉が散り、火花のようにあたりに散らされる。
「この、卑怯な真似ッ!」
「そりゃあ、ボクは大怪盗だからな!」
すかさず左から鉤爪が振るわれて、鱗粉が散らされる。間もなくして、シマウマの背後から蜘蛛の糸のようなものが絡む。それはあっという間に暴れるシマウマの身体を包み込み、身動きを封じた。
「お前もか! 正々堂々、拳を使えよ!」
「わたし、魔法少女ですから。拳は使いません」
「いや、君は正々堂々やれよ……まあいいや」
シャドーが懐から少し厚みのあるスマホのようなデバイスを取り出す。怪物の胸元にデバイスの裏面を叩き込み、指を画面に触れる。
「シャドー、
デバイスが光り、上部スリットからカードが排出される。それは鱗粉となって風に流れるように消え、近くに肉つきの良い青年の姿を形成した。
シマウマの身体から救い出された青年は、状況がつかめず呆然としている。
「走れ!」
「あ、ああ……」
シャドーの強い口調に圧倒され、おぼつかない足取りで走り出す。すぐさま怪盗の鉤爪が振るわれて、怪物の傷口から鱗粉が散る。
「ハリケーン、再構築!」
その間にもシャインがハリケーンのカードを柄に叩き込む。そしてそのまま、シマウマの元へ走り出した。
宿主を失ったシマウマは暴走させた力で蜘蛛の糸をほどき、魔法少女に向けて拳を振るう。しかし、輝く拳がシャインの身体に届く前に、ステッキの先で高速回転する半透明の歯車がシマウマの身体を袈裟斬りにした。
「あら残念。リーチが足りませんでしたね!」
歯車によってできた傷口を押さえてぐらりとバランスを崩すシマウマを、シャインが続けて逆袈裟斬りにする。高速回転する歯車の竜巻が胸元をえぐり、その頑丈な身を真っ二つに引き裂いた。
「得物、は、卑怯、だろッ……!」
全身のありとあらゆる傷口からどばどばと鱗粉を吐き出し、シマウマの身が消滅する。
シャドーがデバイスを一瞥してから、シャインが向き合って笑い合う。
「終わりましたね」
「……じゃあ、戻るか。日和がごねてるしな」
二人は手に持ったデバイスを操作すると、非現実的な姿が鱗粉として霧散する。
それぞれのいた場所には、代わりに二人の現実的な私服の少女が立っていた。
花柄のワンピを纏う日和と、白い英字Tシャツと青無地の上着、膝上ほどのジーンズスカートを合わせる広野
日和がデバイスを鞄に戻して、両手で先輩と私の手を取って駆け出す。
「ほら。映画そろそろ始まりますよ!」
「あっ、もうそんな時間? 急がなきゃ!」
「えっ、ちょっ……あたし、体力が――」
「ダメ! 一緒に来たんだからついてきて!」
さっきの追跡で息が上がって、汗だくのくたくたのまま、日和に手を引かれる。あたしが足を引っ張って映画に間に合わなくても申し訳なくて、どうにか体力を振り絞る。
彼女たちは妖精という怪物から人を助けるヒーロー活動をやっている。
そして、この二人こそ、あたしを救ってくれたヒーローだ。
つまりあたしは、ヒーローの友人だ。
ファミレスのテーブル席で、広野先輩とあたしが向かい合う。鋭い目つきと鼻筋の整った顔に、そこそこ綺麗な長い黒髪がいやでも目立った。
隣に座る日和に視線を流す。目つきのぱっちりした小動物系の顔に、肩くらいの髪に交差させたヘアピンをつけていた。長く見つめていると口元が緩みそうで、視線を少しテーブル寄りに落とす。
日和は広野先輩と先ほど映画館で観た映画の話をしていた。
「挫折した主人公の前に現れた先代アルマードの幻が風が吹いて消滅するシーン、あれ好きでした!」
「今年の映画は私の好きな作品でメイン張ってた監督さんだからね。同じ監督さんの『アルマード・オーバードライブ』とか、加速空間内の鉄臭い戦闘シーンがかっこいいんだよ」
「オーバードライブって、あの戦車がモチーフのやつでしたっけ。今回の映画の演出も好きですし、今度弟のディスク借りて観ますね」
正直、ついていけなかった。
あたしはフィクションにのめり込めるような人間ではなく、日和もヒーローものにはあまり興味なかったはずなのに。それがいまでは、日和も先輩のオタク気質に呑まれている。
いい歳の二人がヒーロー映画について語っているのをよそに、いたたまれない気持ちでジンジャーエールのコップに挿したストローをガリガリ噛む、
最近のファミレスは環境配慮のためか、ストローを置いていないということがある。それでもあたしはコップに口紅をつけるのがなんとなく嫌で、ここにあるのはあたしの持ち歩きのストローだった。
目の前の広野先輩がコーラを直飲みしている。この人はまず化粧をしてないから、配慮するものがなくて楽そうだ。それでいて結構顔が整ってるから、なんか腹が立つ。
そんなことを考えていると、日和と視線が合う。
「あっ、
「なに?」
「ごめん、ストロー貸して」
拝むように手をすり合わせて頼み込まれる。
そういえば、日和もストロー使う派だっけ。もともと薄めに化粧をする子で、あたしと出かけてた影響で同じように気を使うようになっていた。
こういう時だけ都合がいいと思いながら、鞄から出した未開封のストローを渡す。日和は紙の包みからストローを出して、オレンジジュースを入れたコップに挿した。
「あれ? もしかして、ストロー使うべきだった?」
「えっ……いや、別にそういうわけではないと思いますけど……」
「先輩はそもそもストロー使う理由がないでしょ。すっぴんなんだから」
時間を置いて合点する広野先輩を腹の中でせせら笑っているうちに、店員さんが料理を運んできた。レタスなどの野菜が小山のように盛られたスパゲティを前に広野先輩が手を軽く上げて、目の前にその皿が置かれる。
なんかガサツなところあるし、もっとがっつりしたものを食べるものと思っていたから、注文を聞いた時は拍子抜けした。やはり納得できなくて、つい訊いてしまう。
「足りるんですか、それ?」
「いや、普通に足りるけど……」
「カマトトぶってませんか?」
「カマトトて……そもそも私、そこまで食べないんだよ……」
フォークでくるくるスパゲティを巻いて、ドレッシングのかかったレタスを刺して口に入れる。言われたあとでも、やはり信じられない。
そうしている間にも、また店員が料理を運んでくる。カルボナーラを見て日和が軽く手を挙げ、目の前に置かれる。
先ほどの先輩よりひと回り大きくスパゲティを巻くのを見る。ここは臆面もないのかと、ちょっと困惑しながら見つめる。
一口目のパスタを口に含み、二口目のパスタを巻いているところで日和が手を止める。口の中のものを急いで呑み込み、口を左手で覆ってあたしに顔を近づける。
「なにその顔。食べたいの?」
「いや、相変わらずで安心しただけ」
「もしかして、食べる量? それ先に言ってよ。多めに口に入れちゃったじゃん」
「いやでも、先輩そういうのに頓着しなさそうだし……」
「ん、なに?」
「いや、なんでも……」
あたしの注文はいつくるかなと、店内を見渡す。すると、後方を見渡すあたりで、どこか見覚えのある男子の顔があった。
あいつは……。
「お待たせいたしました。チーズインハンバーグのお客様……」
「あ、あたしです」
視界を遮られて視線を戻す。チーズインハンバーグとライスが目の前に置かれる。
焼けた音を鳴らしながら発せられる香ばしい匂いが胃を刺激し、即座にナイフとフォークを取る。
端から切ると、中からチーズが溢れ出した。ある程度の大きさに切ってから、鉄板の上に溢れたチーズを絡めて口に含む。
じゅわりと肉汁が溢れた。塩っぽいチーズの味が口に広がり、多幸感で満たされる。
先ほどのことはあとで考えるとして、いまはハンバーグに集中していく。今の自分に外面もなにもないことを自覚しながらも、食べ物の前で見栄は張れなかった。
肉と米をがっついているあたしをよそに、向かい側から声がする。
「ねえ、日和ちゃん」
「……ん、なんでしょう?」
「
「夕実は昔からそうでしたよ」
「そうなんだ……」
口に物が入っているところで反論もできず、目で睨んで反論する。途端に怯えたようになった二人が、またパスタを巻き始める。
「さっさと食べて、次行くところ決めよっか」
「は、はい……」
まったく、と心でつぶやきながら、視線をハンバーグに戻す。
それにしても。
さっきのあいつは、もう出てしまっただろうか。一応、あとで確認することにしよう。
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