第2部 ベノムスクワッド

2幕プロローグ かつて少女だった彼女のメモリー

 かつて、三人の少女がいた。

 彼女たちは紳士服を着た黒猫男にデバイスを渡され、ヒーローとして暗躍し、街の妖精パーマーという怪物を殺していった。

 炎を操る『ダンス・ファイヤ』、つぶてを操る『フライ・ストーン』、そして氷を操る『シング・スノウ』。

 これは彼女たち自らが妖精に名乗っていたものだが、いつの間にか都市伝説として広まり呼ばれていった。

 彼女たちについての詳しい情報は、ほとんどの人間に残っていない。なぜなら、黒猫男が彼女たちの目撃者の目の前に現れては、記憶を抹消させたり何かしらの処分を行っていたからだ。

 彼女たちは妖精との戦いの中で、やがてそれを知った。そして、その詳しい真相を突き詰めるにあたって、三人のうちの二人が命を落とした。

 一人は、妖精との戦闘によるものだった。学校から自宅に帰った『ダンス・ファイヤ』の宿主であるまいは、自宅で四体の妖精の奇襲に遭う。

 彼女の家は五人家族だった。父母と姉と弟の四人は家のどこにもいなかった。

 舞からの連絡でシング・スノウとフライ・ストーンが来た頃には、人間態の彼女が四体の妖精によって袋叩きにされているところだった。彼女のデバイスは破壊され、ステッキも真っ二つにへし折られていた。

 彼女たちが妖精たちをすべて殺すと、それらの宿主が全員とも舞の家族であることが判明した。舞自身も、すでに息はなかった。

 彼女たちは舞の死を悼みながら、より一層の警戒をすることになった。しかし、それでも悲劇は終わらなかった。

 もう一人は、精神的に追い詰められた末でのものだった。『フライ・ストーン』の宿主であるしょうは、いつ自分の家族友人が妖精になるかということに気を病み、その果てに自らの妖精の力でデバイスを破壊した。しかし、デバイスを破壊したあとも、彼女は変わらず家族友人が怪物になる恐怖から逃れられず、電車の迫る踏切の前に飛び出してその命を投げた。

 そして残りの一人であるシング・スノウ。宿主であるかなでは家族の元から失踪し、黒猫男の謎を追うことに決めた。彼女は家族のことより、隣近所に住む妹のような女の子のことが心配だったのだ。

 それは孤独な戦いだった。件の女の子のことも遠くで見守ることしかできず、頼れる仲間も、気を抜いて話せる相手もそこにはいなかった。ただ影となって妖精を殺しながら黒猫男について調べていく。

 果たして、彼女は「黒猫男の宿主はある計画によって強力な戦士を育成することを目的としている」という情報を得て、ついに黒猫男と対峙した。しかしそいつはとても強く、果てには「あのお方」について持ちかけて脅しをかけてきたが、憎しみのままに宿主ごと殺害した。

 黒猫男の宿主は、シング・スノウとして活躍しはじめた頃の中学校の担任教師だった。彼女はそのことについて特に悔やみはしなかった。勝手な都合で人間を妖精にして、仲間を追い詰めて殺した罪は変わらず重いと感じていた。

 黒猫男の死後、あのお方――『遍在する救世主ユビキタス・パーマー』――が彼女の前に現れた。彼女は帰ることも考えられず、生きる目的を失っていた。遍在する救世主は件の女の子――広野光ひろのひかる――が、彼女たちケース持ちのような資質があること、シング・スノウを管理妖精マネジメント・Pとして迎えること、それを呑めば黒猫男と同等の権限が与えられることを伝えられる。

 これを断れば第二第三の黒猫男が現れてしまう。そして、件の女の子が「ヒーローになりたい」と言っていたことを思い出す。自分が管理妖精にならなければ、また自分と同じ目に遭うかもしれない。

 彼女はそのなかば脅しのような要求を呑み、この永勇ながいさ地区の管理妖精の座につくことになった。

 彼女は件の女の子がヒーローであるための舞台を作った。他地区からの侵攻を防ぎながら、当時中学二年生の女の子にデバイスを渡し、頃合いをはかって妖精を作っては放出した。気づけばそれは黒猫男とやってることが変わらないと思っていたが、それでも女の子をヒーローにするために舞台を演出した。

 件の女の子は致命的にヒーローに不向きだった。見ないうちに頭も運動神経も良い優等生となり、戦闘面では完璧だったが、精神面としては最悪だった。女の子は民間人や街のことなど微塵も考えず、ただヒーローと名乗って妖精を倒していた。それはシング・スノウが黒猫男と同じ末路を恐れて、意図的に仲間を作らせなかったからである。

 そんななか、彼女はある少女を見つけた。近づけばシング・スノウの魂が吸い込まれてしまうほどの強い欲望を抱えた少女。少女の魂にはかつての世界で名高かった大怪盗の魂があった。

 彼女はそれを興味深く思い、のちにその少女にデバイスを渡した。見える欲望は深く剣呑なものであったが、だからこそ女の子のライバルにもなりえるし、この存在によって真の英雄性を獲得できるものだと思った。彼女のかつて好きだったヒーローものが、そんな展開だったのだ。

 そして、少女は女の子のもとへと接触した。しかしそれは、彼女の想定していたものとは大きく違ったものだった。




 以上が、彼女――星乃丘ほしのおか奏――のおおまかな経緯だ。

 こうして、女の子はもうひとりの少女との関わりを経て真の英雄性を獲得した。

 それでもなおシング・スノウは女の子のために、いまでも「黒幕」として演出しつづける。いつかきたる帝国軍を万全な状態で迎え撃たせ、本物の「英雄」とするために。

 それが彼女の――私の、ヒカルちゃんに隠した願いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る